第4話:ハルカカナタ

 私はまた電波体バグに憎悪した。

 もとより許せる存在ではないが、今回さらに苛立った。

 その苛立ちと同じくらいに後悔した。

 私の一瞬の判断の迷い。それが招いた事故がある。

 ――――――――――――――――――――

 8月某日。錦糸町近辺に電波体バグが出現。私たち2人は命令により避難援護、避難完了後掃討作戦へと参加していた。

『新たな目標240度ふたひゃくよんじゅうど距離260。』

 AIからアラートが発せられる。

「兵装選択、HE弾榴弾、ファイア!」

 バンバンとHE弾榴弾を発射する。

 その時である。ガキン!と音をたてて射撃が止まった。

 排莢噛みジャムを起こしたのだ。

 私は予想外の事態にパニックになった。

「あれ、えっとジャムった時はあれ、あれ」

 モニターから目を逸らし操縦桿を見つめる。

 そんな状況を玄月2尉が切り裂いた。

「城君!周りを見ろ!餘目曹長行けるか!?」

「了解!間に合え!城!!」

 機体が大きく揺れた。吹き飛ばされた。

 その衝撃で我に帰る。餘目曹長が訓練機をタックルし、吹き飛ばしたのだ。

 その刹那餘目機はバリアを展開。多数の電波群体バグズに組み付かれた。

 3層あるバリアが1枚、また1枚と破られていく。そうしてついに最後の1枚が破られ電波体バグに接触、浸蝕された。

「コックピットブロック浸蝕!操縦者アクターバイタル逆転……汚染されます!……まずいです!餘目曹長CPA心肺機能停止!」

 局員が大声で知らせる。

 すかさず玄月2尉が答える。珍しく冷静ではいられない。

「くっ……パイロットスーツ生命維持モード全開CPR心肺蘇生開始!」

 ドンっ!という音と共にコックピットブロック内の餘目曹長が跳ねる。

CPR心肺蘇生効果無し!尚もCPA心肺機能停止!」

 さらに玄月2尉は続けた。

「くそっ!コックピットブロック強制排出!衛生課、格納庫へ待機!急げ!」

 人型装機リンネ背面装甲がバシュっと音を立て、剥がれていく。そうして、背面からコックピットブロックが道路に向かって放り出される。

「城君、コックピットブロック回収後速やかに撤収。餘目曹長回収を最優先に。錦糸公園前交差点より収容。人型装機リンネ試験機は現時刻を持って破棄。私も格納庫へ向かいます。あと願います局長。」

