えんじぇる⇔りばーしぶる

MK.k

第1話 陽向学園の天使

 あれは、11年前の4月。今でもはっきり覚えてる。

 僕は5歳だった。もちろん、彼女も。

 彼女はただ僕の目の前に立っていた。

 僕はその子のことを、本当に天使だと信じた。

 彼女もまた、それを嬉しそうに笑った。

 そんな天使が今、長い歳月を経て目の前に。

 天井から降り注ぐ煌びやかな光。足元にしかれた深紅の絨毯の上。

 彼女はそれらに負けることなく、寧ろそんな装飾が邪魔なくらいに綺麗だった。

 彼女はそんな煌びやかな世界。

 半端な美しさは眩しさに霞んでしまう。そんな世界

 …つまり。

 …キャバクラにいた。

「こんばんは~。指名ありがとうございまーす。ミコでーす。って女の子が来るなんて珍しいね。」

「…巫女ちゃん?」

「はい。ミコですよ?」

「そうじゃなくて…。」

 その名札に書かれた源氏名の話じゃなくて、戸籍に書かれた本名の話で…。

 小声なら大丈夫…?かな?

「…天乃巫女あまのみこちゃん?」

「…!」

 瞬間。目を見開いて、私の手を引いて連れて行く彼女。

 バックヤードで壁に詰められる僕。完全に壁ドンされた。

「あなた、誰?」

「覚えてない?細谷零ほそやれいって言うんだけど…。」

「…零。」

「覚えててくれた?嬉しいね。」

「あなた未成年でしょ?こんなとこ来るもんじゃないわよ。」

「リムジンの中に巫女が見えたから。追いかけてきただけだよ。」

「なんで分かるのよ。私のこの髪、この格好よ?口調も変わってるし。しかも最後にあったのは…。」

「11年前だよ。11年間、巫女より可愛い子なんていなかった。巫女のことだけ考えてた。どんな見た目でもオーラが違う。あのとき僕の前に現れた天使そのものだ。それと、その銀髪もドレスもすごく似合ってる。」

「ふん。ウィッグよ。それにしても相変わらずクサいこと言ってるのね。僕っていうのもやめたら?高校生にもなって。」

「これが僕だからね。それに…、いや、別にいいや。ただ、巫女だって変わってないよ。」

「どこが?こんなことしてるのに?」

「僕が天使みたいだって言うと巫女は『ありがとう。』って笑ったんだよ。あの時から巫女は僕の視線を掴んで離さなかった。この仕事もそう。僕にしてみれば同じことだよ。」

「ナルシストだって?」

「違うよ。それだけ素敵だってこと。」

「そう?まあ、ありがとう。」

 巫女は今も天使みたいだ。格好は少し派手すぎるけどね。

 …ただ話し込んでいると当然スタッフとしては怪訝に思うわけで、

「ミコさん。トラブルですか?」

 ほら、こんな風に黒服が来ちゃった。

「いや、知り合いだったから。プライバシー保護のために釘を差してただけ。」

「…それ、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ良い子だから。」

「…ミコさんの言葉なら信用せざるを得ませんね。」

 巫女は慣れた対応で黒服を追い返し、また私の手を引いてホールへ戻った。

「巫女、もしかして凄いの?」

「凄いのは家よ。私なんて4月入ってから働き始めたぺーぺーなんだから。」

「巫女が家名に見合う凄い子だって分かってるんだよ。きっと。」

「…もう。あなたはそうやって…。」

「ん?どうかした?」

「いや、なんでもない。」

「折角だからさ。一緒に飲もうよ。」

「お酒?」

「違うよ。ノンアルカクテルも多いって聞いたからね。」

 受付で怪訝な目をされたけど、巫女の知り合いだって言ったら一発で通してもらえた。

 でも、知り合いなんて語るやつ通しちゃダメだと思うよ?

