第67話 王都への招集

 

「えっと、そういうことならぼくも王都に帰るのはやぶさかではない」

「おお! 殿下! ようやくその気になってくださったのですね!」

「リグを守るためなら、ぼくだってぼくにできることをするぞ。ぼくはリグに魔法を教えてほしいからな」

「で、殿下……魔法でしたら王宮の優秀な召喚魔法師がたくさんおります。彼にこだわる必要は――」

「王宮の召喚魔法師より、リグの方が絶対に優秀だ」

「しかし、それはぁ」

 

 実際ここ数日の授業では、魔法以外の教科もリグはレオスフィードに教えていた。

 歴史、数学、言語学、地理学、力学、その他時間が許せばなんでも。

 意外だったのはフィリックスもかなり近い知識を持ち、リグの授業にしっかりサポートという形でついていっていたこと。

 リョウは数学くらいしか役に立てなかった。

 異世界の勉学はなかなかに勝手が違う。

 それでも多少応用はできたので、一緒に教わった。

 

「いや、はい。それはもう認めます。それと、そちらの――騎士フィリックス・ジード。あなたもまさかこれほど高水準の知識をお持ちとは……」

「お褒めに預かり光栄です」

「正直王都の――王宮の召喚魔法師にも遅れを取らない知識量です。しかも幅広い。失礼ですが召喚魔法師学校では成績上位だったのでは?」

「フィリックスは在学中全学年で成績トップでしたよ! 卒業する時も首席でしたし!」

「え!」

 

 レオスフィードの従者に、ミルアがドヤ顔で自慢する。

 改めて聞くと本当にすごい人だ。

 ユオグレイブの町は王都の召喚魔法師学校と双璧をなす、国で一、二を争う大型学校。

 そこで全学年成績トップ。首席卒業は快挙に近いらしい。

 

「そんなに褒められてもなぁ……。やる気のない貴族しかいなかったし」

 

 らしいのだが、フィリックスのこの自己評価の低さ。

 やる気のない貴族の筆頭たるミルアが言うので余計な説得力がついてしまっている。

 

「そんな……なぜあなたのような優秀な人材が召喚警騎士団に……? 王宮勤めの話はなかったのですが?」

「なかったですね。まあ、おれは最初から召喚警騎士を目指していたので」

「それにしても階級が騎士爵六位というのは下すぎます! 復活したハロルド・エルセイドを捕らえたのは貴殿とお聞きしておりますし」

「いや、あれはおれ一人ではありません。……シド・エルセイドの気まぐれな手助けもありましたし」

 

 フィリックスたちとハロルドと戦った時に、リョウは側にいなかったけれど、あの時立ち去ったシドはフィリックスたちのとこほにガウバスと共に立ち寄ったらしい。

 本当に気まぐれのようにハロルドに苦無を投げて一瞬だけ足止めをしていった。

 別段、ハロルドになにか恨みつらみを吐くなどということもなく。

 

(ああ、あの人はそうだろうな……)

 

 と、思う。

 父親のせいで迫害されてきただろうに。

 父親のせいで弟を守るために人まで殺すことになっただろうに。

 直接なにかされたわけではなく、死人を恨むことなどせず。

 単純にフィリックスたちを気に入って、少し手を出しただけだろう。

 

「ハロルド・エルセイドといえば、彼も王都に移送されるそうですわ。王都から特別制の護送列車が迎えに来るそうですわよ」

「[異界の愛し子]とレオスフィード殿下をお守りして、ハロルド・エルセイドを移送するのにも使うってのか。三人一緒って大丈夫なのか?」

「守りに特化した列車だそうだし……王都の精鋭が護衛につくそうだから、守りは当然万端ではありませんの?」

「護送特化の列車なんて見るの楽しみだよねー!」

「一気に運んでしまおうってことらしいっス。危険は少ない方がいいでしょうし、それぞれの狙いが一斉に移動したら逆に手が出しづらくなるだろうからって」

「なるほど。それもそうか……」

 