 わかりました。そう告げた局長も今回ばかりは青い顔をしていた。

 その時わたしはまだ慌てていた。それに血の気が引いていた。

 私が油断したから餘目曹長を危険に晒してしまった。

 助けなければ。無線を聞く限りかなり状況が厳しい。

 私は地面に落ちているコックピットブロックを持ち上げた。

 指定された錦糸公園前交差点に到着。火力支援により足止めされている間に、交差点が沈み始める。地下基地に向かい下降する。

 地下格納庫へ到着する。

 持ってきたコックピットブロックを地面に置く。

 整備課局員が駆け寄り、外部からの開放コードを入力する。

『ハッチ開放』AIが答える。シューと音を立てコックピットブロックがついに開く。

 そこにはぐったりと横たわった餘目曹長が居た。

 すぐさま整備課がブロックから運び出し衛生課のストレッチャーへ乗せる。

 衛生課局員は緊迫する状況でも命を繋ぐ為全力をかける。

CPR心肺蘇生開始!気管挿管!ルート確保!」

 ドッドッと音をたて心臓を押し込む。ストレッチャーが軋む。

 別の局員は口へ器具を差し込みチューブを入れる。

 また別の局員は点滴の為のルートを確保する。

 そこへ息を切らせた玄月2尉が到着する。

CPA心肺機能停止タイムリミット10分が迫っています。速やかに墨東病院へ移送!その後の判断を救急救命医に委ねます!」

 了解と声をあげ、衛生課局員が墨東病院への輸送路へ走り出す。その間も蘇生が続けられている。

 私はコックピットブロックを出し、ワイヤーで地上へ降りる。

 絶望に満ちていた。私の判断で餘目曹長危険にさせてしまった事。

 言葉にならないが絞り出した。

「申し訳、ありませんでした。私があの場面で焦っていなければ、冷静に対処していればこんなことには。」

 言葉は遮られた。

「城1曹は悪くありません。全ては現場判断を間違えた私、玄月千尋に責任があります。私はあの時新型兵装の重力バリアと餘目曹長の腕を過信した。目の前の城1曹を助けることだけに意識を向けてしまった結果です。」

 そこに館内放送が入る。

「CIC指示の目標、目標群α沈黙。追加の感無し。対電戦闘用具収め。」

「どうやら終わった様ですね。城1曹はそのまま作戦報告書を。私は中央発令所へ戻り局長の指示に従いあるべき罰を受けます。」

 そういうと玄月2尉は行ってしまった。

 やり場のない怒りが私を支配していた。

 指示通り私は格納庫ベンチで作戦報告書の作成に取り掛かる。

 もちろん身も入らない。何からすべきか。それがわからないほどに動揺している。

 ――――――――――――――――――――

 錦糸町中央発令所。

 玄月2尉が格納庫から戻ってくる。

「御園生局長、申し訳ありませんでした。私の作戦判断ミスです。」

 御園生局長がその口を開く。

「玄月2尉顛末の報告書を提出してください。それと申し訳ありませんが私は墨東病院へと向かいます。不問ではありませんが、この場の責任を全て任せます。東海林しょうじ副長不在の為です。ではよろしくお願いします。」

 そう言うと局長は急ぎ発令所を後にした。

 玄月2尉は休む間もなく、顛末報告書の作成に取り掛かる。

《顛末書・この度発生した操縦者アクター事故に関する指示の判断ミスにつきまして、経緯と今後の対策を下記の通りご報告申し上げます。》

 キーボードを叩く指が重たい。責任を自覚している。

 自分が対電波放送局付けとなってから初めて犯した失敗である。

「すまない、無事でいてくれ。」

 私は頭を抱え塞ぎ込んだ。

 局員誰もが初めて見る玄月2尉のその姿。

 誰も声をかけられなかった。

 ――――――――――――――――――――

 東京都立墨東病院。

 エレベーターで地下から運び込まれる急患。それに付き添う御園生局長。

 エレベーターで4階へと向かう。

 そうして中央手術室にたどり着く。

 こちらでお待ちください。そう言われ餘目曹長を乗せたストレッチャーは手術室へ入っていった。

 手術中の看板が発光する。

 御園生局長の手は震えていた。

 親友の危篤。その事実が彼女を震わせていた。

 どれだけ時間が経っただろう。

 何人の人とすれ違っただろう。

 そんな事数えていなかった。いや数える人は居ないだろう。

 長い長い時間が過ぎていった。

 発令所は玄月2尉に任せてきた。顛末書もあるが大丈夫だろう。

 何よりも心配なのは城1曹である。己が責任で遥が負傷したと思っているだろう。それは間違いないのだが、思い込み過ぎていないだろうか。

 この状況でも自分より他人を心配する。局長の人が出る。

 バン!と音をたて手術室の看板の光が落ちる。

 中から先生と、遥が出てくる。沢山の管に繋がれている。

「あの、先生。遥はどうなのでしょうか。」

「現場から絶えずCPR心肺蘇生を行ったことが大きかったでしょう。5分以内の蘇生だったと運び込まれた時点で聞いています。あとは彼女次第です。目を覚ますのを待ちましょう。」

