第26話 ヨハンの怖さ

 ゲルハルトは新たな卦を得るため、サイコロを転がした。

「エルフ神にミロス王国軍の進退をゲルハルトが伺う。ミロス暦三百五年七月一日十時二十分、ブロンクト公国領リューガ山麓西古戦場において、いずれに進むべきか退くべきかまたはとどまるべきか」


 出た卦を雑用係に解釈事典で引かせた。

 「西に進軍して適宜反撃するべし」となった。

 ゲルハルトは自らの行動が正しかったと納得した。ここからさらに西へ進むべきか、すでに進んでいるのでこの地で適宜反撃を繰り出していくべきか。判断を迫られた。


「せっかくエルフ神の思し召しを得たのだ。この場にとどまって反撃に転ずるぞ」

 エルフ兵を鼓舞するような大きな声でゲルハルトは激励した。

 その意気を感じてエルフ兵はただちに再編して反撃の態勢を整えていく。

 三万を率いてきたのに、今は二万を切るほどの損害が出ていた。それでもブロンクト公国軍は六千程度なのだから、なお三倍ほどの戦力差がある。


 気がかりなのはドラゴン族の部隊である。エルフ族を超える身体能力と魔法耐性を持つ恐るべき部隊だ。

 今回ミロス王国軍がこれほど苦戦させられているのも、相手にドラゴン族の部隊がいたからだ。

 というより策を用いて王国側のドラゴン族を排除した手並みは見事としか言いようがない。そこまで見越した動きであれば、よほどヨハンの占いが凄まじいのだろうか。

 幸いなことに敵の精鋭であるドラゴン族の部隊はわが軍が態勢を立て直すのを見て、追撃をあきらめて帰陣している。これで当面の脅威は去ったといえる。


 ブロンクト公国軍はまだゲルハルトから分断されたエルフ兵を公国へ送り出している途中で、今反撃すれば効果が高いだろうと判断した。

 ゲルハルトは整然とそして悠然と公国軍へ向けて進軍を開始した。


 公国軍は隊列を整えてわずかに後退している。どうやらこちらの反転攻勢が予測されていたようである。

 そのことに寒気すら覚えるが、エルフ神の思し召しである以上適宜反撃を見舞うために歩みを速めた。

 これで急速に距離が縮まるかと思われたが、あまり追いつけていない。どうしたことか。


 いや、冷静に考えれば王国軍が出たぶん公国軍が引っ込んだのだ。だから距離が縮まらない。

 公国軍はすでに戦いを終えようとしているのか、それとも自分たちを罠に陥れようとする神託を得ているのか。敵の占い師ヨハンの素性がわからない以上、どのような占いを使いこないすのかの予想も立てられない。

 ただ、これまでの敵将フィリップの操る占いとは明らかに異なる。

 ここまで細やかで破壊力を有する占いではなかったからだ。


 部下から再編が完了したことを告げられると、本格的な追撃戦に打って出る。

「全軍、東に向かって突進せよ。敵陣を中央突破する」

 ゲルハルトの鋭い声に王国全軍が呼応する。

 騎馬を中心にした部隊が先行し、敵部隊へ先制打を与えようとした。


 すると思わぬ方角から弓矢や魔法の攻撃にさらされることとなった。

 罠だったか。

 しかし公国軍を考えると明らかに戦場に出ている人数が多い。

 捕らえたエルフ兵を公国へ送ったとして、すぐにこれだけの部隊が戻ってくるなどありえなかった。


 予想以上に公国軍は充実しているではないか。

 それを見通せずに戦端を開いたことを後悔せずにおれなかった。

 敵の新たな占い師ヨハンの実力を試すため、という建前で神託と王命に従ったのだが、あまりにも計算外な実力を見せつけられている。

 このまま戦果をあげずに帰国すれば、再びクローゼと立場が入れ替わる。

 もちろんクローゼであればヨハンの占いを超えられる自信がゲルハルトにもあった。


 クローゼの占いは一度に三つの卦を得て、つねに先手先手で打って出る速攻の妙がある。

 ヨハンがサイコロを振る間に強襲を仕掛ければ、おそらくヨハンといえどもひとたまりもないはずだ。

 ゲルハルトもフィリップもけっして占いが遅いわけではない。クローゼが速すぎるのだ。

 そして眼前のヨハンもサイコロこそ振るものの解釈するのが殊のほか速い。


 おそらくすべての解釈を覚えているだけではなく、あいまいな部分を彼なりにすっきりした理論で整理し体系づけているのだろう。

 だからこそエルフ神の占いでは発想もない分断を狙うような用兵が可能となるはずだ。

 であればヨハンという男はよほど位の高い占い師なのかもしれない。


 それをどのようにして手に入れたのか。

 ヨハンの素性はわからず、おそらく孤児だろうと推定されている。

 孤児に占いを教える者が公国にはいるのだろうか。占いが使えれば確かに生き残る手段を手にしたも同然である。

 しかしそんな人物がいるのなら、現役の将軍にも教えていてしかるべきだ。

 国家の存亡がかかっている以上、孤児より将軍のほうが即効性が高い。


 ではヨハンは誰から「高速かつ精度の高い占い」を伝授されたのだろうか。

 やはり彼自らが編み出したと考えるのが自然ではある。

 クローゼの間諜からの話では、ヨハンとフィリップは親友とのことで、もしかしたらヨハンの基礎はフィリップの占いなのかもしれない。

 そう考えれば、なぜ孤児が占いを扱えるのか、答えになりそうではある。



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