第11話 おあげとおかき 2


 そこまで言って、フィリックスがまた言いづそうに目を逸らす。

 逆に気になる濁し方をするものだ。

 ノインもさすがに気になったのか「えー、なにー?」と急かす。

 

「確証はないが――リョウちゃんがあの召喚儀式で呼び出された可能性が出て来たな、と」

「え? 私が……?」

「うん。他の召喚者たちは文字を書けなかった。ジンくんもね。でも君は書けている。召喚魔法の翻訳補正効果だろう」

「え……ええと、それって、あの……」

「そう。本来であれば、君だけがこの世界に呼び出されるはずだった――かも。……と、いう、可能性」

「……私、だけ……じゃ、あ……他の人たち……は――」

 

 巻き込まれた。

 リョウが召喚された時、側にいたから。

 その可能性が出て来たということ。

 喉が詰まる。

 

「いや、まあ、でも可能性の話だ。確証はない。それに、もしかしたら翻訳補正が成功したのは君だけって可能性もある。そもそも、君たちがなぜ召喚されたのかもわかってないし……不安にさせるようなことを言ってすまない」

「い、いいえ……」

「で、この子たちの名前は?」

「あ……狐が“おあげ”で、狸を“おかき”にしました」

 

 安直かな、と思ったが二匹に「どうかな」と聞くと嬉しそうに飛び跳ねているので気に入ってくれたらしい。

 

(さすがに“ちゃがま”はやめて正解だったかも)

 

 狸というと、日本人に馴染み深いのは『分福茶釜』。

 しかし片方が狐なので、似た語感で揃えてみた。

 

「おあげとおかきかぁ、どういう意味なの?」

「え」

「不思議な名前だけど、なにか意味があるの?」

「……おあげは油揚げ……おかきもかき揚げ……食べ物です」

「「食べ物か〜」」

 

 食いしん坊と思われたのかもしれない。

 

「では、“おあげ”と“おかき”で登録いたしました。後日、登録証の首輪をお届けいたしますので、二匹の首に必ずつけるようにしてくださいね」

「は、はい。わかりました」

 

 セレオに書類を手渡され、それを受け取る。

 首輪型の登録証が届くまでの、仮の登録証だという。

 本当ならノインたちが持っている通信端末にダウンロードするものらしいが、リョウたち召喚者は持っていないので臨時措置だそうだ。

 

「で、今日来たのは召喚魔たちのことではないんだよね?」

「あ、は、はい。首輪のことなんです。この首輪は、私だけにつけられたもの、ですよね?」

「そうだね? 他の召喚者たちには、つけられてなかった。君だけにそれを?」

「はい」

 

 そして、おそらく先程シドが口にしていた『ダロアログ』という名前。

 あれがあの時の大男の名前だろう。

 あの男がリョウたちを召喚したのかは、はっきり断言できないところではあるけれど。

 

「それから、首輪のことを考えていたら思い出したんです。意識は朦朧としていたんですが、確か……ダロアログ、とか……そういう名前が聞こえたことを。人名かどうかは自信がないんですけど」

「「ダロアログたって!?」」

「っ!?」

 

 伝えておいた方がいいかな、と口にした瞬間、ノインとフィリックスがテーブルを叩いて立ち上がる。

 その剣幕に、思わずおかきを抱き上げてしまう。

 

「え、あ、あ、あの……?」

「あ、ご、ごめんね。リョウお姉さん。……でも、それ本当? 本当にそう聞いたの?」

「聞き間違いかも、しれないけど……」

 

 一度目は本当に曖昧だ。

 だが、先程シドが口にしていた名前は、これで合っていると思う。 

 

「ダロアログ――該当データあり。広域指名手配犯ダロアログ・エゼド。十歳未満の少年を誘拐し、身代金を要求する誘拐犯。現在確認されているだけで犯行回数は三十八件。被害者は暴行されて死亡しているケースがほとんどである。さらに『聖者の粛清』メンバー経験ありの違法召喚魔法師。懸賞金は一億ラーム」

「っ!?」

 

 セレオが目を閉じて読み上げる内容にギョッとした。

 広域指名手配の犯罪者!

 確かに、人を傷つけることにも殺すことにもなんの抵抗もなさそうだった。

 そんな人間に捕まっていたのかと思うと、今更ながらに震えが起こる。

 

「セレオ、『赤い靴跡』の実働部隊幹部アッシュも懸賞金は一億ラームだったよな?」

「はい」

「億超えが二人もユオグレイブの町に入って来ているのか……! 警備態勢を練り直さねぇとダメじゃねぇかー!」

「ドンマイ」

 

 叫ぶフィリックス。

 他にかける言葉のないノイン。

 頭を掻きむしるフィリックスに余計なことを言ってしまった、と落ち込むリョウ

 

「ご、ごめんなさい……」

「いやいや、リョウお姉さんのせいじゃないし」

「そうだぞ! ……むしろ、教えてくれて助かった。ってことは、ダロアログと『赤い靴跡』のアッシュ二人を相手に大立ち回りしたっつー“三人目”がますます問題だな」

「だねー。億超え二人を相手にできるってこと、少なくともそいつも億超えの可能性がある。冒険者だとしたら漆黒か金。そしてソロ。自由騎士団フリーナイツ……は、ボクの方で問い合わせたけど、近くに二等級以上の騎士はボクと師匠以外にいないって言ってたから――」

