手遊び(仮)

ひだり手

墓場通い

一時期ひどく精神を病み、眠れなくなってしまったことがある。

好きな音楽、好きな動画。どれも耳障りに聞こえてダメだった。

何も聞かずに眠ろうとすると、今度はしーんという静寂がやかましくて眠れない。


私は、深夜に出歩くようになった。

道を決めるでもなく、気の向くままに歩いた。

体を動かすと、いくらか気が紛れた。

しかし、困ったことが一つ。

深夜とはいえ、ごく稀に人とすれ違うことがある。

私が住んでいるのは田舎なので、あまり人目につくと、

〇〇の家の〇〇が夜中にふらふらしている。と噂になってしまうかもしれない。

人が寄り付かない場所はどこかないか?と思案した結果。たどり着いたのが「墓場」だった。


夜風で木々が揺れ、虫たちが鳴いていて、夜の墓場は思ったよりもにぎやかだった。

それが当時の私にはとても心地よかった。誇張ではなく、ここが今の自分にとって最も安らげる場所だと思った。

私の先祖の墓の周りには、胸の高さほどの塀が、墓を囲むようにして作られている。

もし誰かがやってきても見つけられないように、塀の陰に隠れるようにして背中を預け、星を見たり、虫の声を聞いた。


その日から、私の墓場通いが始まった。

味を占めた私は、缶ビールを持参して飲むようになった。

一本飲み終える頃にはほろ酔いになるので、そのままふわふわとした足取りで帰宅し、床に就く。

そうすると、すんなり眠れた。

もう夜の墓場に対する恐怖心は微塵も無くなっていた。


しかし、私の墓場通いは唐突に幕を閉じた。

いつものように缶ビールを飲んでいると、ぴたりと風が止み、さっきまで盛んに鳴いていた虫たちの声も聞こえなくなった。

自室で聞いていたしーんというあの静寂が辺りに重く立ち込める。

背筋を冷たいものが滑り落ちて、全身が強張った。

当時の精神状態の影響もあるだろうが、その時私はこう思った。

「ナニかが目覚めて、巡回を始めた。見つかったらまずいことになる」

私は口元をおさえて息を殺した。

ほどなくして、風が吹き始め、虫たちの声が聞こえてきた。

周囲に漂う空気も、心なしか和らいだような気がした。

体内にとどめていた緊張を吐き出すようにして、私は大きく息を吐いた。


ハア・・・


私のそれに重なるようにして、背後で何者かの吐息が聞こえた。


その日を境に、私は夜の墓場に行くのをやめた。

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