第66話 兄弟の今後

 

「――つまり送還魔法は逆流なんだね」

「そうだ。ただ固定化が重要で、召喚する時よりも魔力と操作能力が必要となる。道を舗装して維持する必要があるからだ。特にリョウが行うものには再構成も含まれる。僕が担当するから君には道の固定化に集中してもらえればと思う」

「私の魔力量で足りる、のかな?」

「問題ないと思う。足りなければ僕の魔力を使えばいい。少なくとも君を召喚した時はほぼ空になったが僕一人で事足りた」

「……一人の魔力量じゃないんだよなぁ……」

 

 数日後。

 食堂時間が終わってからテーブルでリョウジン、レオスフィードはリグに召喚魔法について教わっていた。

 アラベルという先生も来なくなっていたのでとても助かる。

 ノインも一緒になって聞いてはいるが、多分半分も理解していない。

 そして監修・フィリックス。

 リグは独学であるため偏りが激しい。

 その補正およびリグとレオスフィードの護衛として同席している。

 実際、初っ端から「送還魔法は魔力でなんとかなる」とか言い始めて胃が痛そうにお腹をさすった。

 

「そもそも送還魔法は契約した者同士の同意がなければ不可能だ。現代の召喚魔法は相手の同意を聞かずに、魔力による強制隷属で召喚して使役する形が主流だ。契約形態が召喚魔法師個人にしかわからないしだいたいの召喚魔法師は血に宿る魔力で召喚するから、他の召喚魔法師では召喚魔を送還できない。ここまでは習ったと思うけど――」

「は、はい」

「だからリグの理屈を当てはめると、リョウちゃんの破格の魔力量で異界の適性があった者たちを保護して一緒に連れてきた、というのはわかる。リョウちゃんたちの世界から来たひとたちも、それなら元の世界に帰せるだろう。……リョウちゃん以外は、だけど」

「はい。あの、でも私は向こうには帰るつもりがないんです。こちらの世界の方が、自分らしく生きられると思うので――」

 

 そう言うと、フィリックスに驚いた顔をされる。

 リョウも帰ると思われていたのだろう。

 そういえばノインやフィリックスに「帰るつもりがない」と言ったのは、初めてだったかもしれない。

 

「……そうなのか。後悔しない?」

「私の両親、私に興味がないんです。二人とも家に帰ってこないし、最近は生活費も振り込みみたいになってて。大学に行かずに就職して自立して勝手にして、って言われてたくらいで」

「ええ……」

 

 これにドン引きしたのはノインだ。

 ノインも両親とは疎遠。

 フィリックスは九つの時に流入召喚魔に両親を殺されている。

 親との繋がりが希薄な二人にとっても、リョウの両親の話はなかなかに衝撃的だったらしい。

 

「だからこの世界で自立しようかなって! このままカーベルトで働きながら、この世界のことを勉強してやってみたいことに挑戦していけたらなって思っています」

「そう、なのか。強いね」

「いえ、そんな」

 

 本当にしみじみとフィリックスに呟かれて、照れてしまう。

 夢を叶えた人にそんなふうに言われると、やりたいこともまだ見つけられていないと言い出しづらい。

 その横で、ノインがジンを見る。

 

「ジンくんも帰るの?」

「オレはリョウちゃんと結婚したいからとりあえず残るかな」

「ゲフゲフ!」

 

 少し水を飲もうとして、平然とジンがそう答えるので吹き出した。

 いや、確かに前に……そう言われてけれど。

 

「あ、もちろんリョウちゃんの気持ちが最優先だよ。好きになってもらえるように頑張るね」

「ジンくんいよいよ隠さなくなってきたんだねぇ」

「振られたら潔く元の世界に帰してもらうつもりだけど、その前にできることは全部したいんだ。たとえ自己満足だったとしても、伝えないまま一生会えなくなるなら伝えた方がいいと思って」

「――そうだね。ジンくんカッコいいなぁ」

「な、なに、ノインくん、急に……」

 

 なにか思うところがあるのか、ノインがニコニコしながらジンを褒める。

 ノインは比較的恥ずかしげもなく人を褒めるけれど、真正面から褒められる方は堪ったものではない。

 褒められ慣れていない人間ほど、恥辱心と純粋に人を褒められるノインの眩しさに顔を背けてしまう。

 

