第2話 変わり者
「そろそろ交代じゃないかって!」
慌ただしい家の中に向かって、
しかし彼のその言葉に、すぐに返事を返す者はいない。女たちは料理の準備に忙しく、男たちはまだ日が沈みきっていないと言うのに、すっかり出来上がっているようだ。故人の思い出話に盛り上がる声と共に、酒の匂いが戸口まで漂ってくる。
「交代する奴いないのっ?!」
更に大きく腹から声を出す。
「克輝」
仏間から滑り出てきたのは、空の盆を小脇に挟んだ娘だった。月子の姉、
「晴ちゃん。月子が腹減ったって」
「まだ月子が番してるの?」
「他にやりたがる奴なんていないよ」
「ずっとじゃない。あんたは? 代わってやってよ」
「……やだよ」
「まったく」
大きくため息をつきながら、晴子は横の振り子時計に目をやった。火を入れてから、もうかなり時間が経過している。
「もう怖くないでしょう。後は火が大きくなりすぎないように、見守ってるだけよ」
「もう暗くなるじゃないか」
「あら」
晴子はからかうような視線を少年に送った。
「もしかして一人で仏様の番をするのが怖いの? すぐそこじゃないの」
克輝はむっとする。しかし言い返せない。
「九つの月子が怖がらないのに。十一のあんたが怖がるの? 男なのに。情けないわねぇ」
「月子と比べるなよ」
あからさまに小さくなる声に、晴子はふふ、と笑った。
「まあね。あの娘は確かに、変わり者だから」
晴子にとって月子は、歳の離れた可愛い妹である。野良仕事で忙しくする母の代わりに、赤ん坊の頃から面倒を見てきたのだ。他にも下の弟たちがいたが、月子は大人しく聞き分けも良い。世話焼きな晴子にとって、最も世話を焼きたくなる存在なのだった。
「月子はなんで怖くないんだろう」
純粋な疑問となって飛び出した、克輝の呟きだった。
晴子は小さくため息を漏らす。
確かに月子は変わり者だ。小さな村の中で、彼女のことを『変な子』として捉える者は多い。
どう変わり者なのかというと、要するに「子供らしくない」のだ。
他の子供達と駆け回りながら一緒に遊ぶことは少なく、一人でいることが多い。学校が終わった後も、自発的に家の外へ遊びに行くことは滅多にない。大抵家の中で本を読んでいるか、大人に言われるがまま手伝いなどをして過ごしている。
それだけであれば、ただの「大人しい子」止まりなのだが……
晴子は妹が「変な子」であると指摘されるようになった出来事を、振り返っていた。
――一番のきっかけは、あれね
月子がまだ、小学校に入学する前の年。
浜に、水死体が上がったことがあった。
数日前に隣村から行方が分からなくなっていた、小さな子供だった。
川に落ちて、海まで流されてきたのではないかと大人達が話していた。
最初に発見したのは、浜遊びをしていた子供たちだった。その中に珍しく月子もいたのだが、ぶくぶくに膨らんだ死体を見つけた子どもたちが悲鳴をあげて大人を呼びに散った後、彼女だけがその場に残った。
大人数人がやってきた時、月子は横たわる子供の遺体のすぐそばに腰を降ろしていた。まるで小さな妹を寝かしつけているかのような姿勢で、その子の青い頬を撫でていたのだという。
何をしているのか訊ねた大人の問に、月子はこんな風に答えたそうだ。
『ほっぺた、きれいな青だねってお話してたの。柔らかくてきれいで、だけど寒そうだったから、温めてあげたくなった』
小さな子供の純粋な言葉のようにも聞こえたが、腐敗が始まっている遺体を前にして、あまりにも恐怖の感情が欠落している。大人たちは言葉を失い、そんな風に仏様を扱うものじゃないと叱責した。
――月子は、変わってる。確かにそう
普通の人が怖がること、気味悪がることに対して、反対の反応を示すのが月子だった。明かりのない墓地や厠も怖がらない。動物の死体を触るのも躊躇しない。
気持ち悪くないの? 怖くないの? 晴子は幾度となく訊いてきたが、月子はいつも質問を返すのだ。『なぜ怖いの?』
「克輝」
晴子は立ち上がりながら提案した。
「お弁当作ってきてあげるから、月子と一緒に食べなさい。さすがに一人に任せきりじゃ、かわいそうだわ。あんたも一緒に番をしてあげて。月子と二人なら、怖くないでしょ」
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