閑話休題:夏休み
秘密基地。子供の憧れ。
対電波放送局、錦糸町発令所。
彼女達の秘密基地。今日は御園生局長主催の女子会。
秘密基地に集まった4人の局員。
城1曹がこうこぼしていた。
「学校はみんな夏休み、でも私たちは即時待機。夏休みが欲しい。」
それを局長は聞き逃さなかった。
女子が増えた、喜ばしい事実。
長らく開催していなかった女子会をしよう。そう決意した。
しばらく経ったある日、地下基地館内へ放送が響き渡る。
「えー、餘目遥曹長、城未来1曹、鐘倉美空3曹、以上3名は現在の職務を引き継ぎ速やかに局長室へ出頭すること。可及的速やかに。以上。」
局員全員が戦慄した。局長からの呼び出しはもとより、なにより全員フルネームで呼び出されたのだ。さらには現在の職務を引き継いだ上可及的速やかに、発令所ではなく局長室へ。
格納庫のベンチに腰掛けていた私たちは戦慄いた。
「餘目曹長、私たち出撃でやらかしたんでしょうか……?」
「わ……わからない、本当にわからない。」
そこに駆け足で鐘倉さんがやってくる。
「あ、あの、私なにかやっちゃったんでしょうか……?」
私と餘目曹長は2人してこう答えた。
「「私たちもわからない。」」
上官命令、それも局長命令である。3人は現在の仕事を引き継ぎ駆け足で局長室へと向かった。
何かわからないけどまずい。急がなくては。
無機質な通路に靴音を響かせ局長室へと急いだ。
そうしてたどり着いた局長室。
階級的に餘目曹長が局長室をノックする。
「はいりなさい。」
声が聞こえた。冷や汗が止まらない。
ドアを開け、局長室へと入る。
御園生局長は椅子に座りこちらに背を向け壁を向き座っていた。
「あ、餘目遥曹長、城未来1曹、鐘倉美空3曹、命令に従い出頭しました。」
くるりと椅子を回し局長がこちらを向いた。
両手を口の前で組む。にやりとした口元がのぞいていた。
怖い。いつもと雰囲気が違う。
そこでようやく局長が口を開いた。
「3人とも、何か忘れていませんか?とても大切な事です。よく考える様に。」
だめだわからない。報告書は溜めず逐一提出している。
鐘倉さんも滞りなく訓練機を整備している。
青い顔をした餘目曹長が口を開く。
「も、申し訳ありません。なにも思い当たる事がありません。」
バンっ!と机を叩き局長は立ち上がる。
「夏休みですよ、夏休み。女子会をしましょう!城1曹、鐘倉3曹の歓迎会を兼ねて女子会をしましょう!」
どっと汗が噴き出した。緊張が解ける。
「じょ、女子会でありますか?」
「そうです。学生の2人は対電波放送局に詰めてもらっているので学生としての夏休みが満喫できないでいます。なのでここは私、御園生詩葉が一肌脱ごうじゃないですか。」
驚いた。確かに私は夏休みが無いことを嘆いた。
聞かれていたのか。恥ずかしい。でも学生である以上夏休みは欲しいと思っていた。(局員でもあるのだが)
「流石に局長と整備士と、2人しかいない
そうと決まればすることは決まっている。
局長室から全館放送を入れる。
「あー、玄月2尉、これより我々女子4名は、オリナス錦糸町カスミへ買い出しに行ってきます。留守をよろしく。それから兼坂砲雷長。速やかに格納庫でBBQの準備をする事。それにスイーツ作っておいてください。局長命令で最優先事項とします。以上。」
職権濫用である。局長ともあろう人が、まさかの行為に驚きを隠せない。
「さぁ行きましょう。制服では楽しくないですね。城さん、鐘倉さんは一度寮へ戻り私服へ着替えて理事長室に集合しましょう。遥は自室で着替えた後、私と理事長室へ行きましょう。じゃあ解散。」
はい!と声をあげ城さんと鐘倉さんは急足で女子寮へと向かった。
私はというと、遥を連れ錦糸町基地内にある局員居住区へ向かっていた。
私は局長という立場でありながら、可能な限り一般局員と同じ処遇を望んでいる。その為専用ではなく一般局員の居住区へ住んでいる。遥と2人同室である。
「そんな固くならないの。別に
「は……。しかし私にはその様な事。」
