第69話 お礼

 

 二日後。

 リョウたちは迎えにきた護送列車に向かう路線電車に乗っていた。

 町の中心部から地下を通って町の外に出るらしく、リョウは初めての路線電車、初めての貴族街だ。

 

「貴族街には徒歩で入るから、そろそろ降りるよ」

「は、はい」

 

 同行してくれるのはレイオンとノイン、ジンとフィリックスとスフレ。

 ミルアとオリーブはまだ仕事を覚えていない貴族もいるのでお留守番。

 巨大な壁に電子扉が収まっており、生体データを作成されて貴族街に進む。

 

(確かにこれはシドでも入れなさそう)

 

 だからこそ、ジンを追い回していた彼女たちに『貴族街でダロアログを捜せ』と発破をかけたのだろう。

 そういえば、そのダロアログが死んだ今、彼女たちはなにをしているのだろう。

 大人しく召喚魔法師学校に通っているとも思えないのだが、リョウと一緒にいるジンは彼女らのことを知っているとも思えない。

 ノインもフィリックスも同じく知らないだろう。

 

「他の召喚者たちに会えないかな? リグの魔力が回復したら帰れるよって伝えておけたらいいと思うんだけど」

「ああ、そうだね。それじゃあオレ、学校の方に寄って伝えてくるよ。集合場所教えてください」

「駅に十二時発だ。王都からかなり護衛が来ていると思うから、すぐわかるよ」

「わかりました」

 

 扉を潜って貴族街に入ってすぐ、ジンが駆け出していく。

 今は午前十時。

 二時間時間がある。

 

「私、貴族街も初めて。すごく綺麗だね。建物も近未来的というか……市民街と全然違う」

「貴族街は清掃ロボが歩き回ってるからゴミも落ちてないよね」

「時間もあるし、リグとレオスフィード殿下に買い物の仕方を教えておくか」

「「!」」

 

 わあ、と嬉しそうなレオスフィード。

 リグも興味津々な様子でレイオンを見上げた。

 今だにダロアログと年齢体格が近いレイオンを見ると、緊張はしてしまうようだ。

 それでも初めて会った時よりはだいぶいい。

 

「ケーキでも買いに行くか。アスカも新作を食べたがっていたしな」

「英雄アスカはカレーやラーメンが好きなのではないのか?」

「カレーやラーメンも、好きですよ。フィリックスたちはどうする?」

「おれは警備を確認したいんだけど……レイオンさん、護衛対象を連れ回さないでくれませんか」

「わはは! すぐ戻るって!」

 

 ああ、いけないことをしているんだな。

 困り果てたフィリックスがスフレに「警備はおれの方でチェックしておくから、殿下たちを頼む」と依頼して同行させる。

 自由騎士団フリーナイツの剣聖師弟が一緒なら、さすがにトラブルには巻き込まれないだろうとフィリックスは思っているのかもしれない。

 が、堂々と護衛することが許された今、王都から来た召喚警騎士が十名ほど、レオスフィードの周りを固める。

 それに頬を膨らませるレオスフィード。

 

「こちらのお菓子屋さんがユオグレイブの町の貴族街で流行っている店っスよ」

「おわ! ケーキ以外にも色々なお菓子があるな」

「うっす。今の流行の最先端といえばやっぱり栗っスね。最近食べ方がわかったんで、今はどこもこれを使った新商品がバカスカ売り出されてるっス。王都には届いてないかもしれないっスね」

「本当? 母様に買っていってあげようかな」

「わあ、栗クッキーだって。本当に流行ってるんだ……」

「それもこれもリョウさんが食べ方を冒険者協会に教えてくれたおかげっスよ。栗が採れるのは国内で『甘露の森』だけなんで、ユオグレイブの新しい特産品になるって言われてるんっス」

「そ、そんなことになってるんですか!?」

 

 リョウが知らないうちに、栗の名産地になっていたらしい。

 ほんのりと甘い、独特な栗の匂いが店内に充満しているのもそのせいだという。

 確かに、必ず通常品の隣に栗が混ぜたものが陳列している。

 

「他の果実ももちろん引き続き名産品にはなりますけどね。やっぱ栗の食べ方がわかったのはでっかいってスよ」

「そ、そうなんですか……」

「ついでに帰ってきたら『甘露の森』でまだ食べ方のわからないパイナプーの食べ方とかも教えてもらえると嬉しいっス」

「パイナプー? ……パイナップルでしょうか?」

「あ、やっぱり食べ方知ってるんスね!」

「現物を見ないことには、はっきりとは……」

 

 しかし名前からしてパイナップルっぽい。

 まさかパイナップルの食べ方も知られていないのか。

 だとしたらなんてもったいない。

 

