Act.3 追憶の皇子・2

「その顔を見ることも、声を聞くことも叶わぬのだな」

「今上陛下のお悲しみ、お心の痛みは、何ものにも比することのできない痛みでございましょう。私も言葉がありません」

「では改めて、そなたに訊く」

 フロースガール皇が伏し目がちに、ネルガレーテを見やる。

「神に誓って、このフロースガールの余命幾ばくもない未来に誓って、シンは生きておるのか? それともその魂はエッジセークと共にあるのか?」

「・・・・・・」

「シン皇子さえ生きておれば、メルツェーデスに無理強いせずとも済むというのに・・・」

 投げ遣りとも思える、皇の独り言のような言い草は、明らかにネルガレーテからの答えを期待していなかった。

「何かあったのですか? フロースガール皇陛下」

 もう80歳に近い国皇は、初見の折りとは印象がまったく違っていた。この僅か数時間の間に、数十年も経たように年老いて見え、ネルガレーテは目の前の老皇に少しばかり憂いを抱いた。

「余もさすがによわいを重ねすぎた。いずれ遠くない未来に、このアルケラオスの治世はオロフ・ウェーデンに委ねられる事となろう。アルケラオスに17億の人々が暮らしておっても、政治まつりごとを任せられる、ウェーデン卿に優る傑物がいないのも、また事実。そのオロフはビガー朝の血を継ぐとはいえ、現クアトロポルテ朝からの正当な統治継承者として正統かつ合法的で、国民が納得しうる証を欲している。それが卿の望む、わが孫娘メルツェーデスとの婚姻だ」

「メルツェーデス皇女がご婚姻を・・・」

“皇女の護衛を煙に巻くために、リサが身代わり役をやった、とか言ってたわよね・・・”

 それと何か関係があるのか──。

「そうじゃ。来たる婚約親告の儀に際し、余は結婚の裁可を与えよう、さすれば皇女と卿の婚儀が確定し、同時に成婚宣明の日取りを得る告期の儀が行われる」

「──私から、差し出がましいようですが、陛下」

 突き合わせた両の指の、人差し指を唇に押し当てながら、ネルガレーテがそろりと言った。

「構わぬぞ、申してみよ」

「ちょっと聞き及んだ話なのですが、そのメルツェーデス殿下、どうも誰かの手によって半ば強引に、本来の警護担当である東宮衙衛がえいから引き離されたらしいと。陛下のお耳には入っています?」

「ふうむ・・・」嘆きとも困惑ともつかない息を吐き、老皇は小さく肩を落とした。「ネルガレーテ、聞きしに勝る地獄耳じゃな、其方そなた傭われ宇宙艦乗りドラグゥンと申す生業の者たちは」

「・・・・・・」

「その上、巧妙に言葉を選ぶ」フロースガール皇は、少しうとましそうな目付きで言った。「──衙衛がえいの警護から引き離された、とは」

「知っておいででしたか・・・」ネルガレーテは直感した──やはり何か裏がある。「それでですか? 禁中が何やら落ち着かないのは?」

「いや、そちらは違う。そなたらが運んでくれたラ・ボエムが襲われたことへの対応で、市内には威力被脅危機事態令とやらが布かれておる」

 聞いてくれるな、と言わんばかりの口調だった。治世の混乱は、どのような事情があれ、すべて皇たる自らの責に帰結する。それはすなわち為政者としての手腕であり、プライドだ。

「戒厳令みたいなものですか?」

 だがネルガレーテは遠慮しなかった。いざとなったら、相手の痛いところを平気で突く。

「いや違うそうだ、ウェーデン卿曰く」フロースガール皇は小さく首を振ると、葡萄酒ワインに口を付けた。「まあ、婚儀の日程が進み始めた頃合い、厄介事が起きやすい時期には違いない。メルツェーデスも、ちと我儘が過ぎたようじゃな」

「しかし陛下、それは拉致同然の状況だったと聞きました。連れ去られた先は、ヘアルヒュイドと申される方のところだと」ネルガレーテは僅かに身を乗り出した。「それに、護衛にも幾ばくかの犠牲があったとか」

「確かにメルツェーデスは、ヘアルヒュイドの元に庇護されたとは聞いた。ヘアルヒュイドはオロフの姉だ」フロースガール皇の睨むような目が、一瞬燿ひかった。「──だが犠牲者だと? 衙衛がえいにか? ウェーデン卿からは、そのような報告はなかった」