「どっちかって言うと広域指名手配の億越えの方が可能性が高いのか。頭痛ぇ〜」

「ドンマイ!」

 

 テーブルに突っ伏し、頭を抱えるフィリックス。

 その後頭部を撫で撫でするキィルー。

 

「とはいえ、リョウちゃんの首輪についてはおそらく魔石道具である、ということ以外はわからないんだよね」

「魔石道具なんですか? これ」

「うん、真ん中に小さな黒い石があるだろう?」

 

 触ってみると、小指の爪のような小さな黒い石がついている。

 これが魔石らしい。

 

「とはいえ、こんな魔石はおれも見たことないんだよな。小さすぎる」

「魔石ってでっかい方が強い魔力を持ってるんだよね? こんなに小さいなら大したことないんじゃない?」

「いや、そうとも限らない。魔石をいくつも融合し、圧縮する技術が大昔にはあったんだってさ。その融合し、圧縮した魔石は黒い色になるという」

「黒!? ってことは、まさかこれ……!?」

「さすがにアーティファクト級の代物とは……思いたくないんだが……」

 

 ノインとフィリックスの視線が首元に注がれて、居心地が悪くなる。

 困っていると、ハッとした二人が視線を逸らす。

 こほん、とわざとらしく咳払いしてから、フィリックスが「まあ、もう少し詳しく調べるにしても人も機材も足りないし」と言う。

 

「それに、リョウちゃん体調が芳しくないんだろう?」

「あ、そのことなんですが、おあげとおかきが近くにいると体が楽になるんです。今、元の世界にいた時みたいに楽で……」

「本当? どうしてだろう? あ、もしかしておかきは治化狸ちばけたぬきかな?」

「なにそれー?」

 

 ノインがおかきを突きながら首を傾げる。

 フィリックスは「治癒能力を持つ【鬼仙国シルクアース】の珍しい妖怪だよ」と説明してくれた。

 

「治癒能力持ちなの、この狸! すごいね!」

「ああ、珍しいんだよ。【鬼仙国シルクアース】の治癒能力持ちといえば仙女や巫女だからね。治化狸ちばけたぬきは他にも身体能力を上げる妖術を使えるんだ。【鬼仙国シルクアース】属性適性のある召喚魔法師なら、憧れる召喚魔だね」

「へー。……それ、貴族にバレたらまずくない……?」

「うん。まずいから帰る時は見つからないようにして帰ってね」

「え」

 

 どういうことなのか。

 ノインとフィリックスを見ると、フィリックスが「貴族の中には自分がほしい召喚魔を金と権力で奪い取るクズがいるんだよ」と遠い目をして語る。

 腐りすぎではないか、貴族。

 

「まあ、なんにしてもリョウちゃんの体調がよくなったのならよかった。これからどうする予定なんだい?」

「えっと、少なくとも今日は病院に帰ります。体調が問題ないようなら、お仕事を探そうかと……」

「リョウお姉さんの職場はボクが紹介しようと思ってるんだ〜。『民宿カーベルト』!」

「お! カーベルトか! いいな!」

「でしょ?」

「民宿カーベルト?」

 

 なんと、ノインだけでなくフィリックスも知っている場所らしい。

 首を傾げて聞き返すと、フィリックスが「おれの借りてる職員寮の隣にある民宿で、食堂は泊まってなくても利用できるんだ」と笑顔で教えてくれた。

 フィリックスもよくお世話になっているらしい。

 

「ボクと師匠はカーベルトの部屋を借りてるんだ〜。ボクらが来る前に女主人のリータさんのご両親が地上げ屋に殺されちゃってさ、リータさん一人じゃ回らなくなって困ってるんだよ」

「殺さ――っ」

「オバンドはいくらシメてもシメ足りねぇなぁ……チンピラが欲出しやがって……」

「フィ、フィリックスさん……?」

「殺気出てるよ、フィリックスさん」

「おっと」

 

 私怨が迸っている。

 しかし、そういう理由で困っていると聞くと確かに助けにはなりたいと思う。

 

「カーベルトの親父さんとお袋さんは俺が貧乏学生時代から飯をタダで食わせてくれたり、本当に世話になった店なんだ。リョウちゃんが手伝ってくれるのなら、おれも応援するよ」

「今は師匠とボクがいるから安全性は保証するよ!」

「そ、そうなんですね。そうですね、あの、ご迷惑でなければ、働かせていただければと……」

「うんうん。じゃあ、病院で元気になったか聞いてもらって、大丈夫だったらカーベルトに紹介するね!」

「うん、よろしくね。ノインくん」

 

 本当にいい店のようだ。

 就職先があるのもありがたい。

 民宿ということは、住み込みも可能なのだろうか?

 この世界にも制服があるのなら、下着だけ買い足せばいいかな、と考えを巡らせる。 

 

「首輪の件も改めて調べさせてもらうと思うけど、首についているものだから特別な機材と鑑定できる人を王都に要請しなきゃいけなくなると思う。それが本物のアーティファクト級なら、おれの手には負えない」

「本物であれば、騎士フィリックスの給与十八年分に相当します」

「怖いこと言うなセレオっ」

「じゅ、じゅうはちねんぶん……っ」

 

 ゾッとした。色んな意味で。

 

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