相棒

@k_motoharu

第1話

部屋に目覚ましの音が鳴り響く。


「…ん……」


音だけを頼りに手を伸ばし、目覚ましを止める。

朝はどうにも弱い。


「6時半、か…」


体をゆっくりと起こし、窓を見る。

今日は8時に部隊の召集命令がかかっていた。燈也が直接言いに来たくらいだ。重要な任務なのだろう。

俺は身支度を済ませ、会議室に向かった。



***



「お、サガミじゃん!今日はいるんだな!」

「全員揃うなんていつ振りだ?」


部屋に入ると、部隊の奴等が物珍しげな視線を向ける。


「直接言わなくても会議には出席してほしいんだがな…この前部隊メールの見方教えただろ?」


燈也が困った顔で話しかける。


「…メール?」

「あぁ。この部隊の奴しか見れないメールだ。召集かける時はそこに連絡を入れている。ちゃんと確認してるか?」

「…見ていない」

「なっ……!?あんなにメールの開き方を教えたのに……あの1時間を無駄にする気かアンタ……」

「開き方って…受信ボックス開くだけですよね?隊長」

「サガミが機械音痴っていうのは聞いたことあるけど……本当なのか?都市伝説か何かだと思ってた」

「疑うならあいつにメールの開き方を教えてやってくれ。俺はお手上げだ」

「いえ…遠慮しておきます…」


「無駄ですよ隊長。メールを見れたところで、どうせこいつは来ない」


そう話したのは辻(つじ)。俺が入る前からこの部隊に所属している男だ。燈也との付き合いが長い分、俺の態度が気に食わないのだろう。


「どういう経緯でこいつがこの部隊に来たのかは知らねぇが、てめぇが声掛けなきゃ会議にも参加しねぇ奴だ。俺達のことなんて何とも思ってねぇんだろうよ。自分の命ですら簡単に擲つような奴だ。そんなの…」

「辻。もういい」


燈也が話を止める。


「あの件に関しては、俺の方からサガミに伝えてある。もういいだろう」


あの件…俺が一人で黒軍に乗り込み、深傷を負って戻ってきた時のことだ。事情を知らないこいつらには、何も理解することはできないだろう。


「さて……予定より少し早いが、全員揃ったことだし会議を始める。次の作戦だが…」


先程までの会話がまるでなかったかのように会議が始まった。


『アンタは一人じゃねぇ…後から何かあったと聞かされて苦しむ奴だっているんだよ』

『勝手に死ぬのは絶対に許さねぇ』


あの時、病院で目覚めた俺に燈也がかけた言葉。

突然俺の脳裏をよぎった。


「サガミ、聞いてるか?」

「…おう」


ホワイトボードを見ると、敵のアジトが書かれているマップに部隊員の名前があちこちに貼られていた。作戦の配置の話をしていたらしい。

三人一組のチームで分けられている中、俺の名前だけ少し離れた場所にあった。


「ちっ、またサガミだけ単独行動かよ…」

「以上が次の作戦だ。場合によっては変わることもあると思うが、その時は臨機応変に対応してくれ。…あぁそれと、サガミ。通信機は忘れずに持っていけよ。使い方は大丈夫か?」