「シケた客ね。」

「巫女はいつも飲んでるの?」

「まさか。『私お酒弱いんです~。ジュースでも良いですか?』ってやってる。」

「それでも飲ませようとする人いないの?」

「いる。」

「どうしてるの?」

「『そういうのはお店出た後で、二人きりの時が良いです~。』って言えば一発よ。」

「悪い女だね。」

「実際にお店出て二人きりになったら飲んであげるわ。私は条例に守られてるから同伴は無しだけど。」

「条例とか言うならこの店で働けなそうだけど…。」

「無理言って18:00~22:00だけの条件なのよ。居酒屋のバイトみたいなものね。」

「わざわざこういう仕事にした理由は?」

「私の言うことが聞き入れられるほど、私の価値が認められた気がして気持ちいいのよ。」

「普段から認められてるでしょ?」

 天使様なんだから。その言葉は失礼な気がして喉にしまい込んだ。

「…確かにそうね。」

 少し巫女の顔に陰りが見える。

「僕とは、お店を出た後も付き合ってくれるのかな?」

「その分払えばね。」

「…流石に厳しいかも。」

「甲斐性がないわね。幻滅されるわよ?」

「財布の紐がゆるいダラシない人だとは思われたくはないからね。」

 そもそもここは相当な高級店だから。

 学生が出せる額で出来ることなんてタカがしれてる。

「それにしてもさぁ…。」

「何よ?」

「可愛くなったね。巫女。」

「っは、はぁ!?」

「いや、ただ可愛いなぁって。」

「あんた酔ってるの?」

「酔う訳がないと思うな。だってこれ、ソフトドリンクだよ?」

「素面でそんなこと言える人、うちに来るお客さんでもそうそういないわよ。」

「臆病なだけだよ。「酔ってたから」って言い訳がないと怖いんだ。」

「辛辣ね。お酒が飲めるようになってからそんな口は利きなさい。」

「飲めなくても、巫女は可愛いままだから。それで良いんだよ。」

「ばっかじゃないの?ちゃんと話聞いてた?」

「聞いてるよ。久しぶりなんだ。ちょっとくらい浸らせてよ。」

「それもそうかもね。一応感動の再会ってやつ?」

「そうだよ。巫女がドライすぎるんだよ。」

「11年間同じ人のことを想えるなんて、あなたにストーカーの才能があるだけよ。」

「なんだって言えばいいさ。僕はもう今、この瞬間にしか興味がない。」

「まあ、今後は会えないでしょうしね。」

「…そうかもね。」

「ほら、飲み物来たわよ。」

「じゃあ、僕たちの運命に。」

「そんなイタい音頭お断り。再会を祝って、が限界よ。」

「じゃあ、再会を祝って。」

「うん。」

「「乾杯」」

 その日のほんの2時間は、これまでの11年間でもっとも濃密な時間だった。

 なんだか、11年の月日がちっぽけに思えた。

 …払ったお金は全然ちっぽけじゃないけど。




 陽向ひなた学園。

 それは幼稚舎から大学まで連なる学校法人。

 男子禁制。女傑集まる名門中の名門。

 入学を祝う立て看板と、正門から連なる桜並木。その全てが陽向の名に恥じない荘厳な雰囲気を醸し出していた。

「…来た。」

 その中でもより一層際立った輝きを放つ存在。

 正門前に我が物顔で止まったリムジン。

 人目を一身に受けながら天使が舞い降りる。

 彼女は綺麗な黒髪をなびかせながら歩き出した。

 ごった返した人の波が綺麗に割れていく。

 でも彼女に夜の傲慢さは欠片も感じない。

 彼女はただ、素晴らしく可憐で美しかった。

 その気品は、とても高校一年生のものとは思えない。

 周りから「今日もお美しい。」とか「進級して一層美しくなりましたわね。」とか、崇拝にも似た声が聞こえてくる。

 僕は、前もって覚悟を決めておいた通りに、その注目の中へと飛び出した。

「やあ、巫女。」

「…!」

 目を見開いた彼女。

 そりゃそうだ。僕は世にも珍しい高校編入。巫女には勿論伝えなかった。

 取り巻き達から「誰ですの?」なんて声も聞こえてくる。

「式まで一緒にどうかな?」

「…良いですよ。」

 ごめんね。中学まで巫女は皆の物だったのかな?でも、今日から僕の物だ。

 憧れるばっかりで、敬遠してきた、君たちの天使は僕がもらっていく。

「いつも一人なの?」

「いえ、皆さん良くしてくださりますので。」

「…そう。」

 それにしても、猫の被り方が半端じゃないね。

「…なんで?」

 突然小声になって問いかけてくる巫女。

 ちゃんとサプライズは成功したみたいだね。

「言ったでしょ?11年間巫女のことしか考えてないって。」

「…学費は?」

「まあ、いずれ分かるよ。」

「…?」

 巫女は小声で周りに気を使いながら喋っていた。

 やっぱり、学校では違う巫女が見れるんだね。と、そんなことを思う。

 もちろん、口には出せないけど。

「良い天気だね。」

「はい。」

 二人並んで並木を抜けていく。

 桜舞う快晴の空に、巫女の姿はあまりにも輝かしい。

「昨日のことを思い出すね。」

「…。」

 指を口元にあて、何も言うなとジェスチャーで示してくる。

 僕、そんなにデリカシーがないと思われてるの?ちょっと悲しいな。

「ただ、昨日と一緒で綺麗になったなって。」

「そうですか?」

 目の奥からちょっと恨めしそうな気配を感じる。

 昔はそうでもなかったって?ってことだろうな…。

「うん。昔は可愛かった。今も可愛いけど、でも綺麗にもなった。」

「ふーん。ありがと。」

 あ、口調が…。もしかして照れてる?

