第4話 幼馴染
「月子」
聞こえた声に、動きを止める。
「何踊ってるんだよ。春祭りはまだだぞ」
「かっちゃん」
辺りは暗くなりかけていて、火の光を受けた少年の顔はやけに赤く見えた。
幼馴染というよりも、月子にとっては兄弟のような存在だった。
月子は七人兄弟の五番目だったが、隣家の次男坊、克輝は身近な子供達の中で一番歳が近いのだ。上の兄姉達とも、下の弟達とも、もう少し歳が離れている。年長の兄達と姉の一人は既に結婚しているし、弟二人はまだ学校にも通っていない。
「交代してくれるの?」
「違うよ。晴ちゃんが弁当作ってくれたんだ。一緒に食ってやるよ」
「……ふうん」
交代してくれるつもりはないようだ。
月子は察して、すぐの帰宅は諦めた。空腹さえ満たされれば、別に構わないのだ。夜がもう少し更けたら、流石に大人が交代してくれるだろう。
「しかし凄い臭いだ。お前、よくこんな場所にずっといられるよなぁ……」
「臭いなんて慣れちゃうよ」
「その、怖くないのか?」
「怖い?」
沢庵を齧りながら、月子は首をかしげた。
「だって、人を燃やしてるんだぞ」
「でもじいちゃんだし」
「死んでるじゃないか」
「生きてる人を燃やしてた方が、よっぽど恐ろしくない?」
咀嚼し、ごくりと飲み込んだ月子の白い喉元が動いた。ぎこちない様子など少しも見せない。普段と全く様子は変わらなかった。
「ほんと変なやつ」
呟いた克輝の声に、月子は無反応だ。横目で覗うと、握り飯を頬張ることに集中しているようだった。
「春祭りといえばさ」
話題を変えるべく、克輝は今朝兄から入手したばかりの情報を口にした。
「見世物小屋一座に、新しい芸人が増えたらしいよ」
「へえ」
月子は口元についた米粒を摘み取りながら、克輝へ顔を向けた。
「どんな芸人さんだろうね?」
言葉少なだが、興味は引かれているようだ。
「流石に気になるんだな」
月子が積極的に話の輪に入ってくることは珍しい。
「そりゃあ――だってきっと、またお世話するの私だろうし」
自分でも自覚があるのだろう。月子はふふ、と笑った。
「嫌じゃねえの?」
「嫌なわけないじゃない。むしろ楽しみだよ。また皆に会えるんだなって。芽衣子姉さんがお嫁に行って、じいちゃんが死んじゃった。家が広くなって、寂しくなったところだし」
「怖くないのか? 芸人達……」
言葉を濁した幼馴染の少年は、思わず月子の目から顔を逸した。
「……見世物小屋の芸人って、やっぱ、ほら」
「怖くないよ」
克輝の意図したところを分かっての言葉かは、分からない。月子はけろりとした顔をしたままだ。
「かっちゃんは、怖いの?」
無邪気な声に、克輝はむっとした。からかわれたわけではないことは分かるが、いい気分ではなかった。
「こ、怖くない」
「ふうん」
これ以上の反応は、月子は興味がないようだった。再び炎に身体ごと向けてしまった。
「なんで皆怖がるんだろ。境内に見世物小屋が並んだら、こぞって見に行くくせに」
つぶやかれた言葉は、彼女の純粋な疑問だったのだろう。
――本当に変わり者だ
隣に並び座りながら、克輝も燃え盛る炎をぼんやりと眺めた。
――結構可愛い顔してるのに、台無しだよなぁ
おかげで月子にちょっかいを出す級友は皆無だ。克輝にとっては気を揉まずに済むので、都合がいいのだが。
「宵踊り、一緒に踊ろうな」
春祭り初日の夜、神社の境内に焚いた大きな炎の周りを、村人総出で舞い踊る。この踊りのことを、宵踊りと呼んだ。
「えー」
「何だよ、さっき踊ってたじゃないか」
誘いを断られて眉をしかめる克輝だったが、月子は「だって」と呆れた声を出した。
「お社には行けないでしょ、うちの家族は。不幸があったばかりなんだから」
「ああ。そっか……」
喪が明けていない。
春祭りはもうすぐだ。
「準備はいつも通り手伝うって、母さんが言ってたよ。私は祭りの間、きっと芸人さんたちのお世話でずっと家にいることになるから、かっちゃんお菓子買ってきてね」
納得して頷く克輝の横で、月子は思いを巡らせていた。
――新しい芸人さんか。どんな人だろう
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