第17話 白い戦士は刻まれる

 アスール王子との面会後、ターシャとイズマの二人はイズマの栗毛のペガサスで教皇のケツを蹴りに向かった。魔王の死後、魔族は魔獣を使役する能力を失っているが、イズマが使役しているのは魔獣ではなく、レストン族と契約をした霊獣なので問題ないらしい。

 ボーゼンと二人でリッシュに残った俺は支店の通信設備で本社に連絡を取り、秘書のグラムに現状と今後の方針、指示を伝えた。


「時期は未定だが、近いうちにアレイスタ王都に物流封鎖を仕掛けることになりそうだ。アレイスタが強硬策に出た時のために、九尾ナインテイルが動けるようにしておいてくれ。細かい配置については任せる。他にも必要なものがあれば自由に動かしていい」


 ひどい丸投げだが、この手のことは軍事に通じたグラムに任せるのが一番だ。金物屋のせがれの俺が細かな指示を出してもロクなことにならない。


「それと、各地に噂を流す。前に聖堂騎士団で言っていた勇者が死んだ原因は呪いじゃないって話だ。キャラバンと商船団に頼んでおいてくれ」


 いきなりアスラやメイシンの裏切りの風聞を流しても真実味に欠ける。今はまだ、種をまくだけでいい。マティアル教から破門状が出たとき「そういうことか」と納得させるための土台作りだ。

 指示を出し終えた後は、支店の会議室とアスール王子の偉大なる栄光城グレイトグローリーキャッスルを往復し、ヴェルクト救出のための作戦を練る。

 ちなみに、偉大なる栄光城グレイトグローリーキャッスルというのはアスール王子が自ら設計して建築の指揮をとり、命名した現代的な城である。見事な城だがネーミングセンスはなんとも言い難い。


「これを使うがいい」


 アスール王子が、アレイスタ王宮や大霊廟の図面を出して来た。建物の構造ばかりか、警備体制や魔導回路の配置まで網羅された精密な図面だ。


「よく手に入りましたね。こんなもの」


 俺の方でも図面は調達していたが、ここまで精密なものではないし、情報も古い。


「余が描いたに決まっておろう」

「……さすが殿下」


 王宮に入るたびに、頭の中に叩き込んでいた王宮の構造や防衛態勢を、アスール王子自身が描き出したものらしい。アレイスタの王宮は何度となく改築を繰り返しており、今や完全な図面は現存しないと言われていたのだが、アスール王子の頭の中にあったようだ。

 つくづく化物じみた記憶力と多才ぶりだ。

 アスール王子は為政者、武人であると同時に、当代一流の才人でもある。絵画や音楽、詩作などはもちろん、建築や酒造りまでやる。魔王軍戦争の死者を激減させたものの一つに、消毒用酒精アルコールという発明があったが、これもアスール王子が考案し、普及させたものだ。

 それにしても、明らかに王宮攻めを想定した情報量だ。「覇王になる気はない」と言ってはいたが、いざという時のための手はずは整えていたらしい。

 さすが殿下と言う他にない。

 救出計画を詰めていくうちに、王都を脱出したラシュディたちが従業員セレスの遺体、白い鎧の怪人の骸、マティアル教の准聖女と名乗る奇妙な少女とともにリッシュへと到着した。

 セレスには家族はない。リッシュの墓地へと葬り、社員達と共に葬儀をあげた。

 もう一つの骸は、王都支店の面々に襲いかかってきた正体不明の怪人らしい。


「アレイスタに使役されていたもののようで、確認できる限りでもう三体存在します。王都に乗り込む前に、対応策を検討しておく必要があるでしょう。准聖女がいなかったら、俺たちはここまでたどり着けなかった」


 ラシュディは苦い表情で言った。


「そこまで強力なのか?」

「ええ、捕縛を目的にしてたみたいなんで、どうにかやりあえましたがね。向こうがその気なら、皆殺しだったはずです」

「……わかった。ボーゼン先生、分析をお願いできますか?」

「心得た。何人か人を借りられるか?」

王都支店うちから出しましょう。店を追い出されたばかりで手が余ってる」


 王都支店の面々の手を借りたボーゼンは早速怪人の解剖と分析に取り掛かる。

 それから数日後、ボーゼンはおぞましい見解を告げた。


「『光の獣』の体組織を人間に植え付けた合成獣キマイラじゃ」


 リッシュ支店の低温倉庫。作業台においた死体の前でボーゼンは言った。


「どういうことだ?」


 不穏な響きを感じた。


「ここを見てくれるか」


 ボーゼンはうつ伏せ状態の死体の首を指差す。本来の筋肉の上にもう一枚筋肉が貼り付けられた二重構造の首の上に、縮れた糸のような、金色の線が浮いている。

 ヴェルクトの首の後ろにあったものと同じもののようだ。


「魔術文字でemethエメスとある。例の書面にあったエメス回路というのはこれのことじゃろう。つまりこれは、普通の人間の体に『光の獣』の筋肉組織や臓器の類を植えつけて作られたものじゃ」