 やっぱり巫女は可愛いね。

「僕は?巫女から見て変わったかな?」

「えーと、背が伸びましたね。」

「そんなこと自分でも分かるよ。」

「あとは、顔がスッキリした気がします。」

「5歳のころの話だからね。皆、顔つきは丸いよ。」

「あとは…。」

「あとは?」

「昔と一緒で、カッコいいままです。」

「…変わった所を聞いたんだけど。」

「口角、上がってますよ。」

 からかわれたって分かってても嬉しい。

 流石にこれは…嬉しいよ。

「そりゃ、分かるでしょ?」

「分からないです。私、そういった能力はないので。」

「まぁ、ここじゃなんだしね。」

「あ、体育館着きましたよ?」

「あの、無視しないでほしいな。」

「それでは。ごきげんよう。」

「あぁ…うん。じゃあね。」

 ごきげんようで出会って、ごきげんようで別れる。

 お嬢様校の洗礼って感じ。

 ここでは塩対応だったけど、入学式が終わった後の巫女に会うのが楽しみだね。

 …なんでって?まぁそれは後のお・た・の・し・み♪


「ふぅ〜っ。緊張した。」

 やっぱり人の前に立つのは流石に緊張するね。

 しかもこっち見てる顔が皆可愛いの。ちょっと興奮しちゃった。

 えぇっと、多分そろそろ…。

「細谷さん?少しいいかな?」

「やぁ、巫女。もちろんだよ。」

 この手を引かれる感じ。昨日ぶりだね。

 派手目の子に強引にっていうのも良かったけど、今日のちょっと優しい感じもドキドキするね。

「巫女。そろそろいいんじゃない?」

「…そうね。」

「それで、どうしたの?」

「あんたねぇ…。」

 拳を握りながらしっかりとタメを作って、巫女は口を開く。いや、口を開くってよりは言葉が口をこじ開けてるって方が正確かも。それくらい激しい口ぶり。

「あれ!どういうことよ!」

「あれって?」

「なんであんたが代表挨拶してんのよ!」

「それは、頑張ったからだよ。」

「うちの入試って在校生の授業に合わせて作られてるのよ?難易度も高いし、首席は毎年内部進学者なの。」

「そんな八百長みたいな話、言っちゃっていいの?」

「大丈夫。どうせ皆知ってるわ。暗黙の了解ってやつよ。」

「まあ、僕も知ってたからね。」

「ってそうじゃなくて、どうやって外部生が主席になるのよ!」

「各教科、大問5は大学入試レベルを想定って言うでしょ?僕はそこも捨ててないからね。」

「あんなの解けるわけないじゃない。」

「使う材料は中学範囲だから。」

「違う。そこまで解く時間なんてないの。内部生が授業で触れた内容をなぞって4問。これが陽向の時間設定よ?」

「うん。でも今年は僕が主席だった。つまり、そういうことだよ。」

 っていうか、私立だからって好き放題やりすぎじゃない?それを生徒が知ってるってところも…。

 これに関しては巫女だから、っていうのもあるかもしれないけどね。

「有り得ないって言ってるのよ。」

「恋する乙女は無敵なのさ。」

 少なくとも、僕は無敵だった。

 しかも、陽向と言えば可愛い子が多いって有名だったからね。そんなの頑張れないわけもないよね。

「あんた…。そもそもね、なんでうちに来たのよ。」