 よかった。心から安堵した。

 ほっとして涙が出る。

 軍人手帳を取り出し、発令所へ連絡を入れる。

 遥の無事を玄月2尉それから東海林副長へ入れる。

 遥はそのままICU集中治療室へと運ばれた。

 そして何より大切なこと。城1曹へのアフターケアだ。

 酷なようだが、今電波体バグが現れた場合、対応できるのは訓練機のみである。彼女が戦えなければ江都東京に明日はない。

《城未来1曹江。餘目遥曹長は衛生課蘇生の甲斐有り、心肺再開しました。現在はICU集中治療室にて予後観察中となります。貴女はそこまで気負う必要はありません。任務に集中するように。以上。》

「送信、と。」

 無理だろうけど、普通でいてほしい。

 こちらは無事だったのだから。

 ――――――――――――――――――――

 

 体が浮遊する感覚を覚える。

 服を着ている感覚もない。

 液体の中を浮かんでいる感覚。

 周りには何も無い。黒1色の世界。

 私は浮かんでいる。ただゆらゆらと、浮かんでいる。

 ふと、遥か彼方に光が見える。

 ゆっくりと手を伸ばす。光に私が吸い込まれていく。

 「眩しい……。」

 光に包まれていく。そうしているうちに光は収まり、目が慣れてくる。

 「ここは。朝霞駐屯地。」

 東京都練馬区大泉学園町にある、自衛隊朝霞駐屯地を俯瞰して見ていた。

 朝霞駐屯地は東京都練馬区、埼玉県朝霞市、和光市、新座市にまたがる駐屯地である。

 私、餘目遥と、御園生詩葉局長が所属した部隊がある。

 懐かしいなあ。ここで毎日研鑽したのだ。

 そう、まさに今宿舎前で腕立て伏せをしている。あんな感じに。

 ……?おかしい。見覚えのある顔ばかりだ。まぁ勤務していた駐屯地だからそれも当然ではあある。同期がまだ勤務している可能性があるわけだ。

 でも違う。これは。そう、私の記憶だ。

 居た。あの頃の私も体力錬成をおこなっている。

 別の角度。そうだ、御園生局長も居た。この頃は2人とも士官だった。

 この頃はまだそこまで接点はなかった。

 初めて接点を持ったのはいつだったかな。あぁえっとたしか。

 そうだ、幹部候補生の説明会の時だ。たまたま説明会場を通った。その時幕僚長になるなんて言ってる候補生が居た。

 でも女性でまだ歳も若いので掛け合ってもらえず部屋から出てきた。その時初めて話したんだ。

 すぐ仲良くなれた。いや正確には私に何か見つけて向こうからぐいぐい来たんだ。

 同じ士官とはいえ上官。体力錬成の毎日に若干の嫌気がさし、私は時間を見つけ御園生隊長と話をしていた。

 そんなある日だった。災害派遣の任務があった。

 詳しい内容は聞かされなかった。いや正しくは詳しい情報が確定していなかった。

 私と局長はその作戦に従事した。

 東京スカイツリーに現れた未確認生命体の殲滅。避難民の保護。可能であれば鹵獲すると言う事。

 条件はあるが通常兵器にて火力効果が認められた。

 が、倒した個体は高温の蒸気を発して蒸発してしまった。

 鹵獲は困難を極めた。極めたどころか不可能だったのだ。

 また、未確認生命体は機械を浸蝕乗っ取った。

 戦車を乗っ取られ、無差別に周囲を攻撃した。

 仕方なく対戦車ミサイルを使用し無力化した。

 もちろん隊員が乗ったままの状態で。

 仕方がなかった。仕方が。

 そうして仲間を失った。1人。

 奴らは組み付き、その触手から皮膚を伝い浸蝕する。

 順番はどうあれ、そうして心臓まで到達しCPA心肺機能停止させ、その大きな口で丸呑みにする。

 そうして仲間を失った。また1人。

 接触された時点で助け方が分からなかった。

