第22話 報せ
月子の二番目の兄の戦死と、緋奈の怪死の報せは同日に届いた。
昭和十九年冬のことである。
「覚悟は出来てた」
健三はそう言ったが、月子が見上げた彼の肩は、ぶるぶると震えていた。
「あいつの部隊は玉砕したんだ。そんなこと、もう皆知っている」
父が涙を流す姿を、月子は初めて目にしたのだった。
数週間前に、父と一緒に家の蔵からご先祖様の鎧兜や刀を運び出した。鉄砲玉にするために、お国に献上するのだと聞かされた。ちょうどあの頃だ。日本軍の全滅や壊滅に関する話を、大人たちがよく口にしていた。
母の嗚咽とともに、遺骨も遺品も何もないのかと嘆く声が聞こえてくる。
居た堪れなくなって、月子は離れへ続く廊下を走っていた。
***
「月ちゃん」
悟は泣いていなかったが、顔色が悪いことは一目瞭然だった。
その知らせが書かれたハガキを彼らに届けたのは、月子だった。午前中のことである。もちろん月子は、そこに書かれていた内容を知っている。愕然として、頭の中で「緋奈が死んだ」という文字の意味を理解しようとしているところで、玄関先から兄の戦死を知った母の悲鳴を聞いたのだった。
「お兄ちゃんが死んだの」
部屋の奥に、立ちつくす龍がいた。押入れの方を向いて、月子の立つ廊下に背を向けていた。
「緋奈も死んだ」
振り返った龍が言った。
「どうして?」
短い問いに、龍はすぐに答えたのだった。
「よく分からないって書いてあったけど、僕には分かるよ」
手に持ったハガキを一瞥して、龍は月子へ歩み寄った。
「水が合わなかったんだ」
「え?」
どういうことか理解が追いつかなくて、月子は小さく疑問を口にした。
「緋奈は干からびちゃったんだよ」
「龍……?」
「僕たちは半分、海底人だもの」
悟はただ黙って、見守るように龍のことを見ていた。
「海のないあの町でお嫁さんになって、生きていられるわけなかったんだ」
少しだけ笑って、その直後に龍の顔は大きく歪んだ。月子が彼の手を包み込む前に、龍の両目から涙がこぼれ落ちていた。
「……ついさっき分かった。この知らせを読んで、腑に落ちた。僕はたまにK川で泳いでいたから、こんなに元気なんだ。K川は海に近いから、殆ど海水なんだよ。塩辛いし、海の魚が沢山泳いでる」
痛みを感じた。月子の手を握り返した龍の手の甲に、力を込めた証のように青い血管が浮き出ていた。
「もっと早く知っていれば。もっと全力で止めたのに……くそっ」
悪態をつく龍を見たのも初めてだ。
今日は初めて見る光景ばかりだ。月子は頭の片隅で、そんなことを考えていた。
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