「由緒正しく誉れ高い血筋を、門外漢が軽んじるなと、叱咤されるのを覚悟で申します」

 ネルガレーテは手にしていたグラスを、そっとテーブルの上に置いた。

「この度の婚儀は、メルツェーデス皇女の幸せに繋がりましょうか? フロースガール皇陛下」

 ふうむ、とフロースガール皇は深い溜め息を吐き出した。

「クアトロポルテ朝の未来を担うべきシンがおらぬ今となっては、メルツェーデスがクアトロポルテ最後の血脈。だが遠くない先には余も鬼籍に入るこの身で、遅かれ早かれビガー朝の血を引くウェーデン朝が新興してくるのは明々白々。今ここでメルツェーデスとの婚姻をご破算にしたとしても、ビガー復興が姉ヘアルヒュイドの本懐である限り、ビガーの血脈に飲み込まれてしまうのもまた必定。頼るべき縁が誰もいないまま、メルツェーデス1人を残して行くのは余りに不憫と言うもの。メルツェーデスが出来うるかぎり皇朝にちかしい場所にいることが、皇女の幸せになると思っている。余があえて重祚ちょうそした理由わけも、な」

 そこまで話すのに一言一句丁寧に、途中で息を引き取るのではないか、と思わせるほど老皇が精根を込めて話しているのが、ひしひしと伝わって来る。

「──だから、いっその事、勃興してくる一族から皇婿おうせいに迎えるべきだ、と・・・」

 ネルガレーテは聞き返すのでも否定する訳でもなく、納得するような口振りだった。

「皇権は、血が繋がってこそ意味を持ち、正当性を揺るぎないものにする。一度軍門に下ってしまえば、次の目はない。それが皇権を担う、と言う意味なのだ」

 フロースガール皇は実に厳しい顔付きだった。

「陛下に対してのご無礼な物言い、どうか平にご容赦を」

 膝を揃えたネルガレーテが、居住まいを正して辞を低くした。

「本来、私たち傭われ宇宙艦乗りドラグゥンには何の関係もない事柄ですので、口を挟むべきか迷いました」ネルガレーテはそう前置きしたものの、躊躇することなく言葉を継いだ。「しかしメルツェーデス皇女の今回の行動の原因は、どうも我々がグリフィンウッドマックであったが故に、と」

「それはどういう意味じゃ?」

「メルツェーデス皇女は、どうやら我々グリフィンウッドマックがここグレースウィラー城に来るとお聞きになったようで、人知れず我々に会いに向かわれたようなのです」

「なんじゃと?」老皇は思わず身を乗り出した。「それは本当まことか? 誰がそのような事を!」

「ローズブァド城への御料宙船回航を担当した、他の者たちがリサ・テスタロッサという女性から」ネルガレーテが小さく頷く。「皇女付きの侍従女御官をされている、と存じています」

 驚いたように目を丸くしたフロースガール皇が、横に座る貴婦人と顔を合わせた。

「それで、何故なにゆえなのだ、姫がそなたたちに会おうとしたのは・・・?」

「それは・・・」

 この期に及んで、心の片隅に小さなわだかまりを感じていたネルガレーテが、素直に言葉を継ぐことを躊躇ためらった。

「──それにネルガレーテ」今まで見せたことのない、国皇の厳しい顔付きだった。「其方そなた、今、人知れずと言ったな?」

「・・・・・・」

 無言で見つめ返すネルガレーテだが、柿色の瞳は頷いていた。

「──其方そなた、何を隠しておる・・・!」

「・・・・・・」

 問い質されるネルガレーテは、苦悩の目付きで老皇と視線を交えながらも、目を逸らさず無意識に下唇を噛んでいた。

“ここから先の事を口にすれば、もう全てを話さなければならない──けど、隠し通せるものでもないし、隠すべきではない。それは確かなのに・・・!”