 浸蝕が始まり意識が遠のく。

 ダメだ、最後だと悟り、装備の9mm拳銃で自決をはかった。

 そうして仲間を失った。またもう1人。

 1人、1人。仲間を失っていく。

 部隊長である御園生隊長は撤退を具申した。しかし、それは作戦本部の本意では無い。却下された。

 私達はスカイツリーを登った。

 20式5.56mm小銃を持ち、20kg程ある背嚢を背負い、有事の際に備えエレベーターではなく非常階段を。

 もちろん途中、未確認生命体との会敵はあった。

 戦闘を行ううちに、暫定の弱点と思しき情報が流れてくる。

 それに従い、大きく口を開けたその時に、隊員で小銃を、斉射した。

 目標は、高温の蒸気を発し、蒸発した。

 当時としては革命的な事実だった。その後、隊員の犠牲は少なくなった。

 展望デッキまでの安全が確保され、エレベーターによって補給物資があげられてきた。

 束の間の休息。各々エネルギーバー等を食す、水分を補給する。

 弾倉に弾をこめる。そうして弾倉囊へと詰めていく。

 再度、スカイツリーを登る準備をする。

 未確認生命体に効果があるかは分からない、が念の為都市迷彩のドーランを塗り直す。

 次いで展望回廊を目指し登り始める。

 やはり途中何度も会敵する。作戦通り口を狙う。順調に敵を掃討していく。

 小銃に背嚢を背負って400m以上登るのは、常に訓練をしていてもとても辛い。

 慎重に慎重に歩みを進める。これ以上1人の犠牲も出さない為に。

 まもなく450m。展望回廊へ到達する。

 ドアに張り付きハンドサインで突入を指示する。

 1人の隊員がドアを蹴り開け、小銃を構え中へと流れ込む。

 他の隊員も続いて行く。

 「クリア」

 「クリア」

 隊員が状況を報告する。

 「クリア」

 「ルームクリア」

 最後に御園生隊長が全体の状況を確認する。

 小銃を構え周囲を警戒する。ふと、私は展望回廊から空を見上げた。

 そこにはこの世の物とは思えない。空に穴が空いていた。

 まばらではあるが、そこを通って未確認生命体が現世こちらがわに沸いて出ていた。

「あいつら、あんな所から。」

 こちらには気づかず他所へ行ってしまった。

 空の穴には事前に地対空ミサイルにより攻撃が行われていた。

 その効果は無し。穴を通り向こう側へと行ってしまった。

 追加で数発打ち込まれたが、出てきた未確認生命体にぶつかり消失か、穴の向こうへ消えていくのどちらかだった。

 この時はまだ発生理由も、閉じ方も確立されていなかった。

 現在は各放送局の放送事故により発生。放送強制停止措置により放送波を遮断。一定時間後に自然消滅すると確認されている。

 展望回廊は避難の形跡がそこらかしこに残されていた。

 大慌てだったのだろう。それはそうだ、あんな異形が現れたのだ。くだりのエスカレーターは大混雑だっただろう。

 展望回廊を一周する。要救助者無し。ひとまずの任務は達成した。

 次の任務。亡くなった方の収容、であるが。奴らは浸蝕ないしは丸呑みする為、遺体が残らない。なので私たちは展望回廊に残された遺留品を回収する事にした。

 人形にスマートフォン。鞄に乳母車。回収可能なものは回収して回った。

 次々とエレベーターに乗せ地上へ下ろす。

 幸い電源も通常通り動いている、下の階でもエレベーターを阻害するものはないらしい。

 順調に物品を下ろしていく。が、その時である。

 咆哮が聞こえた。否、その様な声なき声が聞こえたのである。

 御園生隊長が叫ぶ。

「総員、警戒を厳となせ!」

 小銃を構え円形に陣を取る。

