第70話 強襲列車

 

「お待たせ! みんなに説明してきたよ」

「ありがとう、ジンくん」

 

 出発時間ギリギリに飛び乗ってきたジンを座席に迎え、いよいよ護送列車が走り出した。

 列車は八両編成。

 最後尾から一つ前の装甲車両は豪勢な装飾とソファー、冷凍庫にテーブル、椅子、カーテンまでついていかにも王族専用車両となっている。

 そこにお邪魔させてもらうリョウたちは、リグにべったりのレオスフィードが改めて王子なのだと思い知った。

 

「……この列車、前の車両にハロルド・エルセイドも乗っているんですよね……」

「ああ。向こうは監獄仕様だけどな。見てきたけどすごかったぞ」

「うんうん。同じくらいの広さだけど、【機雷国シドレス】の技術で蟻一匹通れない感じ。ハロルドも薬で眠らされてるんだって」

「わ、わぁ……」

 

 ハロルドも乗っている、というのは少し怖いが、実際何両目にいるのかはわからない。

 前の方、ということだけ。

 外見からはすべて同じに見える。

 

「王都って近いの?」

「うん、だいたい一時間半くらいかな。町の中はゆっくり走るけど、西門からしばらくすると加速していくんだ」

「蒸気機関車みたいだけど、蒸気は出ないんだね?」

「この車両自体が召喚魔なんだよ」

「「えっ」」

 

 レイオンが教えてくれた事実に、驚いて部屋の中を見回してしまうリョウジン

 この列車そのものが――召喚魔。

 これほどのものを【機雷国シドレス】から召喚するには、相当にコストがかかるだろうに。

 

「トンネルだ」

「うん。町を出るまでは地下で、町の外に出ると地上の線路を走るから――警戒するならそこからかな」

 

 窓の外が地下空間。

 ゆっくり加速していく列車はとても静か。

 振動も感じないし、すごいな、と感心してしまう。

 

「不用心だと思わなかったのか? 警備が甘すぎるぞ」

「「「え」」」

 

 自動扉が開き、返り血を頬につけた全身白いマントに覆われた男が入ってくる。

 口元を覆う布を外し、フードを取った。

 金の髪がはらりと落ちる。

 

「んな――! シ、シド・エルセイド!?」

「ひ、ひいいぃ!?」

「なんでお前がここに!?」

 

 レオスフィードの従者が、王子を守ることなく前のめりになって腰を抜かす。

 突然後ろの車両の方から現れたのは、シド・エルセイド。

 すでになにかしらの戦闘を終えてきたように拳についた血を払う。

 リョウとレオスフィードの前にフィリックスとノインが立つと、目を細める。

 

「使い物になりそうなのは三人だけか」

「質問に答えろ。どうしてお前がここにいる?」

「昨日『聖者の粛清』と『赤い靴跡』の王都支部のやつらが接触してきた」

「は!?」

 

 見下ろす瞳の冷たさに、フィリックスが生唾を飲み込む。

 威圧感。

 殺気が溢れて空気が震える。

 

「双方目的はハロルドの奪還。そして、余裕があれば[異界の愛し子]と[聖杯]の奪取」

「っ!」

「まったく呆れて言葉も出ない。腐っている腐っているとは思っていたが、情報規制もまともにできないのか、お前らは。間抜けどもめ、裏の世界に筒抜けだ。――来るぞ」

「なに!?」

 

 前方車両への扉がバキ、バキっと不穏な音を立て始める。

 この車両の前方にはすべて鍵がかけられており、認証用のカードキーがなければ入れない。

 無理矢理入ってこようとしているのか。

 すぐにレイオンが剣を抜いて前方車両の扉に向ける。

 

「猿の騎士、お前は左。ガキの剣聖は右を見ておけ」

「「は?」」

 

 フードを被り、口元を布でまた覆うシドの指示に不満そうな声を漏らすフィリックスとノイン。

 二人に指示を出し、シドはリグとリョウに手を伸ばす。

 それを阻むように、ジンリョウたちの座席とシドの間に立つ。

 