「通信機?…これのことか?」


俺はポケットに入れていたイヤホン型の通信機を取り出した。


「あぁ。5時間かけて教えたんだ。使い方忘れたなんて言わせねぇぞ?」

「ご、5時間…」

「これボタン押すだけですよね…?隊長暇なんですか…」

「そんなわけないだろう。おかげで次の日は寝不足だ」


ため息をつきながら燈也は話す。

俺はイヤホンを耳に入れ、通信機を操作した。


「…これでいいか?聞こえてるか?燈也」


燈也もイヤホンを耳に入れ、音声を確認する。


「あぁ、大丈夫だ。聞こえてる」


俺はイヤホンを外し、ポケットに入れた。


「普通に使えてたけどな…ほんとに機械音痴なのか?」

「さぁ…?てか、5時間も教え込まれたら間違えようがないだろ。ボタン押すだけだし」

「まぁとにかく、全員任務の時はこの通信機を忘れずにな。それじゃ、解散!」


こうして会議は終わり、9時から始まるホームルームに向けて各々が教室へと歩き出した。



***



「おい、燈也!」

「ん?…辻か、どうした?」

「さっきの作戦…サガミだけ単独行動ってどういうことだ」

「どうって…いつものことだ。人には向き不向きがあるだろ?あいつにはああいう戦い方の方が合ってる」

「通信機だって、あいつは今までで一度も使ったことがない。状況の報告だって一つもしたことないだろ!」

「でも、あいつはいつも必ず帰ってくる。使わなかったのも、使う必要がなかったからだろ」

「部隊に無断で敵地に乗り込むような奴だぞ!そんなのを一人で自由にやらせて大丈夫なのかよ!?」

「あいつは仲間を裏切るような奴じゃない。俺はサガミを信じてる」


「辻。お前は少し、仲間を信じることを覚えろ」

「…!」


そう言い残し、燈也は去っていった。


「…水瀬燈也。てめぇは少し、仲間を疑うことを覚えた方がいい」



***



───任務当日。


「サガミ!」


燈也が声を掛ける。


「…なんだ、燈也」

「今回の作戦、ああいう配置にしたが無理はするなよ。何かあったら俺達を頼れ。一人で何とかしようとするんじゃねぇぞ」

「…あぁ」

「…。」


すると、思い出したようにポケットから何かを取り出した。


「一応持っとけ」

「…これは?」

「煙幕だ」

「煙幕?」

「護身用だ。…持っていけ」

「…。」


俺は燈也から煙幕を受け取り、黙ってポケットに入れた。


「それじゃ、また後でな。気を付けろよ」


そして、部隊員全員がそれぞれの持ち場へ向かった。



***



どのくらい歩いただろう。人の気配は全くない。

ただ俺の足音だけが響き渡った。


「(燈也の読みでは、敵が潜んでいる場所はこの辺りなんだけどな…)」


あいつの予想は基本外すことはない。少なくとも、俺が入隊してからは一度も。

部隊の奴等が燈也の作戦にあまり口を挟まないのは、それなりの実績があるからだ。ただ一人を除いて────。


「!」


目の前にいたのは、想定外の人物だった。


「…っ……かはっ…!!」


突然、腹部に激痛が走る。

そこにはナイフが突き立てられていた。口からは血液が溢れ落ちる。


「辻…!」

「へぇ、ちゃんと隊員の名前覚えてんだな。燈也しか知らねぇのかと思ってたぜ」


辻はケラケラ笑うと、そのまま勢いよくナイフを引き抜いた。

腹部からは血が溢れ、白のブレザーを赤く染めていく。


「…なぜここにいる。お前の持ち場は、ここじゃないだろ…」

「なぜ?この状況を見ても分からねぇか?」

「…一緒に行動してた奴等はどうした」

「さぁ?どうだろうな」


こちらの質問に応じる気はないらしい。


「燈也の読みが外れて驚いたか?こんなこと初めてだもんなぁ?」


辻は続ける。


「見ての通り、俺は黒のスパイだ。あいつの立てた作戦は全て筒抜けってことだ」

「…。」

「こんなこと言うのは癪だが、あいつの読みは合っていた。俺達の作戦は、急遽それに合わせて変更されたものだ」

「…そうか、そいつは大変だったな」

「なめるな!」


辻からの攻撃に先程の傷を庇いながら応戦する。

相手の動きには一瞬の隙もなかった。