 刹那的ではあるが、長く感じる時間が過ぎる。

 緊張により汗が頬を伝い、地面に落ちる。

 瞬間、1人の隊員が異常を発見する。

「12時の方角、空の穴から追加の未確認生命体出現。数5!」

 奴らは、まず目に映るものから襲っていく。

 空の穴に誰よりも何よりも近い。我々が標的である。

「隊長!来ます!」

「先程迄と同様、口を狙います!撃て!」

 合図を待ち斉射する。1つ、2つ、3つと敵を蒸発させる。

 4つめを倒す。運悪く隊員のリロードが重なり弾幕が薄くなる。

 案の定的は突っ込んでくる。それは最も近い私に突っ込んできた。焦って弾倉を滑らせ落としてしまう。その場の判断で9mm拳銃を撃つも効果無し、絶体絶命を迎えた。

 私は命を諦めた。無意識にこめかみに拳銃を押し当てて涙した。

 引き金に指をかけ、引こうとするまさにその時である。

「諦めるな!生きろ!」

 言葉が死線を切り裂いた。

 御園生隊長が20式5.56mm小銃に付いた銃剣を敵に突き立てたのである。

 弱点をつかれた未確認生命体は高温の蒸気と共に消滅。蒸気は御園生隊長を、私たちを飲み込んだ。

 幸い大事には至らなかったが、迷彩服が溶ける程であった。

 素早く顔を隠した為、火傷にはならなかった。

 それでも熱い、かなりの熱気であった。

 「げほっ、各員異常はないか……げほげほっ。」

 熱気を吸った御園生隊長がすぐさま安否確認に移る。

 異常無し、と隊員が声を上げ始める。

「餘目1等陸士、怪我はありませんか?」

 私は動けずにいた。

「餘目1等陸士?聞こえていますか?」

「あ、はい。異常ありません。ありがとうございます。」

 私は確かこの時、命の尊さを知った。

 軽々しく喰べられるだけの存在じゃない。

 私は誓った。この隊長の元で命の輝きを守ろうと。

 もう決して命の瞬きを、その光を消してはならないと。

 その後、空の穴は自然と塞がり、それ以上未確認生命体が現れる事は無かった。

 私達は状況終了の無線を受け、スカイツリーの元来た階段をくだりはじめた。

 登りと違い降りは幾分楽である。装備があれど大変さが段違いである。

 450m展望回廊から地上へと降り立った。

 地上では、補給部隊や衛生班が待っていた。

 少なからず火傷を負った私達はすぐさま収容された。

 そうして……いるうちに俯瞰した私は地面に吸い込まれた。

 いくつもの時間軸の記憶であろう。場面が浮かび消えていく。

 そのうちの1つの場面が私に向かい、飛び出してくる。

 抗えない、吸い込まれる。

 現れた場面。空から落ちる。再び俯瞰するまでそう時間は掛からなかった。

「ここは、また朝霞駐屯地?」

 災害派遣から帰ってきた部隊が宿舎前に点在していた。

 もちろんその中に私と御園生隊長も居た。

「そうだ、こんな時もあったな。」

 その後、幕僚長達の話し合い、政府の決定があり。

 未確認生命体に攻勢にでる組織が組み立てられた。

《対電波放送局トロイメライ》の発足である。

 攻勢に出る対電波放送局は矛として。

 災害派遣を主とする自衛隊は盾として、それぞれ人型装機リンネの開発に着手した。

 そうして対電波放送局には、英霊の魂魄を刻む事で戦況を大きく変えるAIを搭載した試験機が完成した。

 自衛隊では、幅広く救助避難誘導災害派遣を行う為に、並列化を行いどの隊員でも同じだけ結果が出る様になっている。

 また訓練機の延長線上になる為、この後新設される学校の卒業生が即戦力になる様になってる。

 この時、対電波放送局の局長を決めあぐねていた。