 悪寒と、吐き気と、恐怖が込み上げた。


「……ヴェルクトの体を使ってるっていうのか⁉︎」


 怒鳴るような声をあげていた。

『光の獣』というのは、ヴェルクトのことだ。普通の人間にヴェルクトの臓器や体組織を植え付けたもの、それがこの化物だというのだろうか。

 気が狂いそうになった。

 パニック気味の俺を落ち着かせるように、ボーゼンは「言葉が足りなかったな」と言った。


「『光の獣』ではあるが、ヴェルクトではない。素材になっておるのはヴェルクトとは別の個体のようじゃ。ヴェルクトの体を切り刻んだものにしてはいささか体組織が大きすぎる」

「別の、個体?」

「取り乱すな商人」


 立ち会っていたアスール王子が言った。


「いかに狂愚どもでも、国葬の前に勇者を切り刻みはせんわ」

「……そう、ですね」


 口から息を吐き、気持ちを落ち着ける。昔竜騎士ラヴァナスから習った竜騎剣術の呼吸法。


「続けて良いかな?」

「ええ、すみません」 

「ローデスにあったという施設に残っていたものか、新たに作られたものかはわからんが、おそらくローデスの研究を、王立魔導騎士学校のゴルゾフが引き継いで作ったものじゃろう。あの老いぼれは、こういう悪趣味を好む」


 王立魔導騎士学校学長『最初の魔導騎士』ゴルゾフ。

 百歳を超えてなお生気横溢とした、怪物めいた老人らしい。


「どうして、そんなめんどくさいことするんですか? 『光の獣』のままじゃダメなんですか? 勇者様みたいに」


 そうたずねたのは、ラシュディが連れてきたマティアルの准聖女アナ。ラシュディ曰く『何かの神がかり』らしい。一人で放りだすわけにも行かないので王都支店の従業員たちと一緒に寝泊まりしてもらい、後で聖女であるターシャと相談しようと思っていたのだが、『お手伝いします』と言って支店や偉大なる栄光城グレイトグローリーキャッスルの内外をふらついている。今回も別に呼んではいないのだが、いつの間にか倉庫の中に入り込んでいた。

 どうにも怪しすぎる少女だが、白い戦士に対応できる貴重な人材でもある。今は野放しにしておくしかなかった。

 野放しでいいと思わせる、何かがあった。


「脳は人間のものを使ったほうが制御しやすかったのじゃろう。頭の中に、隷属石れいぞくせきが埋め込まれておった」


 ボーゼンが問いに応じる。ボーゼンの見解もまた「准聖女は好きにさせておくしかない」というものだ。


「れーぞくせき?」


 准聖女は小首を傾げる。


「人を、命令を絶対遵守する人形のようにする魔導回路じゃ。勇者はこの手の精神干渉型の回路や魔法に対する耐性が強かった。そうじゃな、社長」

「ええ」


 ヴェルクトは幻惑だの睡眠だの魅了だの恐怖だのの類は受け受けなかった。


「現存する技術で『光の獣』を完全制御することは困難じゃが、人間であれば制御できる。それゆえ、人間に『光の獣』の組織を移植することで『光の獣』に近い能力を持ち、制御性に優れた兵器を作り出す。そういう発想で作られておる。ダーレス王に勇者殺しを決断させたのは、おそらくこれじゃな。この兵器が量産できれば、勇者はもう必要ない。そう考えたのじゃろう」

「ふざけやがって」


 毒づいた俺に、ボーゼンは笑って続けた。


「だが、朗報もあるぞ」


 ボーゼンは白い戦士の骸のそばから白い陶器のような素材の首輪を取り上げた。


「この首輪じゃが、緊急停止装置らしい。内部にエメス回路が組み込まれておった。外部からの信号で回路を遮断する仕組みじゃが、調整すればヴェルクトのエメス回路の代用に使えるはずじゃ」

「どういうことです?」


 骸の首にもエメス回路がある。エメス回路が二つあることになる。

「首の方のエメス回路は実際には機能しておらぬようでな。ローデス式の生体回路では脆弱すぎると考えたのじゃろう。首のエメス回路はこの首輪でバイパスし、首輪の中のエメス回路で緊急停止を行う仕組みとなっておる。逆にいえば、これを調整して使えば、ヴェルクトの壊れたエメス回路をバイパスして蘇生できるはずじゃ。応急処置のようなものじゃが、王宮から勇者を連れ出す時に役立つじゃろう」

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