「包み隠さず申せ、ネルガレーテ!」国皇が初めて声を荒げた。「余の厳命じゃ! さもなくば痛い目を見るぞ」

「──皇陛下」

 すかさず静かに声を上げた脇の貴婦人が、言葉が過ぎます、という顔をしていた。これはしたり、と自照したフロースガール皇が、小さな咳払い1つ蕭然しょうぜんと体裁ぶった。

「そうそう、遅きに失したが、このご婦人を紹介せねばな」

 老皇は気を取り直し、愛想笑いを浮かべて貴婦人を見遣る。

 品のある紅色の髪に瞳を惹き付けられる。

 豊かなセミロングの髪をふんわりと後ろに編み込み、優雅で宮廷風なその女性は、歳の頃なら30代後半、ネルガレーテより4、5歳上か。均整のとれたからだの線がはっきりわかる、サイドスリットの入った品の良い鳩羽はとば色のワンピース・ドレス。肩口と袖口にはベルベット地に手の込んだ刺繍を施し、上品なレース使いに鬱金うこんのパイピングも鮮やかなローブガウンを着ている。凛とした顔立ちなのに、どこか柔和だ。

「ジュリア・シーヴ・テスタロッサ、今そなたの話に出てきた、リサの母御じゃ。彼女はこのアルケラオス皇室の侍従女御長を務めておる」

「リサの母・・・!」

 事も無げに言ったフロースガール皇の言葉に、ネルガレーテの顔色が変わった。

「どうした? ネルガレーテ」

「改めまして、拝顔の栄、痛み入ります、令夫人」

 ジュリアを見るネルガレーテの尖った耳が、無意識にぴくぴくと小刻みに震えていた。

「──傭われ宇宙艦乗りドラグゥン・エトランジェ・グリフィンウッドマックの編団頭領レギオ・デューク、ネルガレーテ・シュペールサンクと申します」

 傭われ宇宙艦乗りドラグゥンと聞いても、ジュリアはにこにこと微笑みを絶やさない。

“間違いなく、このジュリアと言う貴婦人は、傭われ宇宙艦乗りドラグゥンの事を知っている──”

 ネルガレーテは少しだけ安堵した。傭われ宇宙艦乗りドラグゥンと聞くと、取り立てて上流階級でなくとも、ちょっと博聞ならまずは胡散臭い目付きに変わるのが常だからだ。

「ネルガレーテ、堅い女子おなごじゃな、其方そなたは」フロースガール皇は呆れたように言った。「──このジュリアは、シン皇子の母御アルシオーネ妃付きでな、皇子と皇女の小さい頃から、保姆ナニー教育係ガヴァネスに専心してもらっておった。こう見えて、なかなかに気骨のある女性だ」

「しかも皇子の・・・保姆うば殿・・・ですか・・・」

 ここまで、因縁浅からぬとは──ネルガレーテは完全に追い込まれたと感じた。

「左様、そしてアルケラオス一勇敢なる、東宮衙衛がえいの副督帥イェレ・ドゥシーボ・ヴァンキッシュ卿の内儀でもある」

 ネルガレーテは無意識に押し黙ってしまった。リサの母御と聞いて予期していたが、正面切って改めて言われると、動揺を押さえきれない。

「16年前の折り、シン皇子の親衛を果たしておった男だ、イェレは」フロースガール皇はジュリアを顧みて、それからネルガレーテをぎろりと一睨みした。「多分、そなたたちも知古の筈だ。そのイェレと共に、そなたたちも我が国の宇宙軍創建に奮励してくれたと、生前エッジセークから聞き及んでおるが」

「それは私の祖父、エラン・グリフィンウッドマックの尽力でしょう」

「まあ、よい」国皇は何か言いたげだったが、独りちた。「ジュリアを呼んでおいたのは他でもない、16年前の、あの出来事のことだ」

 娘のリサが、父イェレの最期を知った事を、母たるジュリアはまだ知らない筈だ。だが所詮時間の問題、それはいずれジュリアの知るところとなる。

 客船ツィゴイネルワイゼンの危難の折りに、メルツェーデスとリサをグリフィンウッドマックが救けた事、イェレがその死と引き替えに自分の娘リサを救けた事、そしてその辛い事実をリサ自身が知ってしまった事を、だ。そして同時に、良人おっとの生死を知る事になる。

“──16年前エッジセーク皇と共に命を落としたはずのイェレが、実は生き延びていたと明らかになる事であり、それはシン皇子の存生絶息ぞんじょうぜっそくを直接問うことに繋がる”

 さすがのネルガレーテも、フロースガール皇とジュリアの顔を真っ直ぐに見られない。明らかに目線に落ち着きを失くしていた。

「ネルガレーテ」フロースガールの重い声が、ネルガレーテに伸し掛かる。「このジュリアは、頑としてイェレの存命を信じてまない。それはすなわち、シン皇子も息災であると同じ意味だ」