「こんにちはー!」

「ちわっース!」

「お邪魔します。フィリックスはいるかしら?」

「ミルア、スフレ、オリーブ。どうかしたのか?」

 

 そこへ助け舟とばかりにフィリックスの同僚たちが勢揃いで現れた。

 立ち上がったフィリックスとレオスフィードの従者が対応して、なにやら五人と一匹で話している。

 

「リグとレオスフィード殿下を王都へ護送する日が決まったそうですよ」

「ぼくは帰らないって言ってるのに……!」

「そういうわけにはまいりません。殿下の適性が【竜公国ドラゴニクセル】であると、すでに多くの貴族の耳に入っているそうです。これ以上は隠し立てできません。王都からのお手紙でも、新たに見つかった[異界の愛し子]とともに早急に王都へ戻るよう再三要請が来ております」

「でも……今帰ったら兄上たちに……」

 

 レオスフィードはそれ以上口にはしない。

 ヒュ、と喉が鳴る。

 声を発するのを躊躇うような内容なのだ。

 実の兄に――殺される。

 それを呑み込む。

 

「あの、レオスフィード様」

「っな、なんだ」

「こう考えてはどうでしょう? リグと、それからリグのお兄さんのシドを助けるために王都に戻る、と」

「え?」

 

 リョウが提案したのは最近ずっと考えていたこと。

 リグだけでなくシドも、裏の世界から表の世界に連れ戻せたら――。

 うまくいくかはわからないけれど、なにもしないわけにはいかない。

 

「王都に戻るから、リグとリグの兄のシドの罪を軽くしてほしいってお願いするのです。リグはともかくシドは賞金額が世界最高額なので、王様もきっとすっごく嫌がりますよ。お兄さんたちも犯罪者のシドを庇うレオスフィード様のことを責めると思います。でも、レオスフィード様は王太子にはなりたくないんですよね? それならそうして責められて、王太子に相応しくないってお兄さんたちから王様に言ってもらえばいいんですよ」

「そうか……! 兄上たちの方が王に相応しければ、ぼくの適性が【竜公国ドラゴニクセル】でも兄上たちのどちらかが選ばれる!」

「そうです! それに、王様がリグとシドを許してくれたらそれはそれでレオスフィード様も嬉しいですよね」

「うん! リグはぼくに色々教えてほしい! リグの兄のシドも……よく知らないけど、リグの兄上ならぼくが助けてあげる!」

 

 おお、とフィリックスとノインが驚く。

 逆にミルアとスフレとオリーブは顰めっ面。

 

「ええ? なんでシド・エルセイドまで助けなきゃいけないの?」

「いや、っていうか……リグさんってシド・エルセイドの弟だったんスか!?」

 

 あ、そこからか。

 スフレのツッコミにオリーブもハッとする。

 

「フィリックス、知っていましたの!?」

「顔同じだろ?」

「ああ! 言われてみれば……!」

「ほ、本当だ! 結構わからないもんっスね!?」

「本当だ! よく見たらイケメンだ!」

「ミルア、リグは絶対ダメだぞ」

 

 牽制するフィリックス。

 なんとなく意味合いが普通と違うような気がしないでもない。

 

「シド・エルセイドの弟が[異界の愛し子]だったなんて……。じゃあ苗字を新たに与えるって言ってるのって、もしかしてエルセイドの籍から抜くためなのでしょうか?」

「多分そうだと思う。ダロアログが世間から隔離して育てたおかげで、シドだけがハロルド・エルセイドの息子ということで広まっているし……リグが新たな苗字を与えられれば繋がりはわからなくなるだろう」

「そうだったんスね……でも、それでシド・エルセイドの罪が許されるのはなんか違うような……?」

「シドの犯歴は不審な点が多い――って言ってもか?」

「どういうこと?」

 

 フィリックスが信頼する部隊チーム仲間。

 リグに聞いた、シドの犯歴には理由がある。

 窃盗は食べ物を得るため。

 殺人は父親のせいで殺されそうになった弟を守るための、正当防衛。

 武器の違法所持も、身を守るため。

 

