第40話 占いに頼ると敗れる

 ミロス王国がヨハン排除に動いたことにより、対決の日が近づいていることを彼は見越していた。

 そのために公国側から打って出るように提案したのだが、トパール公爵からは神託が得られなかったとして却下された。


 そこで「公爵には覇権を争う意志がない」との情報を流しつつ、ヨハンが強硬に公国側から攻撃を仕掛けるように働きかけていることをちらつかせることとした。


「いいのか、ヨハン。この策だとお前がまた狙われるのは必定。そればかりか公国内からも排除されかねないぞ」

「今回クローゼが失敗したことを大々的に喧伝すれば、たとえ害意を持っても実行しようとは思わないだろう。また捕まって、依頼者を遡られれば恥をかくのは向こうだし、公職であれば辞任も覚悟せねばならない」


「そう言われればそのとおりなのだが。でも、本当にクローゼの間諜を全員帰国させてよかったのか。見せしめとして何名かは処分したほうが、お前の冷徹さも印象付けられて再び狙われることもなかったかもしれんぞ」

「それだと戦乱が去った際、俺の居場所がなくなるな。見せしめのために間諜を処分しては、国内外に危険人物と見られて軍を追われるだけでなく公国内にとどまることさえできなくなる。それでは国を捨ててクラレンスと別れなきゃならないからな」


「そこまで考えていたのか。確かに私が同じように強硬に王国討つべし、命を狙った間諜は皆殺しでは、兵たちが萎縮するだろうし高官ですら恐怖を抱くだろう。この判断も〈兵法〉なのか」

「〈兵法〉というより処世術だな。良い人生を送りたいなら他者から恨みを買うべきじゃない。俺の理想としては、早く戦乱を終えて、クラレンスと静かに余生を謳歌したいだけだからな」

「本当、お前って欲がないな。お前ほどの才幹があれば丞相にだってなれるだろうに」


「権力をふるって他人に指図するのは得意じゃない」

「でも〈兵法〉で軍を統率して兵たちに指示は出すんだな」

「ああ、〈兵法〉に背いたら死ぬ確率が高まるからな。犠牲者を減らすためにも〈兵法〉をもとにした運用は致し方ない。まあなにも俺がそれを続ける必要もないんだ。たとえばフィリップが〈兵法〉を修めてくれれば、俺は安心して引退できる」


「私はまだ占いのほうがよいと思っているからな。だがお前が熱心に〈兵法〉を売り込んでいるから、実践する場を提供したまでだ」

「後悔しているのか。占いによらない戦い方が、占いを信条とするお前の気に入らないのはわからないでもない。俺も〈兵法〉でなく占いに依拠した戦い方をされたら気に食わないからな」

「それでクローゼに勝てるものなのか」

「勝てると断言できるな。ゲルハルトと戦って勝てたことで〈兵法〉がすぐれていることを証明したからな。どんなに占いを素早くできたとしても、でたらめな占いで向かってくるかぎり付け入るスキは必ずある」


 フィリップにはいまだ〈兵法〉は怪しげな術と映っている。そんなものでアルスの神の思し召しを無視するのはいかがなものか。

 だが、〈兵法〉で宿将ゲルハルトを降したは確かだ。

 ヨハンが主張するように、どんな卦が出るかわからない占いよりも、合理的な〈兵法〉のほうが安定した勝ち方が導き出されるのだろう。


「だが数では到底勝てない王国軍と戦うには、アルスの神の思し召しを頼るのはそんなに悪いことだろうか」

「悪いね。数が少ないからこそ〈兵法〉で勝てる戦いにしなければならない。それこそ無策で神託に頼れば、万にひとつの勝ち筋すら放棄しかねない」

「ということは、数で敵わない王国軍に勝てる算段があるということか」


「まあな。数が多いことは、必ずしも確実な勝利にはつながらない。とくに運用を占いに頼っていれば、数がいくらあろうと、物の数ではないな」

「以前言っていたよな。どんなにでたらめでも素早ければ偶然理論に適うこともある、と。クローゼほど素早く一度に三つの卦が得られたらハマることもあるのではないか」

「まあいつかはハマるだろうな。だが俺がハマらないように戦うから、早々思いどおりにはさせないがな。もし不安ならクラレンスに占ってもらおうか」

 フィリップにクラレンスのカード占いを見せてやろうか、とヨハンは考えたようだ。


「お前、結局占いに頼るのか。〈兵法〉だけで説得してみせろよな」

「占い好きなお前を説得するには、占いで結果を見せたほうがいいだろう。それに兵たちにはいちおう占いをしているふうを装っているのだし。兵に〈兵法〉を説いても納得はしまい。これまで占いによって戦い、生き残ってきたのだからな」

「確かに、戦で占いが使われなければ反発は必至だな。そうか、お前が占いの祝詞とサイコロの振り方を憶えたのって今日の状況を見越していたからか」

「ご明察痛み入ります、フィリップ閣下」


「よせよ、柄でもない。お前は今までどおりふてぶてしく〈兵法〉を説いているほうがお似合いだ。将軍というより研究者に近いからな。理論を完成させる頃には戦がなくなっているといいな」



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