「知らない?あの噂。」

「噂?」

「「陽向学園には天使がいる」ってやつ。」

「…あぁ。」

「天使なんて言葉が似合う女の子、巫女しかいない。少なくとも、聞こえてくる噂は巫女と矛盾しなかったからね。」

「でも学費はどうしたのよ。『いずれ分かる』とか言って。母子家庭でこんな所来るもんじゃないわ。」

 僕の家の事情は覚えててくれたんだ。

 僕、巫女のこういう所、好きなんだよね。

 歯に衣着せないっていうか、気のおけないっていうか。僕にとっては気が楽なんだ。

「あれ?巫女知らないの?」

「何が?」

「この学校、入試得点が450点以上なら学費免除の特待制度があるんだよ。」

「聞いたことないけど?」

「編入生限定の制度だからね。」

「それ、前例いるの?」

「いないんじゃない?」

「でしょうね。450ってそれだけで首席レベルよ。」

「点数開示が楽しみだね。」

 まぁ、何点だって良いんだけど。

 僕にとって大事なのは、これからのことだけだからね。

「それで?ほんとに噂だけでここまで来たの?」

「まさか。でもその方が運命っぽいじゃないか。」

「じゃあ何を頼りにうちに来たの?」

「陽向学園のホームページってみたことある?」

「いいえ。」

「理事長の名前が載ってるんだけど。」

「…それで?」

「もう分かってるでしょ?この「慈苑じえんつくし」っていう名前。いや、名字かな。こんな珍しい名前そうそういないよ。」

「…それで?」

「この慈苑って名字は、君のお母さんの名字だ。」

「なんで知ってるのよ。」

「巫女が言ってたんだよ。覚えてる?おままごとしてる時に結婚の話をしたんだ。」

「…覚えてない。」

 ほんとに覚えてないのか、実は覚えてるのかは分からない。

 でもまあ、聞きたくないわけじゃないみたいだから話を続けようか。

「僕は細谷と天乃でどっちか決めようって言った。そうしたら巫女が『私のお父様とお母様は名字バラバラだよ?』って。『お父様が天乃でお母様が慈苑なんだよ。』って言ったんだ。」

 あの頃は、たしかに丁寧な言葉遣いだったけど、敬語は難しかったみたいで。

 今で言うと、夜の巫女と昼の巫女を合わせたような口調だった。

「そんなことまで覚えてると、ちょっと怖いわね。」

「僕はその話を帰ってから母親にしたら離婚してると勘違いしちゃって、そんな不躾に聞くもんじゃないって怒られたからね。後にも先にも、僕が説教された唯一の出来事なんだ。」

「…それで必死で勉強したのね。」

「まぁ、それなりに頑張ったよ。」

「そんな簡単なことじゃ…。」

「簡単なことなんだよ。僕にとっては。僕は君にもう一度会うためだけに生きてきたんだ。」

 毎日毎日、陽向に通うことを考えて生活してた。

 それの妨げになることは排除してきた。

「これでやっと言える。11年間僕はずっと巫女のことだけを考えてた。」

 そう、巫女にしか言えないことがある。

 巫女としかやれないこともある。

「巫女。僕と付き…。」

「あぁ、それは嫌。」

 だろうね。想定内。

 そう言われると思ってたし、これはただの決意表、って、あれ?