「だからこそです。貴女に足りない物ですよ?」
言葉を遮り私はそう言った。
居住区へ足を踏み入れる。そうして部屋にたどり着く。
私は制服を脱ぎ、ブラウスにミニスカート黒のトレンカにサンダルを履き準備する。
遥はというと、まぁそうだろうなと思った。
リクルートスーツである。
「遥、貴女私服って言ったでしょ?」
これが落ち着くんですと話す。
こうなったら梃子でも動かない。パイロットスーツじゃないだけマシか。
「今度オリナスで可愛い服買いましょう。買ってあげます。着ましょうね。」
「それだけはご勘弁ください。本当似合いませんので。」
私は絶対に買ってやる、そう決めたんだ。
渋々ではあるがリクルートスーツで許そう。
私たちは部屋を後にし都立錦糸中央高等学校へと向かった。
東京メトロ半蔵門線、その駅の扉に続いている。
関係者以外立入禁止。軍人手帳でのセキュリティで守られたドア。
そのドアから顔を出す。通勤通学する人で通路は一杯だった。
「うーん直接理事長室に上がりましょうか。」
本当は少し遥と歩きたかった。が仕方ない。
ドアを後にし、局長室へと向かう。
局長室から中央高校理事長室へは直通エレベーターがある。
遥は軍属として従順忠実である。それはもちろん私だけでなく、上官全てに対して。それが彼女の長所であり短所でもある。
途中発令所を通る。ドア越しでも発令所から叫び声が聞こえた。
遥と私は気になりそのドアを開ける。
「差せ!差し込め!!」
「いや逃げろ!逃げ切るんだ!!」
発令所の大型メインモニターでは女の子が芝生の上を全力で走っていた。
「玄月2尉、兼坂砲雷長?何をしているんですか?」
だれもここに局長が来ると予想しなかったのだろう。
その声を聞いた局員が飛び上がり敬礼をする。対電波放送局独自の敬礼。
左腕を折りたたみ、手を開き胸に当てる。その胸に宿る《魂魄を賭す》をあらわす敬礼である。
おろしなさいと私は呟く。
局員たちは慌てふためいている。
当事者と思われる二人を問い詰める。
「いったい何をしていたんですか?大層盛り上がっていたみたいですが。」
玄月2尉がそっと口を開く。
「局長は《ウマ娘》ご存じですか?存在した名馬の名を借りる少女を育成しレースに勝つ。そんなゲームです。」
続けて兼坂砲雷長。
「大画面でやったら迫力凄いんだろうなと思いまして。軍人手帳をモニターに接続しプレイしていたのです。」
発令所もとい軍の施設の私的利用である。当然お叱りを受ける……はずだったが、今日の局長は違った。
「緊急時速やかに戦闘態勢に移行できる状態を常に準備しなさい。本日は私にも大切な用があります。それに局員にも休息は必要です。仕事をおろそかにしない範囲で楽しみなさい。それとさっき最優先事項といった事忘れないように。」
局員大歓喜である。が玄月2尉と兼坂砲雷長は大慌てである。
今日位はいいでしょう。大目に見ましょう。
私たちは発令所を後にした。
歩く、さらに歩く。
ようやく局長室へ到着する。
「失礼します!」
遥が大声でそう言うからびっくりした。
「別に今日はいいのよ。普通にしてて。」
そうはいきませんと、遥は局長室で直立不動だ。
「はいはい、わかりましたよ。ほら乗ってください。」
そういい局長室最奥の扉を開ける。人3人が乗れるサイズのエレベーターだ。
私たちは中に入り釦を押し、扉を閉める。
ゆっくりとエレベーターは上昇していく。
ほどなくして理事長室へとたどり着く。
お掛けなさい。そう遥を誘導する。
理事長室のソファに二人して腰掛ける。
「あなた朝霞駐屯地時代と比べて少し変わったわよね?」
「そう、でしょうか。自分には何も。」
部下を持って変わった。より命への執着が強くなっている。
それに気づくのはもう少し後かもしれない。
いまはまだいいでしょう。
10分くらい待っただろうか。理事長室をノックされた。
「どうぞ。」
そう答えると、失礼しますと城さんと鐘倉さんが入ってきた。
うんかわいい。2人ともしっかり私服だ。
ロングスカートにオーバーオール。遥も見習ってほしい。