 ちらり、とフィリックスが見たのはリョウだ。

 すごく心配そうな顔をしている。

 首を傾げると、察したノインが「リョウさんも一緒に連れて行った方がいいよね。黒魔石持ってるし」と言う。

 ああ、とリョウもようやく気づいた。

 首輪の黒魔石。

 これも十分に隣国の脅威。

 

「オ、オレも一緒に行ってもいいですか!」

「いいよ」

「……。え? いいんですか? 本当に?」

「うん。ジンくんは【竜公国ドラゴニクセル】の適性があるから、王都でも招待したいと言っていたんだ。今はおれたちの手伝いで学校を休んでいるから、おれたちのところに連絡が来ていたんだよ。でも、招待されていることを言っても多分断られると思って」

「あ……はい、それは……」

 

 確かに用事がそれだけなら断っていただろう。

 今回ジンがついていきたいと言ったのは――リョウのため。

 

(私のために、一緒に……)

 

 改めてちゃんと向き合って考えなければな、と思う。

 ジンの気持ちもそうだが、ジンの将来のことも含めてちゃんと考えなければ。

 元の世界に帰らなくても、ジンはこの世界で希少な【竜公国ドラゴニクセル】の適性がある。

 こちらの世界で十分にやっていけるだろう。

 けれどその代わりジンは仲のいい家族に二度と会えない。

 ジンを恋愛対象として――見れるかどうか。

 

「うーん」

「どうしたの? リョウちゃん」

「あ、ううん……列車で行くんだな、って……」

「ユオグレイブの町にも通ってるよね。路線電車」

「うん。でもそういえば乗ったことないな」

「そうなの? じゃあ、今度西区に行く時乗ってみる?」

「わあ、乗りたい!」

「あはー。ジンくんスマートにデート誘えるようになってるー」

「へ」

「っっっ」

 

 ノインがによによしながら言うので、ジンが顔を背ける。

 あ、今のデートの誘いだったのか、と驚くリョウ

 全然気づかなかった。

 

「そ、そうか、私こういうところがダメなのか……!」

「ま、真面目〜」

リョウちゃん、いいよ。誘ってもわからないところとかも可愛いなって思ってるから、オレは!」

「はいはい、そういうのはまた今度にして。それで、その護送列車が来るのはいつなんだ?」

「明後日到着の予定ですわ。殿下には心の準備をお願いいたします」

「護衛には誰が来るのー?」

「ミセラ様とそのパートナーアラベル様が来られるとのことです。顔を知っている方の方がいいだろうとのことで。そういえば本日レイオンさんはいらっしゃいませんの?」

 

 フィリックスとノインが具体的な話を進めていく中、一番情報をちゃんと聞いていたであろうオリーブが食堂を見回す。

 護送の話は大切だ。

 レイオンにもこの話を聞いておいてほしかったのだろう。

 

「ああ、うちの師匠ならボクの剣を取りに行ってくれてるよ。お金払うの師匠だし、ボクが持つ剣について確認したいんだって。本当はボクの剣なんだから一緒に行きたかったよー」

「なんでついてかなかったの?」

 

 首を傾げてノインが自分の新しい剣を、レイオンに頼んだのが意外だったらしいミルアがテーブルに近づいてくる。

 ノインも「そりゃボクも行きたかったけどー」と唇を尖らせた。

 リョウのことを「お姉ちゃん」みたいに思っている、と言われてから、ノインがあまりにも可愛くてこういう仕草をする度に頭を撫でてしまいたくなるリョウ

 もちろん我慢しました。

 

「リグさんの結界があっても、それでも一応面倒臭い貴族が来るかもしれないでしょ。基本的に悪意に反応するタイプの結界って言ってたし」

「ああ。一応五重に重ねてあるが、悪意と敵意と殺意に反応して内側に来るごとに義務感や正義感の多い者が入れるように設定してある。もう少し細かく設定してもいいかもしれないが、あまり細かすぎると客も入って来れないと思うのでまあ、このままで」