 幕僚長はそれぞれ、陸空海と自身の持ち場がある。

 かと言って、兵装に何の知識もない政府の要人が責任者になっても運用がうまくいくとは思えない。

 そこで自ら声を上げた者がいた。

 そう、御園生隊長である。

 ただの陸士長である御園生隊長が名乗り出たのだ。

 当初誰も相手にしなかった。幕僚長になりたいと言っていた時と同じである。

 しかし誰より死線を潜り抜けた。

 そしてなにより、入隊試験以降、試験ごとに発揮されたその頭脳IQにして200。さらにはMensaメンサ会員である。

 あらゆる事情を鑑み時の総理大臣が任せてみようと、話したのである。

 もちろん、対電波放送局にも通常テレビ局同様BPO放送倫理・番組向上機構がついている。

 BPO内する、放送倫理検証委員会・放送人権委員会・青少年委員会の意思により、対電波放送局の運営が決まる。

 こうして、様々な機関による制約はあれど対電波放送局は発足した。

 私は御園生局長についていくと決めていた。

 自衛隊からの転属願いを出し、人型装機リンネ操縦者アクターとして局員となった。

 決して操縦が上手くはなかった。ただ御園生局長について行きたいが一心でひたすらに練習したのだ。

 ちょっと恥ずかしいな。不純かもしれないが。局長の元で命の煌めきを確かめたかった。

 うなじを掴まれる感覚に襲われる。

 まただ、また場面が変わる。

 ここは、病室?

 そこに横たわっているのは、……私だ。

 沢山の管に、機械に繋がれている。

 私は私に吸い込まれる。

 まぶしい。目を開ける。眩しい。病室は暗いが機械の灯りがそうさせる。

 ふと左手に温かな感触を感じる。

 目が慣れてきた。感触を確かめる。左側を向く。

 そこには私の手を握りしめた局長が眠っていた。

「局長……、あれ、私は……?」

 手を握る。感がある、握り返される。

 ばっと局長が顔を上げる。

「遥!よかった……。」

 局長に抱きしめられる。少し痛い位だが、今はそれが心地よい。

「局長、発令所に詰めてなくていいのですか?」

「バカ。貴女本当に鈍いわね。貴女3日寝てたのよ?それに私以外にも貴女が心配で眠れない子も居るんだよ。あとで連れてくるね。」

 城1曹の事だろうか。確かにいきなり酷な状況にさせてしまったのかもしれない。

「局長、その……その後電波体バグは?」

「今の貴女の任務は機能回復と現職復帰です。現場は城1曹や対電波放送局に任せる様に。因みに出現無しです。」

 はい。と一言呟いた。

 時刻を確認する。明け方4時と言ったところか。

 局長はこの3日間ずっと傍で手を握ってくれていたのだろう。

「それじゃあ私発令所に帰るね。今回の事故、誰も悪くないけどもうあんな無茶しないでね?それじゃ。」

 局長には勝てないな。私は天井を見つめる。規則性のない天井。ふとネジの数を数え出す。途中でわからなくなる。

 ふぅとため息を漏らす。3日寝ていたのか。身体機能の回復に何日かかるだろう。現場に復帰できるのは何日後だろう。

 知らず知らずに焦ってしまう。

 サイドテーブルに目を移す。私の軍人手帳が置かれている。

 徐に手に取り、画面をつける。

 案の定、各方面から心配のLINEが届いていた。

 その中から城1曹のLINEを開く。

《餘目曹長江。何と送ればいいかわかりません。私の作戦行動時の判断ミスが招いた事故だと思っています。取り返しのつかない事をしたと思っています。玄月2尉からは不問にされましたが、納得できません。……とこんな事言っても仕方ありませんね。一刻も早く目が覚める事を祈っています。以上。城未来1曹》

