ないしょ

さなこばと

ないしょ

 ふたりだけの放課後の教室、窓から夕陽に覗き込まれ、椅子に腰かけるあなたに顔を寄せて、ひそひそとないしょばなしをするのが、まるで心をくすぐられるような幸せで、ずっと大好きだった。

 橙色の陽光を背にした私とあなたの間には、いつも影ができていた。

 だから私は、影が愛おしかった。


 その日、あなたがおずおずと私を見上げて、「ご、ごめんね」とささやいてきたとき。

 私は何かを言うことを一時忘れた。

 鮮やかな色合いを生み出している、あなたのうかがうような瞳。

 私は目を細めた。

 大きく息を吸い、私は「……なに?」とそのまま体を近づけた。

「あ、あの――」

 あなたは怯えるようにじりじりと、椅子の背もたれへと上半身を引いていった。

「どうしても、やらないといけないこと、あって」

「うん」

「今のわたしには、とにかくたくさんの時間が必要になっていて」

「……うん」

 あなたは背筋を伸ばした。輝きをうちにはらんだあなたの眼差しが、私を見つめた。

「わかってほしいの」

 たじろいだ。

 得も言われぬ静けさを教室にもたらしたあと、私は小さくうなずいた。

「ありがとう!」

 あなたは口元を緩めた。

「それじゃ、これから用事があるから、先に帰るね」

 息をつく間もなしに、あなたは少し乱暴に椅子から立ち上がった。

 場に不釣り合いなくらい、大きな音が響いた。

 構わずあなたは、すぐそばにある鞄を手に取ると、両腕で愛おしげに抱きしめて、落ち着きのない靴音を立てて、小走りに教室を出ていった。

 焼きつくほどにまぶしい夕陽が、私ひとり佇む教室内を覆いつくしていった。

 

 放課後の教室の窓からは、校門に向けて下校する生徒たちを遠目で見下ろすことができる。

 彼ら彼女らが仲良く帰る様子を視界に入れるたびに、私は影のことを考える。

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ないしょ さなこばと @kobato37

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