第29話 億越え賞金首

 

(なんだか本当に大変なことになってしまった)

 

 と、いうのもシド・エルセイドがユオグレイブの町に入っていた――という事実が召喚警騎士団にしっかり広まったためである。

 

 シド・エルセイド――二十年前、八異世界までもを巻き込んだ『消失戦争』の主導者であり主犯であり『聖者の粛清』のリーダー、ハロルド・エルセイドの息子。

 幼少期から窃盗、強盗、強姦、殺人、殺人未遂、脅迫、器物損害、無許可武器所持など二百以上の罪状を重ね指名手配される。

 二年前に自由騎士団フリーナイツの剣聖が二人、捕えようと挑んだ結果二名とも敗北。

 両名とも死亡はしていないが、剣を握ることは叶わない重傷を負い名実共に世界最強・最悪の広域指名手配犯として懸賞金は世界最高額の三十億ラーム。

 

(……ものすごい経歴……)

 

 そしていくつかは盛られてる気がする。

 数回しか会ったことはないが、あれは少なくとも強姦などするタイプではない。

 この顔、どう見ても女性に苦労する顔ではないだろう。

 危険人物の手配書としてカーベルトの食堂に貼るよう頼まれたポスターを眺めながら、リョウは首を傾げた。

 右の肩に乗っていたおあげの体に、モフッと頬が埋もれる。

 あの美しい顔立ち。

 あの唇が、一度自分のものと重なったことがあると思うと心臓がまたバクバクと大きな音を立てる。

 

「怖いねぇ。億越えの広域指名手配犯が三人もユオグレイブの町に来てるなんて!」

「リータさん……」

 

 はあ、と深々溜息を吐くリータ。

 本当に、現在のユオグレイブの町はこの話題で持ちきり。

 ついこの間までは栗の話題で一色だったのに。

 そもそも億越えの賞金首は世界に七十人ほどおり、そのほとんどが『聖者の粛清』か『赤い靴跡』の人間。

 シド・エルセイドはその中でも毛色がやや違い、さらに懸賞金の桁も違う。

『聖者の粛清』の正式なメンバーではなく、ただ父親が『聖者の粛清』リーダーだったから。

 彼の懸賞金は元々三百万ラーム程度だった。

 しかし二年前に自由騎士団フリーナイツの“剣聖”を二人同時に相手にして撃破したことで、三十億ラームに跳ね上がったそうだ。

 “剣聖”はレイオンを含め三人しかいなかったが、この件で二人は引退。

 剣聖を二人も引退に追い込んだことで、危険度が跳ね上がったのだ。

 実際三日前にフィリックスとキィルーを素手で殴り返したのは驚いた。

 あれで『剣士』なのだ、シドは。

 ノインに対しては『剣士』として対峙したらしいが、あのノインさえ剣を折られて敗北した。

 本当に剣聖級の強さを誇るのが、シド・エルセイドという男。

 

「ノインも負けたって話だしねぇ」

「うーーー! 悔しいよおおおお!」

 

 ちらり、とカウンターで突っ伏すノインを見るリータ。

 三日前からこの調子だ。

 剣も折れたので、レイオンが外出禁止を言い渡している。

 もっとも主な理由はシドに言われた『ダロアログが“幼児趣味”で“男色嗜好”だから』。

 つまり――主に十歳前後の男の子が、好き。

 そんな変質者がうろうろしている町で、将来有望なノインが剣を折られて丸腰。

 レイオンの表情は――無だった。

 なのでレイオンが【神鉱国ミスリル】のドワーフから、ノイン用の剣を打ってもらうからそれまでおよそ二週間、「カーベルトから出るな!」と外出禁止を言い渡されたのである。

 

「悔しい悔しい悔しい! シド・エルセイド、アイツ絶対許さない! 絶対ボクが捕まえてやるー!」

「まあ、レイオンさんの判断ももっともだよね」

「それは、本当にそうですよね」

 

 ノインを守るためのものだ。

 事実、ジンは「そういえばダロアログに上着剥がされた」という証言もしていたのでシドの言っていたことは本当たのだろう。

 

「冒険者たちもダンジョンより町の中で賞金首捜しに夢中だし、早くいつもの町に戻ってほしいねぇ」

「そう、ですね」

「せめて素振りがしたいよぉ」

「……ノインくん真面目……」

 

 ギリギリ筋トレならできるだろうか?

 

「リョウさんだって狙われてる可能性があるんだから、外出られなくなってつらくないの?」

「それは、まあ……」

 

 そう。

 それから、リョウも外出禁止になった。

 リョウたちの召喚事故には――事故ということになっているが――ダロアログが関係していることがわかっている。

 それは召喚警騎士団にも把握されており、リョウはダロアログから明確に狙われて誘拐された。

 このことから「例の首輪がダロアログに狙われている」と認識され、調べる者が王都から来るまで警騎士団本部で保護してはどうかという話になったのだ。

 もちろんお断りした。

 なぜならフィリックスたち以外の警騎士は、信用ができないからだ。

 実際に目にしてそれは確信に変わったし、貴族の召喚警騎士は以前リョウを脅しに来たベッキィのような者ばかり。

 カーベルトに戻り、出かけない。

 出かける時はフィリックスたちに連絡する、と約束して、現在も外出を控えている。

 

(本当はリグに会いに行きたいんだけど……)

 

