宵闇の囚人~少年少女たちの脱獄逆転劇
紫山カキ
監獄脱獄編
第1話 転落
チリリリン!チリリリン!
夜の街に場違いなまでの警報音が響く。
「はぁ、んッ…はっ!」
荒い息遣い。駆ける足音。
「そっちに行ったぞ!絶対に逃がすな!」
辺り一帯に響き渡る怒鳴り声。
只事ではないなにかがそこでは起きていた。
「なんっで…!なんで、俺がっ……!」
文句を言いながらひたすらに走り続ける青年。
「おらー!待ちやがれ!」
その青年の背中を追いかけ続ける警官らしき複数の男たち。
声に反応するように後ろを振り向くと青年の顔が絶望の色に染まる。その理由は明白だった。数が多い。ただそれだけの理由で彼が絶望するには十分であった。
普通の警官ならば彼はそこまで絶望することもなかったのであろう。だが彼らは普通の警官ではなかった。
特務執行官。
この世に蔓延る異能犯罪者。それらを捕獲・監視するために設立されたのが彼ら特務執行官。この世には異能と呼ばれる超常的なものを持つ者がいる。その者らは異能者と呼ばれ、異能者の犯罪者を異能犯罪者。
そんな彼らが何故一人の青年を捕まえるために駆り出されているのか。勿論それは彼が異能者であり、異能を用い犯罪を働いたからにほかならない。
だが実際に彼が何をしたのかを知る者はその場にはいない。追われている彼自身知らないのである。
彼自身が知らないのなら特務執行官も勿論知らない。だがそれでも彼らは青年を追いかける。
理由、そんなものはどうだっていいのだ。彼らは上からの命令でしか動かない。自ら何かを考え行動することはない。そんなことは無駄だと教育されるからだ。
だがそんな機械のような彼らにだって家族はいる。友人はいる。そして上はそれを利用する。
家族や友人などを命令の一部に組み込み忠実に命令を執行する犬へと教育するのだ。例えば、『この犯罪者は君の友人を人質に取っている。次は家族だと脅迫文が届いた。この者を捕らえろ』などと言う風に。
こんな嘘らしさ満載のものでと思うかもしれない。だが実際皆聞いてしまうのだ。この命令に背いたらその者の友人や家族は殺されている。果たしてこれは本当に異能犯罪者がやったのか、はたまた違う誰かか。
怒りの矛先は勿論犯罪者に向かう。
これは一種の洗脳に近いが彼ら自身はそれに気づかない。
そんな狂った集団に追いかけられているのが
彼が追われているのは閑静な住宅街、ではなく誰もいない、人も寄り付かないようなコンテナ置き場であった。
こんなところでは逃げ場などなく、当然――
「い、行き止まり……」
「ようやく追い詰めたぜ、犯罪者」
後ろに振り向くとそこには大勢の特務執行官が捕らえた獲物を逃がさないように辺りを囲っていた。
「ち、違う!俺は何もやってない!確かに俺は異能持ちだがそれを犯罪に使ったことなんてない!」
無明は必死に弁明するが彼の言葉が特務執行官の彼らに届くはずもなくじりじりと歩みを進めていく。
「なんでだよっ!お前らはそれでいいのかよ!何の罪も犯していない一般人を何の疑問も持たずに捕まえるのがお前らの仕事なのかよ!特務執行官ども!」
無明の必死の弁明。それは彼なりの最後の抵抗といえた
一瞬の静寂がその場に訪れる。
「ええ、そうですよ」
それを切り裂くように冷たい声が数多いる執行官達の中から響いた。その声と同時に執行官達が道を譲るように脇に逸れる。
執行官達が開けた道から出てきたのは一人の老齢の者だった。
その者は他の執行官達とは雰囲気が異なり無明は無意識のうちに一歩後退っていた。
「あ、あんたは……」
「私は
「た、隊長……」
特務執行官隊長。彼らは数多くいる執行官の中でもエリート中のエリートであり彼らには一つの部隊が与えられる。つまりこの場では最高指揮官となる。
「あなたが先ほどから発している言葉がうるさすぎてつい前に出てきてしまいましたよ」
「う、うるさい、だと……?」
「ええ、実にうるさい。負け犬はよく吠えると言いますがいくらなんでも吠えすぎでは?」
「俺が、負け犬……?」
無明は信じられないといった顔を浮かべるが景虎は淡々と言葉を続ける。
「立派な負け犬ですよ」
「そ、そんな訳ない!俺の人生はまだまだこれからなんだ!俺はまだ高校生で、やりたいこともまだ――」
「だから、あなたは人生というギャンブルに負けたんですよ。現に今こうやって追い詰められているではありませんか。負けていないのであればこのような状況にはなっておりませんよ」
「そ、それは……」
「ああ、さっきの質問ですが答えは勿論イエスですよ。我々は一々自分たちで考えたりはしません。一般人であろうと上からの命令ならばそれに従う、それだけです。あなたは先程から何とか場がひっくり返らないかと弁明を続けていますがそんなものは無駄で無意味です。我々にはあなたの言葉は一切届きません。分かったのであれば潔く諦めてください」
「そ、そんな――」
「あと、あなたは一般人ではありません。あなたは異能持ち、つまり異能者です。ですから先程の弁明は結局は無意味だったということですね」
景虎が淡々と述べる事実が無明の心を深く抉っていく。
「…………」
無明の頭は真っ白になり何も言葉が出てこなかった。出てきてもすぐに消え、言葉を発することができない。
これほどの絶望感を彼は味わったことがなかった。
「もし、弁明したいというのなら裁判所でどうぞ」
その一言が彼に一筋の光を与えた――ように思えた。
「まあ、そんな機会が与えられれば、ですけどね」
最後の一言で彼は膝を折り力なく地面に倒れ伏した。
彼は魂が抜かれた抜け殻のように無気力になり執行官が彼の両腕を抑えても抵抗する様子を見せなかった。
その様子に景虎は興味を失くしたかのように目を逸らし、命令した。
「地下監獄に連れて行きなさい」
地下監獄――名前を聞いただけで大抵の人を震わせる。そんな場所から彼の物語は始まる。
地上からの転落。彼は這い上がってこれるのだろうか。
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