「えっ、ちょっ、なんで泣いてるのよ。」

「いや、ごめん。なんでかな。ちょっと、止まらないかも。」

「…これじゃ私が悪いみたいじゃない。」

「いや、大丈夫。思った、っ、より、悲しいだけ。」

「それフォローになってないから。」

「っ、だよね。」

「あーもう。仕方ない。」

 体が柔らかな暖かみに包まれる。

 フラれた挙句、同情されて、凄く惨めだ。

「普段はカッコイイんだから…。」

「それ以上慰めないで。」

「はいはい。落ち着いたら一緒に戻ろうね〜。」

 好きな子にあやされながら泣いてるところを慰められるの、想像できる?…僕はもう明日から学校行きたくなくなったよ。

 ともかく、一つだけ言えることがあるとしたら、11年間の計画が初日で崩壊したってこと。


 赤くなった目を気にしながら教室に戻ると、ホームルームはもう終わりかけ。

 後から入っていった僕と巫女だけが遅れて自己紹介をした。

 でも、巫女の素行のおかげで特に悪印象は与えなかったみたい。

「…やっぱり、あそこで働く理由がわからないな。」

 認められると嬉しい?それだけな訳がない。

 そう思って横目に巫女を見ても、完璧な笑顔の奥にある心までは見えてこない。

「ねぇねぇ。」

「ん、なんだい?」

 いくらやっても無意味な思案が、クラスメイトからの声で無理やり遮られた。

 えっと、この子は…?

「細谷さんは、天乃さんの知り合いなの?」

「あぁ、小さい頃少しね。でも、なんで?」

「朝、堂々と話しかけに行ってたよね?私、凄いカッコいい人だなぁって思って見てたんだ。」

「やっぱり、巫女との会話は特別だからね。」

「幼馴染なの?」

「いや、ほんとに一年くらいの付き合いだよ。昨日、11年ぶりに再会したんだ。」

「すごーい。ドラマチックだね。」

「確かにそうかも。僕は凄く嬉しかったよ。」

 見かけた時にもう、胸がドキドキした。

 相手が覚えてないかもなんて、巫女と面と向かうまでは考えもしなかった。

 …話し始めた途端に不安が溢れてきたけどね。

「11年ぶりなのにお互い覚えてたの?」

「うん。僕は少なくとも忘れたことはなかったよ。」

「…細谷さんって、すごいカッコいいね。」

「何が?」

「普通、そんな風にストレートに言えないよ。」

「『相変わらずクサイこと言ってるのね。』って友達には言われたけど。」

「えー、その人が意地悪なだけだよ。」

 その人が陽向の天使なんだよ。って言ったって流石に信じてもらえないよね。

 巫女が嫌な気持ちになるようなことは、言いたくないし。

「えっとそれで、君の名前は…?」

「あっ、ごめん。私は山上紫春やまかみしはる。ちょっと変わった名前だから覚えにくいかも。」

「ううん。すごく綺麗な名前だ。」

「そう?ありがとう。」

 照れたように笑うと綺麗なえくぼが…これまた可愛い。

 ほんとに、可愛い子しかいないね。

「名前で呼んでも良い?」

「うん。私もいい?」

「もちろんだよ。紫春。これからよろしくね。」

「わっ。こちらこそ、零。」

 おずおずと手を差し出してくる紫春。

 スベスベの手はいつまでも握ってたくなるような心地だった。

「…楽しそうですね。」

「あ、巫女。ちょうど巫女の話をしてたんだよ。」

 なんか元気ない?ちょっと声が暗い気がするけど。

 …気のせいかな?