「その傷でその動き…思ったよりやるじゃねぇか。けど、その出血量でいつまで持つだろうなぁ!!」


辻の武器は接近戦に優れたナイフ。

これ以上間合いを詰められると、俺の斬馬刀でも対処しきれない。

俺は形勢逆転の機会を伺いながら、奴との戦いを続けた。



***



どのくらい経っただろう。

周囲の建物は崩壊し、積まれた瓦礫で戦闘範囲も狭まれていた。

血が足りなくなってきたのか、斬馬刀を握る手にも力が入らなくなってきた。


「おいおいどうしたぁ?息が上がってきてんぞー?」

「……。」

「先に逝った仲間達も寂しがってるだろう。…次で終わらせてやる」


辻が再び攻撃体勢に入る。

応戦しようとしたその時だった。


「!」


足がもつれ、地面に膝が着く。

辻はその隙を見て一気に間合いを詰める。

体勢を立て直そうにも間に合わない。


「……くっ…!」


俺は辻の動きを読み、間一髪のところで攻撃を受け止めた。

ナイフと斬馬刀のぶつかる音が響き渡る。


「諦めが悪いぞサガミ。てめぇに勝ち目はねぇ」


そう言って力ずくで押し切ろうとする。

体に力を入れる度、傷口から血が止めどなく流れていく。


『何かあったら俺達を頼れ。一人で何とかしようとするんじゃねぇぞ』


ふいに燈也の言葉が頭をよぎる。

俺は自分のズボンのポケットに目をやった。


「さぁ、もう十分だろ。このままやっていても、いずれは出血多量で負ける。」

「どうやらそうみたいだな…見ての通り、今の俺はお前の攻撃をしのぐのに精一杯だ…けどな…」


『勝手に死ぬのは絶対に許さねぇ』


「俺はまだ、死んじゃいけねぇ」


俺は、ポケットに入れていた煙幕を投げる。

辺り一面が白く染まる。


「なっ…、煙幕……?!てめぇ、いつの間にそんな物を…!!」

「……。」


驚く辻を後に、俺は崩壊した建物の影に身を隠した。



***



「はぁ………はぁ………」


地面にできる限り血痕を残さないよう、今出せる最大の速さで移動した俺は、立ち上がることすら儘ならなくなっていた。


「…もう、これしか方法はなさそうだな…」


俺は、イヤホン型の通信機を起動させる。

繋げた先は────燈也だった。


「もしもし、こちらコードC。状況は?」

「………燈也、俺だ」

「…っ!サガミ…?!」


俺の声色から、大体の状況を察したようだった。


「大丈夫か?今、どこにいる」

「……。」

「サガミ、聞こえてるか?応答をっ…」

「………手を、貸してほしい」

「!」


「かくれんぼは終わりだ!サガミ!」


辻の声が聞こえた次の瞬間、傷口を抉るように腹部を蹴りあげられ、遠くにあったコンクリートの壁に打ち付けられた。


「かはっ……!」


壁に寄り掛かりながら座り込む俺に、辻はゆっくりと近付いてくる。


「さっき誰かと話していたようだが…相手は燈也か?」

「……。」

「助けを求めても無駄だ。てめぇも知ってんだろ、今から呼んだところで間に合うはずがねぇ」


今回の作戦では、燈也と俺の場所は真反対に配置されていた。これから向かうにしても、かなりの時間を要する。

あいつが間に合う確率はゼロに等しい。


「武器を捨てろ、サガミ。今すぐ仲間の元に送り届けてやる」

「…そいつは無理なお願いだな」

「何?」


俺は斬馬刀を地面に突き刺し、体重をかけながらゆっくりと立ち上がる。


「…それが隊長命令だ」


刀を持ち直し、一気に攻撃を仕掛ける。

再びナイフと斬馬刀のぶつかる音が響き渡った。


「(何だこの速さ……その傷でまだそんな力を残していたとでもいうのか……?!間合いに入る隙もねぇ……!!)」


斬馬刀の刃が辻の肩を掠める。

辻は思わず顔を歪ませる。


「どうした。黒軍はその程度か」

「くそっ、化け物め!」


斬り合いは暫く続いた。

どうしてまだ動けるのか、自分でも分からなかった。


傷口が少しずつ開き、血が流れ落ちていく。

俺の動きは時間を追うごとに鈍くなっていった。


そして辻は、ついに俺の背後を捉える。


「やっぱりただの悪足掻きだったみたいだな。後ろががら空きだぜ」


俺の背中を目掛けてナイフを振る。

その時だった。