「もうやってることが【機雷国シドレス】の機械兵みたいなんだよなぁ」

「確かに変な傲慢貴族なら自分が正しいと思い込んでるから普通に入って来れそうっスね」

 

 意味がわからない、と目を細めるフィリックス。

 サラッと貴族を貶すスフレ。

 まあ、スフレは相当貴族に人生を狂わされているので仕方ない面もある。

 

「スラムの子どもたちは自由騎士団フリーナイツに保護されて、そのあとどうなるんだ?」

「え? さあ? 主世神殿で預かりになると思うけど」

「しゅせしんでん? って、なに?」

 

 自由騎士団フリーナイツの本部に預かる、とは聞いていたけれど、神殿とは?

 初めて聞く単語にジンがやや身を乗り出す。

 

「あー、えーと。自由騎士団フリーナイツの本部にある町の神殿で、孤児院かな。自由騎士団フリーナイツって『エーデルラーム』を主人に見立てて『エーデルラーム』に棲まう人々――召喚魔含む――に、忠誠を誓っているんだけど、偶像があった方が祈りやすいってことで神殿形式になってるんだ。そこで洗礼式とかやるんだよ。孤児院と一体化してるのは、『エーデルラーム』の未来を担う子どもたちを祈る対象にしてもいいって考え方から。ボクも十歳くらいまでは祈られる方だったなー」

「へー」

「子どもが大切にされているんだね」

「うん。でも子どもでも働かないと生活は厳しかったよ。自由騎士団フリーナイツの収入源って騎士になるまではお布施だけだから、基本自給自足だし」

「じゃあ、保護されたスラムの子たちもみんな自由騎士団フリーナイツになるの?」

「それはどうかなぁ。ボクは師匠が任務先でスカウトしてきた特殊例であって、みんながみんな騎士になりたいとは思わないんじゃないかなぁ」

 

 まして、スラムの子どもでは。

 口には出さないが水を飲みながらノインが濁した。

 親に捨てられて、まともな生活も送れずに犯罪に手を染めて生きてきた子達だ。

 騎士になることを望む子どもも現れそうだが、自由騎士団フリーナイツの騎士になるには賢者との問答に通らなければならない。

 簡単なことではないそうだ。

 以前、リータも「自由騎士団フリーナイツに入団できずに冒険者になるものが大半」と言っていた。

 

「賢者との問答ってそんなに難しいんだね」

「ボク一発で通ったからなにが難しいのかわからなかったけどね」

「そ、そう」

 

 まさしく生まれながらの騎士。

 ジンがそれ以上なにも言えなくなってしまった。

 

「ねぇねぇ、その賢者って、英雄ファプティス様?」

「そうだよ。師匠の師匠だよ」

 

 目をキラキラさせながらレオスフィードは「わあ、やっぱり」と嬉しそうにする。

 レイオンの師匠、というだけでなんかもうすごい。

 

「レイオンさんの師匠が賢者なんだ……?」

「うん。本当にすごいんだよ。アスカさんとミセラさんに召喚魔法の基礎を教えた人でもあるんだ。パートナーが【鬼仙国シルクアース】の太上老君っていう伝説級の仙人でね、ファプティス様ももう世捨て人だよ」

「わ、わぁ……」

 

 騎士として生きていくのに必要な心構えを、賢者ファプティスとの問答で培う。

 英雄たちの師でもある賢者ファプティス。

 レオスフィードは「いつか会って話してみたい」と瞳を輝かせる。

 

自由騎士団フリーナイツの本部に行けば会えるよ」

「どこにあるの?」

「国境のラーム山脈の山頂」

「行くの大変そうだね」

「世界一高い山だからねぇ」

 

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