「はじめまして、ネルガレーテ殿」ジュリアがゆっくりと立ち上がる。「イェレ・ドゥシーボ・ヴァンキッシュの妻、ジュリア・シーヴ・テスタロッサです」

 ジュリアと目が合ったネルガレーテが、誘われるように無意識に立ち上がった。

「ネルガレーテ殿」ジュリアがネルガレーテを凝視した。「私は今でも、イェレは生きていると、今でもシン皇子をお守りしていると信じております。あの良人おっとは、それは不器用な男でしたが、自分の責に誇りを持っておりましたし、それを全うする力量も備えておりました」

「レディ・テスタロッサ・・・」ネルガレーテの顔が苦悶に歪む。

「私が聞かされてきたのは、国民が納得するための勇猛美談ばかりで、暴虐な蛮力に屈しない、正義を体現する鼓吹こすいに利用される話ばかり、半ば口碑哀話こうひあいわにさえなろうとしています。けどイェレはそんな英雄になりたくて、傑人に祭り上げられたくて、シン皇子をお守りしていた訳ではありません。16年前、本当は何があったのか、あの人は、イェレはどのように逆賊に抗したのか、それが知れない限り、身罷みまかったとはとても信じられないのです」

 ジュリアの力強い菖蒲あやめ色の目に惹き付けられるように、ネルガレーテはじっと凝視しながらその言葉を噛み締めていた。

「悲しみをいだいたまま薨去こうきょなされたアルシオーネ妃も、決してお顔にはお出しになりませんでしたが、心の奥底ではシン皇子のご健在を信じて、幽明境を異になされる際まで、微かとは言えその未来を念じておられました」

「──えっ・・・? アルシオーネ妃はお亡くなりになったのですか?」

 驚くネルガレーテに、ジュリアは静かに頷いた。

「2年ほど前かの・・・」

 老皇がジュリアに代わって、伏し目がちに口を開いた。

「エッジセークが身罷みまかったあと、メルツェーデスを産んだのだが、すっかり体調を崩してしまってな。妃が床に臥せることが多くなってからは、このジュリアがメルツェーデスにとっては母親同然なのだ」

 フロースガール皇が、実に優しい目付きでジュリアを垣間見る。ここに至って、ネルガレーテは動揺を押さえ切れなくなった。ネルガレーテの両肩が微かに震える。

「ジュリアにも、メルツェーデスに先立つこと数箇月前に生まれた娘御がおってな、もちろん誇り高きヴァンキッシュ家の血を引くイェレの娘じゃが、同い年の女の子同士、メルツェーデスとよう気が合うておるようだ。それがリサじゃ」

“──だめだ・・・!”

 ネルガレーテは観念したように目をつぶった。

“イェレ、ごめんね。エラン、許して・・・”

 ネルガレーテは何を謝ったのか、自分でも分からなかった。

 今まで黙っていた事を、なのか、それとも隠し通せなくなった事を、なのか──。

“少なくともイェレについて、彼女には知る権利があるし、私には知らせる義務がある”

 祖父のエランは、うの昔に引退して鬼籍に入った。そしてイェレも、今はもうこの世にいない。いつかは、このような日が来るとは覚悟していた筈なのに。

“この機会を逃せば、いま話さなければ、おそらく夫人はイェレの最期を知らぬまま、そのイェレを生涯待ち続けることになる──”

 しかしそれを話せば、必然的にシン皇子の末期に針は向く。その上、シン皇子の母アルシオーネ妃は、既にこの世を去っている。これはネルガレーテにとって予想だにしなかった。

“そして当の皇子本人は、自分の父の死も、そして母の死すらも知らない──このままで、本当に良いのだろうか・・・”

 ネルガレーテは悟った。

 何故ノルン人たちが、アルケラオスへの御料宙船回航に、グリフィンウッドマックを指定してきたのか、を。こうなる事を、彼らは、知っていた、否、しなければならない、と察していたのだ。だから態と、私たちを、アルケラオスへ来させたのだ。

“確かに、彼は、自分の境涯を知るには充分な年齢になっている。これから歩む道を、自らで決める、その潮時かもしれない”

 自分独りの胸のうちに押し殺して置くことは、もう出来ない──心に期したネルガレーテが、重い口を開く。

「お2人方が、傭われ宇宙艦乗りドラグゥン・エトランジェに対してどのような心象をお持ちでいらっしゃるか存じませんが、私たち傭われ宇宙艦乗りドラグゥンは、宇宙自体を生業にし、宇宙が起居の場です──」