「天乃さん!おはようございます。」

「ごきげんよう。山上さん。」

「私の名前を…!」

「当然です。中学生の時も同じクラスだったじゃないですか。」

「そうですよね!ありがとうございます!」

 紫春、すっっごく嬉しそう。

 代表挨拶してた僕にも最初から敬語は使ってなかったのに…。別に自慢とか嫌味じゃなくてね?

「そんなにかしこまらないでください。普段通りでお願いします。」

「でも巫女も敬語じゃん。」

「私は誰に対してもこうなので…。」

 あんな砕けた態度なのは僕だけってこと?

 特別ってこと?

「ふーん。そういうことらしいよ?紫春。」

「はい。あ、いや、うん。善処してみるね…。」

「じゃあ、ちょっと慣れるためにも軽く雑談してみる?」

「それ、良いですね。」

「じゃあ、お互いに質問とかしてみる?」

「では、私からいいですか?」

 おぉ、さすが。巫女は気遣いができるいい女だ。惚れちゃいそう。

 …自分で言ってて泣きそうになってきた。

「あ、はい。いや、うん。」

「休みの日はどのように過ごしてますか?」

「えぇっと、本を読んだり、あとは庭で花を育ててるかなぁ。」

「ガーデニング!素晴らしいですね。」

「そんな豪華なものじゃないかな。花壇を一つもらって使わせてもらってるだけで。」

「凄く似合います。たくさんのお花と山上さん。」

「うん。そうだね。僕も花々に囲まれて笑ってる紫春が…。」

「今は何を育ててるんですか?」

 あれ?なんで遮ったの?

 そして、僕の方に一切顔を向けないのもなんで?

「アネモネと、クレマチスがそろそろ咲きそうなんだ~。」

「…クレマチス?聞いたことないですね。」

「いくつか種類があるんだけどね、うちのは薄紫の花が咲くよ。シリスランドっていう品種でね。葉っぱみたいな形の花弁が星みたいに何枚も重なってるんだ。」

 趣味の話はやっぱり話しやすいみたいで、さっきまでの緊張も抜けたみたいだ。

 質問まで完璧。これぞ、天使の御業だね。

「へー。今度調べておきますね。」

「あ、今写真あるよ。」

 ポケットから取り出したスマホで、レンガ作りの花壇を見せてくれる紫春。

 その中に確かに薄紫と白の綺麗な花が植えられた区画がある。

「これ、自分でやってるんだよね?」

「うん。そうだよ?」

「凄く綺麗だね。」

「うん。お気に入りの花なんだ。」

「ううん。土も綺麗に整ってて、花の並びも見えやすいように工夫されてる。すごく愛情込めて毎日お世話してあげてるんだろうなって。」

「えっ!分かってくれる?」

「うん。きっと紫春は素敵な家庭を作るんだろうなって、そう思うよ。」

「…そんな。大したことじゃないよ。」

 少し俯いて、恥ずかしそうに言う紫春。

 謙虚で可憐。僕とは対極の理想の女子像って感じだね。本当に可愛い子だ。

「…こほん。では、次は山上さんの番ですね。」

 と、突然話を遮る巫女。

「え、紫春はまだ話さなくてよかった?急すぎない?」

「ううん。大丈夫。ごめんね、天乃さん。ちょっと話しすぎちゃった?」

「あ、いえ、その…。」

 なんで僕を睨むの?

 別に何もしてないでしょ。

「…たぶん僕が割って入ったから?紫春と話したかったんじゃない?」

「…はい。私、山上さんともっと仲良くなりたいです。」

「じゃあ、何か質問でも…。」

「それじゃあ…。天乃さん、今日は何かあったの?」

「なんでですか?」

「入学式の後、遅れてきたから。何かあったのかなって。」

「あぁ、それは…。」

 僕の方をチラッとだけ見て、巫女は続けた。

「少し、同級生の方に言い寄られていまして…。」

「げふっ。」

「細谷さん?どうかしました?」

 どうしたもこうしたも…。自分の秘密も握られてるって忘れてない?