 玄月2尉、兼坂砲雷長、鐘倉美空3曹からもLINEが来ている。

 ゆっくりとその全てに目を通す。返事は、今はいいだろう。

 軍事手帳をもどし、そっと目を閉じる。

 私は、何を見ていたんだろう。過去未来今時空の果て。

 懐かしい記憶を垣間見た。温かくも残酷な過去だった。

 失った仲間は決して少なくなかった。

 それでも得た物も大きかった。

 対電波放送局への配属で私は変え難い仲間を得た。

 それを守りたくて飛び出したのだ。

 後悔なんてしていないし、それで守れた。私も目を覚ますことができた。

 遍く全ての事象に感謝である。

 窓の外はまだ薄青色。そっと目を閉じる。私は意識を手放した。

 ――――――――――――――――――――

 少し煩い。声が聞こえる。聞いたことある声だ。

 そっと目を開ける。眩しい。この前と同じ感覚だ。

 そっと目を開ける。そこには私が待ち望んだ光景が広がっていた。

「あ、餘目曹長?よかった……よかった!」

 城1曹が抱きついてくる。痛い痛い。もう少し優しくして欲しい。それだけ感情が募っているのだろう。

 瞬間頭を音と感覚がよぎる。

 キィィィィイイイン!

 痛っ!と声を上げ2人は離れる。

 今のは何だ。城1曹に反応したのか?拒絶ではないだろう。何だ。

 城1曹も頭を、耳をおさえている。

「今のは一体……?」

「大丈夫ですか遥、城さん。何が?」

 わかりませんと答える。

 御園生局長、玄月2尉、兼坂砲雷長、鐘倉3曹も揃っていた。

 玄月2尉が深々と頭を下げる。

「餘目曹長。すまなかった。謝って許される事ではない。あの場の私の判断ミスが招いた事だ。局長にはいかなる処分も受けると話してある。」

 私は誰が悪いとは思っていない。様々な事象が巡り重なり、事故に至ったのだ。決して玄月2尉の判断ミスが招いた事ではない。

「玄月君、顛末書は書かせたけど、処罰については不問にするって言っても聞かないのよ。貴女に決めてもらうんだって。」

 そんなこと言われても、罰する事なんて望んでいない。

 だから私はこう答えた。

「玄月2尉、私は何も望みません。その頭脳で立案される作戦に全幅の信頼を置いています。これからも私達を導いてください。」

 ありがとうと玄月2尉はまた深々と礼をした。

 そういえば、気になる事がある。

「あの、発令所には誰が?全員こちらに来て大丈夫なのですか?」

「あぁそんな事ね。今朝方東海林副長が福岡工場から帰ってきたんです。2機目の人型装機リンネを持って。それに今は全館指揮権を委譲していますので問題ありませんよ。」

「帰られたんですね、副長。そうですかそれならよかった。」

 福岡工場で人型装機リンネ組み立ての指揮をしていた東海林副長が帰ってきた。それも実戦機を持って。

 これで作戦行動に更なる機転が効く様になる。

 私にとっても城1曹にとっても、戦術作戦課にとっても喜ばしい事だ。

 流石に病み上がり。少しの事で疲れてしまう。

 ベッドに背を預ける。

「それじゃあみんな帰りましょうか。いつまでも居ても迷惑だからね。じゃあね遥。またくるね。」

 また、といいみんな病室を後にする。

 ふと窓際を見る。誰かが持ってきてくれたのだろう、花がある。……鉢植えごと。これは許せない、入院患者に鉢植えはNGだろう。それから果物か。まぁよくあるやつだ。多分私はしばらく固形物ダメだろうが。

 ありがとうみんな。

 私はみんなに支えられて今を生きている。

 あの時見たハルカカナタの夢が今に繋がっている。

 あの時の局長の言葉が今日まで私を突き動かしている。

 だからあの時秋葉原で消えそうな命に「生きろ」と言えたのだ。

 夢を見てまた誓った。

 《私は決して命を諦めない》と。

 ――――――――――――――――――――

 絶体絶命の窮地から蘇った曹長餘目遥。

 それでも、己が責任に押し潰される者がいた。

 その子は名前は城未来。

 周囲の優しさもその全てを受けきれない。

 そんな彼女を再び奮い立たせる為、1人の少女が立ち上がる。

 次回、『   』《クウハク》

 私達は、また繋がりを求めた。



 

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