「あなたに助けられなくても、二人ともオレたちが守ります!」

「……ふーん、デカい口叩くようになったじゃねぇの」

「ちょ!」

 

 突如ガシャーンと大きな音を立てて窓ガラスが左右から割れる。

 入ってきたのは特殊工作員のようなフル装備とフルヘルメットの男たち数人。

 マシンガンのような銃を向け、引き金を引く。

 狙いはフィリックスとノイン、そしてシド。

 

「伏せて動くな」

 

 シドが魔双剣を抜く。

 だが、それ以前に銃弾はリョウたちの方に届かない。

 撃った直後にすべて宙で停止し、その場で落下する。

 驚いたのは銃を撃った者たちだろう。

 

「なに!?」

「お疲れ」

「ぐああああっ!」

 

 レイオンとシドが、瞬く間にフィリックスとノインが気絶させた男たちを窓の外へと放り出す。

 列車は町から出て、荒野を走り始めていた。

 割れた窓から風が勢いよく入ってくる。

 

「……こりゃハロルド・エルセイドは奪還されたと見て間違いねぇな」

 

 レイオンが最後の一人を窓の外に叩き出して剣を鞘に収めながら舌打ちする。

 まさか出発して早々にこんなことになるとは。

 

「もう少し強くてもよかったか?」

「そうだな。侵入させないレベルの結界でもよかったかもな」

「では張り直そう」

「銃弾が届かなかったのってリグさんの結界ですか!?」

「移動する車両に張るので、カーベルトに張ったものよりも弱い結界になったのだが……多少は役に立っただろう」

「そ、それはもう」

 

 さすがにあの弾丸を全部浴びていたら死人が出ていた。

 ジンも悔しそうに唇を噛む。

 本当に『大口を叩いた』だけになってしまった。

 

「そうだ、シド」

 

 結界を張り直したリグが、座席から立ち上がる。

 そうしてコートから先程買った金平糖の袋をシドに手渡す。

 

「なんだ? ……本当になんだ?」

「町で買った」

「は? ……あ、ああ、そうか」

 

 このタイミングで渡すのか、と少し驚いたが、マイペースなリグらしい。

 シドも本気の困惑を見せたが、すぐにリグが初めて買い物をしたのだと悟って微笑んだ。

 口元は布で覆われているが、あの柔らかな眼差しは絶対に間違いなく微笑んでいる。

 その微笑みに胸が未だかつてないほどに軋む。

 

(ず、ずるい……)

 

 おあげとおかきが左右から双子が尊すぎて苦しむリョウを心配してくれる。

 だが、無用な心配だ。

 こんなに苦しいのに、なぜかとても幸せなのだ。

 ずっと眺めていたいほどに素晴らしい光景だと思う。

 

「シドがこれを好きかはわからない」

「あとで食べてから感想言うわ」

「ほのぼのしてるところ悪いんだが、奴さんたちはハロルド・エルセイドを奪還したあとどうするつもりなのかはわかるか?」

 

 本当に震えるほど尊いやり取りだったが、レイオンが剣の柄に手を置いたまま振り返る。

 そうだった、それどころではないのだった。

 シドがすぐにリグから受け取った金平糖を青い柄の収納宝具にしまい、レイオンの方を見る。

 

「なにってまあ、この列車の行き先は王都だろう?」

「王都だな。……おい、まさかカチコミするとか言わねえよな?」

「そうか? 俺がハロルド・エルセイドなら、この機会は逃さないと思うぜ。まあ、野郎の契約魔石は全部俺が持っているから、暴れたいなら俺から取り戻さなきゃならないけれど」

「っ、そうか……たとえ仲間が持ってきた装備でも十全ではないってことか……。シド、奴の専属契約召喚魔の契約魔石も持ってるってことでいいのか?」

「ああ、持ってる」

「マジか!」

 

 最高じゃねえか、と嬉しそうにするレイオン。

 ハロルド・エルセイドの専属契約召喚魔の契約魔石まで、シドは手中に収めていた。

 それならば二十年前のような“最悪”は回避できる。

 