金属音が鳴り響くと同時に、背中に向けられていたナイフが宙を舞う。


「悪い、遅くなった」


背後から聞こえたのは、燈也の声だった。

俺はゆっくりと前に向き直る。


「なんでてめぇがここにっ……あの短時間で来れるわけが……!!」

「それは、“アンタが知ってる配置だったら”の話だろ?」

「何…?」

「最初からこの作戦は、ダミーだったんだよ」


燈也は続ける。


「部隊の中に黒がいるのは薄々気付いていたが…まさかアンタだったとはな」

「……。」

「スパイと思われる奴を絞って、俺は二つの作戦を立てた。その一つは、俺が全員に伝えたもの。そしてもう一つが、今アンタの目の前で起きているものだ」

「…初めから全部お見通しってわけか。てめぇの本当の配置も、ここから近い所にあった。そしてそれをサガミは知っていた…。てめぇは俺よりもこいつのことを信じたんだな」

「先に裏切ったのはアンタだろう。それに、俺が部隊の仲間全員を信じているお人好しとでも思ったか」


燈也は三節棍を構える。


「そんなんじゃ、部隊長は務まらねぇよ」


辻も、懐からもう一本のナイフを取り出す。


「じゃあここらで決着つけようや、部隊長さんよ」

「手負いのサガミに苦戦していたアンタが俺に勝てるのか?」

「ちっ、なめんな!!」


辻は一気に攻撃を仕掛ける。


「サガミ!アンタはとにかく止血だ。…顔色が悪いぞ」

「…あぁ、すまない」

「おいおい、よそ見してていいのかぁ?!」


そう言って燈也に斬りかかる。

しかし、燈也は相手を見ることもなく三節棍で辻の攻撃を弾く。


「何っ……!」

「アンタの攻撃パターンは把握済みだ。俺には通用しない」

「ふざけっ……!!」


辻が言い終わる前に、三節棍で全身を突く。


「ぐはっ……?!!?!」


そのまま地面に倒れる。

燈也は止めを刺す準備をする。


「最後に教えろ。アンタのボスは誰だ」

「…へっ、言えるかよ……けど、ここにはいないぜ。…ま、精々頑張って探すこったな……」


辻は、懐から何かを取り出した。


「っ!…燈也!!下がれ!!」

「!!」


手には手榴弾が握られていた。

俺が叫んだその直後、凄まじい爆発音が聞こえた。

衝撃波で飛ばされ、そのまま意識を失った。



***



目が覚めると、隣には燈也がいた。


「サガミ、気が付いたか」

「…ここは」

「病院だ。ったく、あんな傷でよく動けてたな。救護班の奴らドン引きだったぞ」

「通信機で『俺が行くまで持ちこたえてくれ』って言ったのはお前だろ」

「無茶しすぎなんだよ、アンタ。呼ぶならもう少し早く呼べ」


燈也はため息をつく。


「ま、一人でどうにかしようとしなかっただけいいか」

「…お前の説教はもう懲りごりだからな」

「説教ってほど言ってないだろ」


ふと燈也の腕を見ると、包帯が巻かれていた。


「…その怪我はどうした」

「え?あぁ、爆発が起きた時にちょっとな。ただの掠り傷だ」


どうやらその腕で俺を救護班の元に運んできたらしい。


「…悪い、手間かけさせた」

「こんなの手間の内に入らねぇよ。気にすんな」


「そういえばサガミ、あいつに一回背中向けただろ。いくら重症だったとはいえ、背後は気を付けた方がいいぞ」

「…お前が来たんなら、別に守る必要ないだろ」


そう言うと、燈也の言葉が止まった。


「……。」

「……。」

「…急に黙るなよ」

「あぁ、悪い…。けど、アンタからそんなこと言われるとは思わなかったからよ」


燈也は嬉しそうに微笑む。


「…俺を黒だとは疑わなかったのか?」

「え?」

「辻も言っていたが、なぜあいつよりも俺を信じたんだ?付き合いも、あいつの方が長いだろ」

「まぁ、時間の長さで言えばそうだな。…でも、アンタは誰かを裏切るような奴じゃねぇ。それは、部隊長の俺が一番よく分かってる」

「……。」


燈也はゆっくりと立ち上がる。


「まぁ、今はとにかく休め。怪我が治ったら、部隊に顔出しに来いよ」


燈也は小さく手を振ると、病室を後にした。

俺は再び目を瞑り、深い眠りに入った。

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