「じゃあカスミへ行きましょうか。出発です。」
理事長室を出る。校長室、職員室、エントランス。
そうして校舎を出る。旧錦糸公園の桜はすでに散っている。
4人で旧錦糸公園の歩道を歩く。
オリナス前の信号でしばし休憩。
「やっぱ楽しいわね。女子4人で買い物。そうだ少しゲームしていかない?タイトーステーションがあったはずよね。」
信号が青に変わる。オリナス正面入り口、ではなくその横エスカレーターを下っていく。
下った先にはゲームセンターがある。
「さ、プリクラ取りましょう。入って入って!」
嫌がる遥を押し込んでいく。城さんと鐘倉さんはまぁまぁ乗ってくれている。
お金を入れる。機械がポーズを選んでくれる。それに従い写真を撮る。
「遥固い!もっと笑って!」
「餘目曹長、諦めたほうがいいですよ、この場は楽しまなくちゃ。」
「えっへへ、プリクラ何年ぶりかなぁ。」
パシャリ、パシャリと数枚撮影する。
「さ、落書きですよ~、あ!ほら遥笑ってない!猫みたいにしてやる!」
スタンプを押し遥の顔にひげを描く。
「ほんと勘弁してください。自分には合いませんから……。」
狭い落書きブースに4人の女子。
はたから見れば年も若い。遊びに来たお友達に見えるだろう。
「ほら城さん、こんなにかいちゃいますよ~。」
「ちょっと!やめなさいよ!恥ずかしい!」
そうして落書きが終わり印刷されてきたプリクラを4人で分ける。
鐘倉さんは生徒手帳に貼っていた。
残りの3人はどうするか考えている。まぁあとでいいか。
プリクラが終わり、別のゲームへと移動する。
湾岸ミッドナイト。車の運転ゲームだ。
「これで勝負しましょう!」
4人はそれぞれの椅子に座りお金を入れる。
例えゲームとはいえもちろん車の運転なんて初めてだ。
ゲームが始まる。かなり白熱する。ドリフトなんかもあるらしい。
さすが操縦科生徒、城さんと現職遥が1着2着であった。
「やっぱみんなでゲームは息抜きになるわね~。次来るときは景品とか取りましょう!さてカスミに行きますか。」
ゲームセンターを後にする。地下駐車場を通りカスミ フードスクエア オリナス錦糸町店へ到着する。
かごをカートに乗せ、店内へ入っていく。
「値段は気にしなくていいわ。局持ちで出します。必要経費です。いいもの食べましょう!」
ここまでくるといよいよ暴走しかかっている。女子会は必要経費。かつ局の経費で落とすらしい。
青果コーナー。目に映るフルーツをかごに入れる。苺、林檎、パインアップル。
BBQに必要な野菜。トウモロコシ、葱、ピーマン等、目についたものからかごに放り込む。
主役のお肉も大切だ。
「遥、一番いいやつとってきて、でかいステーキみたいなのとか。」
「了解しました。」
そういうと遥は牛ロースステーキ。パックからはちきれんばかりの肉を人数分取ってくる。
「わかってるじゃない遥、ナイス!」
他にも串焼き用の細かい鶏肉などを買い足す。
「スイーツは料理大好き兼坂砲雷長に任せてあるので大丈夫でしょう。」
彼も不憫である。大急ぎでBBQのセッティング。その上、女子会用のスイーツの作成。
彼はきっと驚くことだろう。局員食堂の調理場、その冷蔵庫の中にはスイーツづくりに必要な生クリームやフルーツがあらかじめ用意されている。そう局長が事前に昨日買い込んだのだ。
「さてあとは、飲み物ね。好きなの取りなさい。どうせなら2Lのペットボトルにしましょう。みんなでシェアするの。」
炭酸に、紅茶。コーヒー。次々とかごに入れる。
ショッピングカートは上下段ともにかごはいっぱいである。
そうして会計。ゆうに1万円越えである。
私は、局用のクレジットカードを使い会計を済ませる。
その間3人はそれぞれレジ袋に食材を詰め込んでいく。
「4袋に分けていいよ~。」
そう声を変えけたが遥から
「局長に持たせるなんて出来ません。」
と返されてしまった。これも含めて女子会なんである。
私も持つといい、4袋に分ける。
私たちは重たい荷物を持ちながら帰路につく。