「だが、それならやつらはシドから契約魔石を取り戻そうとこの車両を襲ってくるんじゃないか?」

「ま、リグを狙うって情報は俺を誘き寄せるためのものだろうからそりゃあ当然来るだろうさ」

「わかってて来ちゃったの!?」

「案の定お前らに任せておいたら奪われていただろうからな」

 

 リグと、リョウを。

 そこにレオスフィード王子が含まれていないのが、なんともシドらしいが。

 しかしその嫌味にジンが剣を抜く。

 

「守りますよ!」

「相棒もまだいないくせにデカい口ばかり叩くなよ」

「それは……!」

「待て。扉が静かになった」

 

 フィリックスがジンを制止し、先程まで殴られていたような音を立てていた前方の扉を見る。

 窓ガラスから侵入してきた者たちが列車から叩き出され、前方からの突入を諦めたのだろうか。

 

「リグさんの結界って前方の扉にも適応されてる感じっスか?」

「いや。結界の類は【機雷国シドレス】のものには適応しづらい。魔力を通し難いから」

「そ、そういうもんっスか」

「カードキーを取りに行ったんだろう。……そういえば車両の真ん中あたりにユオグレイブの町長と召喚警騎士団の署長も乗っているんだったか?」

「ヤッベェ! あの二人なら我が身可愛さに簡単にマスターカードキー渡すぞ!?」

「ど、どうします、先輩!? 助けに行きますか!?」

「言いたいことはわかるけど助けに行くに決まってるんだよスフレ」

「ぐうっ……さすがフィリックス先輩……」

 

 助けに行かない選択をするつもりだったのか、スフレ。

 確かにスフレは貴族への恨みが深いけれども。

 

「……シド、お前はここにいるんだろう?」

「あ? まあ、前方に用はねぇな」

「わかった。じゃあここでレオスフィード様のことも含めて、全員を守ってくれ。レイオンさん、申し訳ないがノインを借りて行ってもいいだろうか」

「ノイン、行けるか?」

「もちろん! だけど――シドにこの場を任せるの!?」

 

 仮にもA級広域指名手配犯。

 そんな男に、護衛対象たちを任せると言い出したのだ、この騎士は。

 ノインとてシドの実力は知っている。

 この場の――いや、この列車の全員が束になってもおそらく勝てない。

 リグに対する情は今見た通り。

 罠とわかっていても飛び込んでくる程度には、弟がめちゃくちゃ可愛いのに間違いない。

 しかしそれでも、やはりまだこの男は広域指名手配犯。

 犯罪者だ。

 

「レイオンさんもいるし大丈夫だよ。スフレ、お前も待っていていいぞ」

「い、いや、行くっスよ!」

「わかった。じゃあ俺たち三人で前方を確認してきます。レイオンさん、ここはよろしくお願いします」

「ああ、気をつけろよ」

「ジンくんもね」

「っ! は、はい!」

 

 誰かに頼られたい、と言っていたジンに、フィリックスは声をかけていく。

 前方の扉をキィルーと憑依状態で開けてみる。

 

「誰もいない」

「おい」

「なんだ?」

 

 先程は確かに扉を叩く者たちがいたはずだ。

 それがいなくなっている。

 不審に思っていると、シドがフィリックスを呼び止めた。

 

「一人上から行け」

「上?」

「車両の屋根だ」

「……そうか! それならリグさん、アレ貸して!」

「あれ? ああ、あれか」

 

 と言って、収納宝具から小さな水晶の指輪を取り出した。

 それを指にはめるとするん、もノインの指にはまる。

 

「消音水晶か!」

「ボク上から行くね!」

「わかった、車両はおれが横断する!」

「自分ついていくっス!」

 

 フィリックスたちが車両から出ていく。

 残ったのは窓ガラスの破られたリョウたちの車両のみ。

 

「楽しい列車旅行になりそうだな」

「まったくだ」

 

 シドの嫌味に頭をかきながらレイオンが答える。

 王都到着まで、あと一時間。

 

 

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