第30話 他の召喚者たち

 

「本当に持ってきてくれたんですか!?」

「もちろん。約束だしね」

「ねぇねぇ、フィリックスさんってもしかして休み!?」

「休みではないけど休み時間を多めにもらってきている」

 

 ミルアやスフレにバレたら、新作ケーキの命はない。

 なので、こっそりとフィリックスの部屋で食べよう、という約束。

 休み時間を多めにもらい、キィルーの病院も済ませて大急ぎでケーキを取りに行き、カーベルトまで持ってきてくれたらしい。

 ノインが「休み時間なのか」と肩を落とす。

 じとりと見上げるオルセドと、困ったように見上げるマカルンを見てフィリックスもなにかを察した。

 

「なにか困りごとでもあったのかい?」

「は、はい! じ、実は――」

 

 わざわざしゃがんでマカルンに目線を合わせ、話を聞く体勢を取るフィリックス。

 相棒のキィルーと同じ【獣人国パルテ】の子を、放って置けなかったのだろう。

 話を聞いてなるほど、と立ち上がる。

 

「それは確かに召喚警騎士団の仕事だな。……忙しいからと断られていたのか。そうか。どこの部隊だ、本当無能だな」

「どうせ貴族の部隊だろうね。働かないなら要らなくない?」

「本当だよなぁ。なんのためにお給料もらってんだろうなぁ」

 

 殺意が、漏れている。

 フィリックスとキィルーの殺意が特に高い。

 貴族の召喚魔法師たちの仕事しないぶりは、もう「要らなくない?」のレベル。

 

「決闘申し込んじゃおうかな」

「ノイン、お前は剣が――」

「助けてください!」

「「「え」」」」

 

 今度はなんだ、と振り返ると、必死の形相のジン

 フィリックスとノイン、リョウの顔を見ると「た、助けて!」と駆け寄ってきた。

 リョウは「どうしたの」と同じく駆け寄ろうとしたが、瞬時になにか悟ったノインが「これ、ボクの部屋の鍵。一階の奥の部屋! 109号室」と鍵を手渡して民宿の奥に手を引いて連れて行った。

 

「え、な、なに?」

「どうしたんですかね?」

「なんだなんだ?」

「あーーー、うん。みんな、どうか彼のことは内緒で頼む」

「え?」

 

 同じくなにか悟ったらしいフィリックス。

 次の瞬間、「ジン!」と女の子が叫びながら入ってきた。

 

ジンは!? この建物に入っていくの見たんだけど!」

「ミサ、セアラ、君たちはミルアの手伝いをしているんじゃないのか? どうしてここに?」

「あ、フィリックス! ねえ、ジンは!? この建物にいるんでしょ? 入っていくの見たんだってば!」

「聞いてる?」

 

 フィリックスが心底面倒そうに二人の少女を睨みつける。

 そんなフィリックスを負けじと睨み上げる二人の少女。

 

(この子たち……一緒に召喚された――)

 

 一人はジンと同じ学校の女の子。

 ジンに抱き着いたりして、リョウを馬鹿にしたように嘲笑った子だ。

 吉田、と呼ばれていたような気がする。

 もう一人は仮装していた中学生くらいの女の子だろうか。

 化粧を落としたらなんとも素朴な美人だ。

 二人はジンを追ってカーベルトに入ってきたらしい。

 なるほど、ジンのあの焦った姿は、この二人から逃げていたからか。

 申し訳ないが納得してしまった。

 

「君たち、手伝う気がないなら召喚魔法師学校に帰りなさい。ジンのように召喚事故のことを調べながら、召喚警騎士団の手伝いのためという理由で学校から出てきているのだろう? 手伝いもせずジンを追いかけ回しているのなら、ただの邪魔だ。学校に帰って勉強に励んだ方が、君たちの将来のためになると思う」

「うっせぇな! あんな学校通ってられるかよ! 貴族だかなんだか知らないけど、上から目線で『結婚してやる』だのなんだのいうやつしかいなくて気色悪いんだよ!」

「そんなの無視すれば――」

「そしたら今度は嫌がらせしてくるじゃねぇか! 腐ってるやつばっかなんだよ! この世界は!」

 

 そう叫んで突然テーブルと椅子を蹴りつける。

 驚いてビクッと肩を跳ねさせてしまう。

 女の子だと思っていたが、ガラがかなり悪いようだ。

 

「……それは……否定しないよ。貴族たちは、傲慢で腐っている。そうじゃないやつももちろんいるけれど。でも、それが君たちがこの食堂のテーブルや椅子を蹴飛ばしていい理由にはならないし、ジンにつきまとっていい理由にもならない。彼にも選ぶ権利があるからね」

「……っ!」

「自分の不幸を振り翳せば他人に危害を加えていいと思っているというのなら、申し訳ないが真正面から否定させてもらう。おれは――召喚魔法師でもあり警騎士だからね。普通に生活している人たちを守るのが仕事だ。子どもの我儘につきあってあげることはできない」

 