「それと本部から照会した他の罪状――窃盗、強盗、強姦についても当時の目撃情報と照らし合わせると、場所が一致しないんだ。この件は上にはまだ報告していないが、ほら」

「本当だ……百キロ以上離れてるじゃない。なによこれ」

「盗まれたモノも高額ブーツはわかるんスけど、洗濯機やテレビ、冷蔵庫っておかしくないっスか?」

「転売でもしたのかしら?」

「それが当時の被害者に連絡をとってみたら、犯人は当時町に駐在していた警騎士だってよ」

「「「は!?」」」

 

 見事な声の揃い方。

 フィリックスはちゃんとシドの罪状についても調べてくれていたのだ。

 リグの言葉を信じて、裏取までしてくれた。優しい。

 

「まだ十二件ほどだけど、その被害者の全員が『警騎士に持って行かれた』という証言だ。被害届も出してなかったよ。警騎士が盗んで行ったのに、被害届を出して受理されるわけがないからって」

「は、はぁーーー!? なによそれ! 警騎士が犯罪して、それをシド・エルセイドになすりつけてたってこと!?」

「そう。なので王都に行ったら警騎士団総本部に証拠と証言を揃えて叩きつけてやるつもりだ」

 

 にこり。

 フィリックスの笑顔にオリーブとスフレがつられて微笑む。

 汗ダラダラの笑顔。

 ミルアが「ナイスゥ!」と親指を立てる中、リョウもリグを振り返る。

 目を丸くしていた。

 けれど、すぐに目を細める。

 表情は変わらないけれど、リョウには嬉しそうに微笑んでいるように見えた。

 

「とはいえ、全部が全部無罪ってわけにはいかないだろう。ユオグレイブの町のスラムで俺たちが戦った時、ダロアログをぶっ飛ばして町を破壊していたのは事実だし」

「そ、そうよね」

「まあ――それも町長がシド・エルセイドにスラムを取り壊す口実にしたいから、ほどよくぶっ壊してくれって依頼したせいだって突き止めたわけだけどな?」

「「「は!?」」」

 

 ここに来て新情報である。

 今度はジンとノインも立ち上がって声を上げた。

 リョウがダロアログに誘拐されかけて、スラムでシドが助けてくれた時。

 あの時シドがダロアログを吹っ飛ばしてスラム街を破壊していたのは、ユオグレイブの町の町長の依頼があったから。

 町の、町長が!

 

「なによそれー!」

「そのあとすぐに議会でスラムの取り壊しが決まっただろう? 変だと思って情報を集めてたら案の定だよ」

「よく気づいたっスねぇ……さすがフィリックス先輩……」

「そのあとミセラさんとレイオンさんに真偽を確認してもらったら、吐いたそうだしな。証言もバッチリだぜ」

 

 大変にいい笑顔である。

 あまりの町長の横暴さに、全員が呆れてしまった。

 ただ、スラムは町の住人権があるわけではない。

 町長たちはスラムの住人を追い出すのは町のためだと、ミセラやレイオンに正当性を主張したという。

 実際法的には問題がない。

 

「そんな、法的に問題ないなんて……」

「だけど自由騎士団フリーナイツが人民保護をしただろう?」

「あ、そうだね。スラム街は子どもが多かったし……あ、もしかして師匠、キレてた?」

「ああ。法的に問題なくても人としてクズって言って『決闘』を申し込むって言ってたよ」

 

 ギョッとした。

 自由騎士団フリーナイツからの『決闘』は、貴族にとっての“死”だ。

 町長は当然貴族であり、剣聖であるレイオンに『決闘』を申し込まれれば勝ち目など皆無。

 

「ただ、さすがにこれだけ大きな町の町長に『決闘』を申し込むのには国王陛下のお許しが必要らしくてな」

 

 フィリックス、笑顔が全然途絶えない。

 そして、国王陛下の許可。

 町長の所業が、国王陛下の耳に届くということ。

 

「王都に行くのが楽しみになってきただろう?」

「ものすごくね」

「そりゃあ行かないわけには行かないわねえ」

 

 リョウがチラリとリグを見る。

 首を傾げていた。

 当人にはあまりわからないらしいが――。

 

「シドの罪状、すっごく軽くできそうだって」

「!」

 

 教えてあげると少し嬉しそう。

 リグが嬉しそうだと、リョウも嬉しい。

 

 

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