 まぁ言えやしないけどね。これが惚れた弱みってやつかな?

「それって、告白ってこと?」

「有り体に言えばそうなるでしょうか。」

「入学式で?そういうのって普通卒業式じゃないの?」

「まぁ陽向は内部進学が多いですから…。」

「なんて言われたの?」

「ずっと前から好きだったって言われました。」

「え?それで、どうしたの?」

「お断りさせていただきました。」

「なんでなんで?」

「お相手にもプライバシーがありますので。」

 口元にバッテンをする巫女。

 可愛いけど、僕は泣きそうだよ…。

「あ、そうだよね。ごめんね。」

「いえ、誰も悪くないですよ。山上さんも、勿論私に告白してくれた方も。」

「それじゃ紫春。別の質問はない?」

 ごめんなさい。耐えられないので無理やり話題を変えさせてもらいます。

「…じゃあ、さっきの質問そのままだけど、放課後とかは何してるの?」

「私、アルバイト始めたんです。」

「へー!何してるの?」

「簡単な接客業ですよ。」

「どこで?」

「それは…恥ずかしいので秘密です。」

 ズルい!そうやって顔赤くして!

 そんな可愛い言い方したら、それ以上聞けなくなるに決まってる。

 何がズルいって、それを自分で分かってるのがズルいと思うんだ。

「でも、なんでアルバイトしてるの?」

「社会経験です。いろいろな人と話せて、すごく楽しいですよ。」

「もらったお金とかは?」

「まだもらってないですけど、最初はお母様とお父様にプレゼントを買おうと思ってます。いつもお世話になってるので。」

「この子、良い子すぎ…。ぎゅーしていい?ぎゅー。」

「え、じゃあ僕も。」

「わわっ。ちょっと…。」

 ここまで何も喋ってないけどいいかな?

 ハグとキスのタイミングは逃すなって、ちゃおにも書いてたからね。

「あの、少し苦しいです。」

「あっ、ごめんね。天乃さん。」

 すぐに離れてあげる紫春。

「ぎゅー。」

 諦め悪くしがみついている僕。

「…そんなにされるのは、嫌です。」

「はい。ごめんなさい。」

 すいません。嫌わないでください。

 ほんの出来心と下心と恋心だったんです。

「…それにしても、ほんとに凄いね。」

「凄い、ですか?」

「だって中学の頃から噂がすごかったよ?今日は迷子を助けてたとか、おばあちゃんの荷物持ってあげてたとか。」

「そんな大層なことはしてないですよ。」

「確かに、当然やったほうが良いことかもしれないけど、毎回その場面が来た時に絶対やるっていうのは普通できないなぁ。電車で席を譲るとか、落ちてるゴミを拾うとか、全部やってたらキリがないと思うの。」

「そんなに立派なことじゃないですよ。私がここで無視しちゃったら、私をいつも褒めてくれる皆さんを裏切ってしまうんじゃないかって思うんです。その反対に、私が一つ良いことをする度に、私の周りの皆さんも良い人なんだって、証明できているような気がします。」

 この人が昨日『私の言うことが聞き入れられるほど、私の価値が認められた気がして気持ちいいのよ。』って言ってたなんて信じられないね。

 でもまぁ、多分芯は同じなんだろうって思う。

「そんなこと、普通できないよ。」

「巫女は、昔からそうだったね。自分の出来ることを一つでも見逃さないんだよ。それで、出来ることをやっているだけだって。自分が持ってる物と持ってない物をしっかり分かってた。」

 …僕の憧れだった。

 そして、今は僕の好きな人だ。

「え~。私のちっちゃいころなんて楽しいことしかやってなかったよ。」

「僕もそうだよ。」

「他に天乃さんの昔の話ないの?」

「勿論あるさ。例えば…。」

「あの、少し…恥ずかしいです。」

 こうして、僕の11年を取り戻す最初の一日が過ぎていく。

 これは、僕が巫女を手に入れるまでの物語だ。

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