 首輪についても知りたい。

 自分がなぜ狙われるのかも。

 そして、他の召喚者たちを元の世界に帰す方法も。

 色々話をしたいことがたくさんある。

 しかしこんな状況では――。

 

「おーい、ノインはいるか?」

「はい? あ! オルセドさん!」

「よお。剣折れちまったんだって?」

 

 賞金首探しで閑古鳥の鳴いていたカーベルトの食堂に、背の小さなもっさりとした髭のおじさんが入ってくる。

 ドワーフだ。

 でかい金槌を肩に担ぎ、煤で汚れた顔のまま入ってきてノインに背中にかけていた剣を鞘ごと手渡す。

 

「なにこれ?」

「新しいのができるまでこれ使ってな。悪いもんじゃあねぇが、今のお前さんにゃ物足りないだろう。本当は【戦界イグディア】の宝剣や聖剣なんかがいいんだろうけど」

「いやいや! ありがとう! 本当に助かるー! 素振りもできなくてずっとそわそわしてたからさぁ。あ、リョウさん、紹介するね! 【神鉱国ミスリル】の居住特区『カナヅチ』に住んでるドワーフのオルセドさん! 西区の武具屋さんに剣を卸している刀剣マイスターなんだ」

「は、初めまして」

「おう、初めまして」

 

 ドワーフは職人気質でとても気難しいと聞いている。

 なので、てっきり無視されるかと思ったが存外普通に挨拶を返してくれた。

 

「おやおや、ドワーフも出前の依頼ですかぁ?」

「あ、マカルンさん。こんにちは」

「こんにちはぁ。あのー、出前の件なんですけど……」

「はっ! はい!」

 

 以前言っていたお見合いパーティーの件だろう。

 毎日少しずつ作り溜め、収納宝具に保存してきた。

 取り出せば出来たてホヤホヤの状態で食べることができる。

 

「はいよ。本当は届けてあげられたらよかったんだけど……」

「聞きました、聞きました。億越えの賞金首が三人もユオグレイブの町に入ってきているんでしょう? こんなこと初めてですよねぇ。怖い怖い」

「しかもそのうちの一人は世界最高額だろう? 腑抜けた召喚警騎士団になんとかできんのかぁ?」

 

 ドワーフのオルセド、召喚警騎士団への信用が著しく低い。

 気持ちはわかるけれども。

 

「関係してるかわからないんですけど、うちの村の側に住んでいる言葉を話せない小型の妖精獣や精霊獣、聖獣の子どもが最近行方不明になっているんでさぁ。召喚警騎士団にも相談はしたのですが、『今は忙しい』と調査してくれなくて……」

「え、それいつから?」

 

 はあ、と溜息を吐いて肩を落とすマカルン。

 ノインが食いつくと、一瞬期待した表情になるがすぐに俯いてしまう。

 

「一ヶ月ほど前からですね。召喚警騎士団には五回ほど相談しに行ったのですが取り合ってくれなくて……はぁ……」

「おいおい、マジか。冒険者協会には相談したのか?」

「もちろんですとも! でも、我々召喚魔のことは召喚警騎士団が担当だから、冒険者協会では対応できないと言われましてねぇ……はぁ……」

「そんな……」

 

 首を左右に振るマカルン。

 髭を撫でながら「召喚警騎士団使えねぇ」と舌打ちするオルセド。

 頭を抱えるノインと渋い表情になるリータ。

 これは、ろくでもない予感がする。

 

「それは確かに召喚警騎士団の出番だねー。ボク、召喚魔法全然わからない」

 

 そう言われてマカルンもオルセドも「ああ……」と納得してしまう。

 自由騎士団フリーナイツは騎士であり、召喚魔法は召喚魔法師が専門。

 そして召喚魔法師の冒険者は召喚魔の知識はあっても権限がない。

 結局やはり召喚警騎士団に頼るしか、選択肢がないのだ。

 

「フィ、フィリックスさんたちは……忙しいよね」

「キツいだろうね。ボクが行って本部の貴族のケツ蹴っ飛ばして来てもいいんだけど……」

 

 少なくともダロアログが町にいる間は、ノインの外出にはなにかしら制限が設けられるだろう。

 ぶっちゃけリョウもノインの外出制限には賛成だ。

 ダロアログの性癖の話を聞いたら、多分誰でもノインには外へ出てほしくないと思う。

 ノインだけが「なんで? どうして? ボク負けないよ!」と言うのだが、そういう問題ではない。

 大人の精神衛生上の問題なのだ。

 

「やっぱり難しいのですね……ハァー……」

「けど一ヶ月前って、億越えの賞金首たちが入ってきた頃なんだよね? 無関係と切り捨てるにはちょっとね……」

「こんにちは」

「「あ」」

 

 困った、と全員が頭を悩ませていた時、入り口をノックする人影。

 そしてその声。

 顔を上げると、キィルーを肩に乗せたフィリックスが小さな箱を持って首を傾げていた。

 

「珍しいお客さんだな?」

「フィリックスさん!」

「わぁー、フィリックスさん。キィルー、腕どうしたのぉ!?」

「ウギィ……」

「シド・エルセイドに殴り返された時に少し痛めてしまったんだ。おかげでしばらく戦闘は無理。と、まあ、そういうわけでリョウちゃんに約束の品を持ってきたんだけど――」

「約束の……? あ!」

 

 言われてハッとする。

 そう、ケーキパーラーカブラギの、新作ケーキ!

 

 

 

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