「リグはなにを買うんだ?」

「必要性がわからない」

「シ、シドに贈るものを想像してみたらどうかな? シドもあまりこういうものは食べる機会がないんじゃない?」

「…………」

 

 リョウが助言すると、金平糖とクッキーを選んで持ってきた。

 レイオンとノインに硬貨の説明を受けながら、手渡された硬貨で選んだ商品をレジに持って行ってお金を支払う。

 初めての買い物を終えるとお釣りをノインに返す。

 

「どうだ? 初めての買い物は」

「結構簡単だったでしょ?」

「ああ。けれどお金というのは仕事で稼ぐものなのだろう?」

「お前さんならどんな職業でも選び放題さ。王都に行って苗字を得られたら、色々見学して仕事を決めるといい」

「……」

 

 リグがそういうのを一番苦手なのをわかっていて、あえて言うレイオン。

 おかげでリグはわかりやすく困り果てている。

 

「リグは僕の家庭教師でいてくれればいいっ。お給料ちゃんと払うから! ね!」

「は、はい。苗字を与えられましたら正式に依頼されるかと思います。その後王宮の方で資格なども取得されれば、王宮召喚魔法師にもなれる実力をお持ちですよ」

「うん!」

 

 レオスフィードは己の欲望のままにリグにしがみついているが、従者の方は明らかにリグを王宮の中に引き込もうとしている。

 リグの“所有者”が国になれば、おそらく王家ではなく貴族たちがその才能と能力を貪るようになるだろう。

 ノインとレイオンは顔を見合わせる。

 

「そういえば今回はウォレスティー王に、自由騎士団フリーナイツに召喚魔法師部門を作るつもりだと相談する予定なんだ。無論他の二ヵ国にも許可はもらうつもりだが、ユオグレイブの町長の件は考えてもらわねばならん。王ならばな。――リグにはぜひ自由騎士団フリーナイツ初の召喚魔法師になってもらいたいもんだな」

「うっ……そ、それは……」

 

 レイオンは町長に“決闘”を申し込むと言っていた。

 今回レイオンが同行するのは、ことの顛末の説明の他に町長の様々な悪事の証拠がボロボロ出てきたためだ。

 町の召喚警騎士団の有り様もひどい。

 ハロルドを捕らえたのは署長の指揮によるものだと手柄は横取りされているが、フィリックスを連れていくのは捕らえた本人の功績を王に直接報告して認めさせる意味もある。

 自由騎士団フリーナイツに召喚魔法師部門を作る話は、各国にとって非常に厄介なもの。

 これまでは確実に「内政干渉になる」等の逃げ道があったが、町長の件は王家にとってもフォローしきれないものがある。

 町長の首一つで賄おうにも署長の件、ユオグレイブの貴族たちの仕事放棄の件は目に余るのだ。

 このままでは間違いなく、第二のハロルド・エルセイドが生まれることだろう。

 それをさせないために、平民の召喚警騎士や召喚魔法師の待遇を改善させる。

 その約束を王に直談判させる必要があった。

 そして、もしもそれを王が呑まないのであれば――自由騎士団フリーナイツに召喚魔法師部門を作るのを認めさせる。

 リグという[異界の愛し子]の存在を自由騎士団フリーナイツに取り込むことができれば、世界中から平民の召喚魔法師が集まるだろう。

 それはもう、各国にとって迂闊に手の出せない組織に成長するということ。

 下手をすれば今ウォレスティー王国で囲っている英雄アスカも、自由騎士団フリーナイツに移籍しかねない。

 身を切るか、新たな勢力に潰されるか。

 それを迫るのだ。

 

「ま、もちろんリグの意思を尊重するけれどな。

 

 遠回りに『王宮は狡い手を使うだろうが、許さない』という牽制。

 たじたじになる従者。

 

「さ、戻るとするか」

「リョウ」

「はい?」

 

 お店を出ると、レオスフィードを取りつけたままのリグに呼び止められた。

 振り返ると、お店で買ったばかりのクッキーを手渡される。

 

「え?」

「今度は、ちゃんと自分でお金を稼いでみる。……助けてくれて、ありがとう」

「――っ」

 

 額を額にこつん、と合わせて小さな声でそう囁かれて、今までなにも思わなかったのに急にドッとなにかが溢れかえってきた。

 リグのことを知っている者にだけ、わかる程度の微笑。

 けれど、その威力は凄まじい。

 シドに憧れを抱く者同士。

 そして助けられ、助けられた者同士の繋がりからくる折り重なった想い。

 

「あ、う、うん。あ、ありがとう、こちらこそ」

 

 形容し難い気持ち。

 けれど、この日改めて思った。

 助けられたのだ。

 

 

 

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