 キィルーが床に降りて手を挙げる。

 フィリックスもキィルーも右腕をシドに殴り返されて痛めているが、召喚警騎士として“市民”の生活を守ろうとしてくれているのだ。

 リョウと、リータと、居住特区のマカルンとオルセド。

 ここにいる一般人たちを。

 

「お姉さんたちはここが分かれ道だよ。ボクらと敵になるか、味方になるか」

「っ!」

「敵対するのなら容赦しないよ。お姉さんたちと同じ境遇でも、ちゃんと学校で勉強している人たちもいるし。ジンくんは本当に真面目にボクらの手伝いしてくれるもん。お姉さんたちじゃん。それって、つまりそういうことなんだよね。だから、どうするのかは自分で決めてね」

 

 部屋のある廊下から食堂に戻ってきたノインが、無表情でそう言い放つ。

 確かに、ジンを追い回してジンになにかを望むのは彼女らだけのようだ。

 舌打ちした派手な化粧の少女はフィリックスとノインを、それはもう憎々しいとばかりに睨みつけた。

 怖い。

 

「んだよ……! クソが! こんな世界、クソしかいねぇ! みんな死ね!」

「……」

 

 もう一人の中学生くらいの女の子は、唇を尖らせる。

 立ち去っていく女の子を見送ってから、ノインの方を振り返って次にリョウと目があった。

 少しじっと見られて、ゆっくり目を細められて確実に睨みつけられているほどの敵意。

 

「アンタみたいな女、嫌い」

「え」

ジンくんに選ばれるなんて、思わないでね。キモい」

「……え、え……えぇ?」

 

 と、言い放ってカーベルトから二人ともいなくなる。

 これは、拗らせている。

 あまりのことに若干放心した。

 

「なんていうか、さっきの坊やが逃げ込んでくるのもわかる気がするねぇ。なんだいあの子たち」

「あの人たちもリョウさんと同じ世界から来たみたいなんだけど、ジンくんに守ってほしいみたい。でも別にダロアログに狙われてる感じじゃないよねー」

「そうだな。というか、ミサとセアラ以外にも成人しているマキとヒナコは、ジンになにを求めてるのかよくわからない。アレは、まさか恋人になりたい……というアプローチのつもりなのか?」

「え? それはさすがに嘘でしょ?」

「いや……おれもそう思うんだけど……」

 

 リータもドン引きの二人の少女。

 確かにアレに二十四時間追われているのだとしたら、ジンの負担は計り知れない。

 しかもフィリックスが連ねた名前ば二人だけでなく、四人。

 リョウですら若干血の気が引いた。

 

「リョウちゃんの世界の女の子って、あれが恋人になりたいアプローチなの?」

「違います」

 

 常識的に考えてそれはない。

 リョウもさすがにそれは見たことがないぞ。

 

「えーと、ジンくん、元々すごくモテる人ではあったんですけど……なんというか、お人好しで誰にでも優しいから、積極的な女の子に好かれやすいというか……。でもあんなに過激な人たちはちょっと私も見たことないですね……」

「「やっぱり変なんだ、アレ……」」

 

 ノインとフィリックスの安堵の声が重なる。

 そりゃあんなのが普通と思われても困る。

 

「あ。……っ」

「あ! フィリックスさん、ボク、預かっておこうか? そのケーキ」

「え! あ、い、いやぁ」

 

 では、この話は終わり。

 フィリックスは仕事――パルテオの村の行方不明事件に向かおうとしたのだろうが、手にケーキの箱を持っていることに気がついた。

 ノインが気を利かせて収納宝具を取り出したが、このケーキはリョウとの約束のブツ。

 

「あ、あの、それなら私とノインくんも一緒に行ってもいいですか?」

「ナイス! 名案! 賛成!」

 

 外に出たいノインと、可能ならリグに相談したいリョウ

 しかし、二人で外に出るわけにはいかない。

 二人とも外出禁止中なので。

 だが、フィリックスが一緒ならその限りではない。

 

「い、いやぁー! ダメでしょー!」

「「えーっ!」」

「確かにおれとキィルーだけじゃ、聞き込みの手が足りない。でもさすがに君らを連れていくわけには――」

「わかったわかった。そういうことならわしもついていこう」

「師匠!」

 

 ボリボリと首筋を掻きながら部屋から現れたのは、レイオン。

 そのレイオンの後ろには半泣きのジン

 ああ、ノインの部屋イコール、レイオンの隣室。

 バレたんだな、と悟るリョウとノイン。

 

「フィリックス、居住特区を蔑ろにする召喚警騎士には、相応の対処をさせてもらうと伝えておいてくれ。ノインはしばらくお前さんたちに協力させられんからなぁ、に専念してもらうとしよう――とな」

「っ! 了解しました」

 

 リータとオルセドが「これはザマァだね」と笑う。

 心なしかフィリックスが「さらに人が減るのか……」と肩を落としている。

 いていないようなものならいなくていいような気もするが、そうでもないのかもしれない。


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