さすがに4人じゃ理事長室のエレベーターは無理だ。がそれでも乗れるエレベーターがある。
学校に帰り、一般用のエレベーターに乗る。私は鍵穴に鍵を差し込みまわす。押せないようになっているボタンが光る。
それは地下基地行き。ゆっくりと下がっていく。
「このエレベーター繋がってたのね……。」
「いつも気にしてましたがまさかこんなことになってるなんておもいませんよね~。」
「普段は使わないだろうからな、知らないのも無理はないだろう。」
「まぁ、幹部クラスじゃないと鍵持ってないからね。」
地下基地内へ到着する。
荷物を持って格納庫へと向かう。
途中何度も局員に荷物を持ちますと話しかけられたが、やんわり断る。
これも女子会なんです。
格納庫へ到着すると、そこでは玄月2尉がBBQ用のコンロで火を起こしていた。
「空調全開!火災警報鳴らすなよ!」
「了解、空調全開。いっそ火災警報切りますか?」
うーんいい感じの非日常。こんな日があってもいいね。
こちらに気づいた玄月2尉が近づいてくる。
「あの、局長。なぜBBQ用コンロが格納庫にあったのでしょうか。」
ああそんなことか。
「私が買っといたのよ。アマゾンで。流石に基地に配送する訳にいかないから、理事長室からここまで運んだのよ。きつかったわ。」
女子会には一切妥協しない。それが私。
局員総出で女子会の準備を行っていた。
それはそうだ、あんな放送入って上官の玄月2尉や兼坂砲雷長をほっておける士官はいないだろう。
厨房では補給課、衛生課みんなでスイーツづくり。
買ってきた荷物を下ろす。
「さぁ!女子会を始めましょう!」
アツアツに熱された網の上に野菜や肉を並べていく。
頃合いを見てトングでひっくり返す。
食堂から持ってきた焼き肉のたれをつけて食す。
「ん~~~、おいしい~~。やっぱこれよね~。」
女子会最高。さぁ、皆も食べてと促す。
今日は無礼講である。出来れば身分も忘れて楽しんでほしい。
普段は体中べとべとのオイルまみれになりながら、整備を頑張る鐘倉さん。
2人しかいない
男性ばかりの職場でやりにくいこともあっただろう。
そんな労を労って今日は存分に楽しんでほしい。
うーん女子会とは言ったけど、みんなが頑張ってくれている。みんなで楽しまなくちゃ。
「さぁ、調理場から食材を持って来なさい。皆で楽しみましょう。今日はトロイメライパーティです!交代で見張りを厳となせ。それ以外は楽しみなさい!」
格納庫は煙が充満している。換気扇も全開である。
局員はみな、コンロに向かい肉を焼き始める。
「あー、一応勤務中にはなるのでお酒は禁止ですからね。ほらそこ、なんでチャミスルなんてあるのよ禁止!」
あー楽しいな。久しく忘れていた。この感じ。作戦行動に押しつぶされる日々。そんな日々を蹴散らして、今のこの女子会が楽しくて仕方ない。
願わくばこんな日常が続きます様に。
そんな隙間にあった輝かしい一瞬の思い出。
興が乗り、自然と局員同士が肩を組む。
そうして局員達は皆一様に歌い始める。
「「「かたい絆に想いをよせて〜♪」」」
左右に揺れながら歌い続ける。
局員の年代とは違うと思う。名曲ではあると思うが。
長渕剛の乾杯である。確かにそんな雰囲気ではあるが、なぜこのチョイスで、みんな歌えるの。
そんなことは置いといて私達も肩を組み歌い始める。
「「「君に幸せあれ〜♪」」」
指笛が鳴り響く。ボルテージは最高潮だ。
男子禁制で始まった女子会も終わりを告げる。
最後に、手の空いた局員全員で写真を撮った。
格納庫にあった2機の
もちろん局長命令での遊びである。
中央には女子4人。そう今回の主役。
局長が用意した夏休み。私たちは煌めいた。
――――――――――――――――――――
新兵器の運用が本格的に始まる。
私たちはより効率的に
そんなある日、対電波放送局に悲劇が襲い掛かる。
次回、《ハルカカナタ》
私はまた、奴らに憎悪した。
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