 そう前置きして、ネルガレーテは繰り出す言葉を選びながら話を始めた。

「宇宙でのことなら文字通り何でも、今回のような搬送、貿易品輸送、それも大小内容物を問わず、法とやらが規制する密輸だって請け負います。航路開拓はもちろん、塵芥除去や小天体破壊、輸送護衛、人命警護、頼まれれば武力による威嚇、強奪も行いますし、宙難事故の処理や救難行動要請にも対応します。中には国家規模のクーデターへの支援や輔弼、システム破壊や情報搾取の能力を備えた傭われ宇宙艦乗りドラグゥンも存在します」ネルガレーテはつまらなそうに付け加えた。「──勿論、すべて有償ですが」

 目の前の老皇と淑女をゆっくりと見渡し、それからネルガレーテがやおら言った。

「──イェレ・ヴァンキッシュは、2年前まで我々グリフィンウッドマックを率いていた傭われ宇宙艦乗りドラグゥン・エトランジェでした」

「おお・・・おお・・・」その言葉を期待してたように、ジュリアが上気させた顔を綻ばせた。「やはり生きていたのですね、良人おっとは・・・!」

「ですが・・・」ネルガレーテが苦しそうに言葉を吐き出す。「ですが、2年前に請け負った、宇宙客船が起こした事故への救難行動の最中、不慮の事故で、帰らぬ人となりました」

 ネルガレーテは2人の顔をまともに見られず、うつむいたまま言葉を継ぐ。

「その客船は二重の事故に遭遇していました。1つは恒星間航行推進機関のトラブル、もう1つは鉱物精製プラントとの衝突でした。船自体は衝突で大破してしまい、乗客乗員は救難シャトルで離船する予定でした。ところが、船内のある区画に取り残されている乗客がいることが判明し、その救助に向かったのが、私とイェレでした」

 ただただ聞き入っているジュリアの、必死に押さえ込んでいる激しい動悸と息遣いが、ひしひしと伝わって来る。

「その2人は無事保護できたのですが、救助用機材に収容する際、客船を大破させた瓦礫の破片が、何かの弾みで外れて飛んで来て・・・収容機材ごとイェレの体が持って行かれ、客船に引っ掛かっていたプラントの一部と思われる可爆性の強い貯蔵タンクか何かに衝突・・・したのです」

「・・・・・・」

 広い部屋の中がしんと静まり返った。

「レディ・テスタロッサ」

 ネルガレーテが決然と顔を上げ、ジュリアを真っ直ぐ凝視する。

「──そして、その危難に遭った客船と言うのはツィゴイネルワイゼン号、救けたうちの1人がメルツェーデス姫、そして・・・」ネルガレーテは改めて息を吸い込んだ。「イェレが最期に救けたのが、リサ・テスタロッサという名前の女性でした」

「おお、何という・・・」

 その言葉を絞り出すのが精一杯だったフロースガール皇が、そのまま絶句する。ジュリアは黙って目をつぶり、少しだけうつむくと小さく首を振った。一文字に結ぶ口元に、静かな笑みを湛えていた。

 そのジュリアの姿に、ネルガレーテは心服した。

 ジュリアは気丈に逃げる事も取り乱す事もなく、良人おっとの最期を正面から受け止めたのだ。本当に素晴らしい女性だった。そんなジュリアに、心から愛されていたイェレを、ネルガレーテは少しばかり嫉ましく思った。

「その事は、ローズブァド城へ御料宙船を回航フェリーした他の者たちの口から、思わぬ話の流れでリサ嬢に伝わる事となってしまいました。少々配慮が足らなかったと、悔いております」

「そうですか・・・娘は知ったのですね」

 母として娘の心の強さを信じているのだろう、リサも皇女付の女御官と聞いたが、ジュリアのその短い言葉だけでリサの聡明さが伺い知れた。

「イェレは最期まで強い男でした。我々グリフィンウッドマックの破落戸ごろつきどもが、その私命を預けても良い、と思わせる数少ない男、それがイェレ・ヴァンキッシュです」

 そしてそんなジュリアの態度に、ネルガレーテは勇気をもらった気がした。



★Act.3 追憶の皇子・2/次Act.3 追憶の皇子・3


 written by サザン 初人ういど plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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