約束の花

@k_motoharu

第1話

「あはは、こんなところにいたのか」


一人でブランコに座る俺に微笑みながら歩み寄ったのは、おじさんだった。


「…なんだよ」

「いくらブランコでも、一人じゃ楽しくないだろう?」


そう言って隣のブランコに座る。


「…大人だから、ブランコなんて乗ってもつまんないだろ」

「案外そうでもないよ?滅多に乗らないからこそ、少しワクワクする」


微笑んだ顔をこちらに向ける。


「それに、隣にはサガミがいるからね」


そう言って、明らかに体の大きさに合っていないブランコを漕ぎ始める。


「…何しに来たの」

「サガミがそんな浮かない顔してるのに、放っておけると思うかい?」

「…父さんならそうする」

「あはは、…そっか」


ブランコを止めて少し間を開けてから、おじさんは話を切り出した。


「それで、都古とどんな喧嘩をしたんだい?」

「…誰も喧嘩したなんて言ってない」

「そんなの言わなくなって分かるさ」


優しい目をこちらに向ける。


「話してもらえるかい?」

「…嫌だ」

「俺だと話せない?」

「…言いたくない」

「どうして?」

「……。」


俺は沈黙を貫く。


「じゃあ…お母さんには話せる?」

「おばさんだったら……多分、大丈夫」

「そっか…俺はそこまで信用されてなかったんだね」


そう言うと、おじさんは悲しそうに笑う。


「余計困らせちゃったかな、ごめんね」

「……。」

「お母さんならまだ家にいると思うから、気持ちが晴れないなら相談に行ってみるといいよ。俺はその間散歩でもして来るからさ」


ブランコから立ち上がり、立ち去ろうとする。


「………待って!」

「ん?」

「…俺がおじさんに言ったこと、都古には言わない?」

「え?」

「俺から話を聞いたこと、都古に言わないって約束してくれるなら、全部話す」

「あはは、余程のことなんだね」


そう言うと、おじさんは俺の前にしゃがんだ。


「分かった。約束する」

「……。」


俺は辺りを見回し、都古が近くにいないことを確認してから話を切り出した。


「おじさんの…誕生日プレゼントを考えてたんだ。都古と二人で」

「えっ?」

「そしたら都古が『今まで見つけたことのない花をプレゼントしたい』って言い出して、図書館で図鑑を見てたんだけど…この辺で見つけられる花は大方じいさんと見つけちゃってたから、良いのが無かったんだ」

「…。」


おじさんは俺の目を見ながら黙って話を聞いていた。


「だから俺が『花以外のものにしよう』って言ったんだけど、花じゃなきゃ嫌だの一点張りで…それで…」

「そっか…そんなことがあったんだね。サガミが『言いたくない』って言ってたのって…」

「サプライズにしようって話してたから。都古のやつ、すっげー張り切ってたから、言いたくなかった。でも、それでおじさんが悲しむのは…もっと嫌だ」

「……。」


すると、おじさんはポンと俺の頭を撫でる。


「ありがとう。その気持ちだけでも十分嬉しいよ。でもね、サガミ。俺のために二人が喧嘩をするのは、君から相談をされないことよりも悲しいんだ。俺は、二人にはいつまでも仲良しでいてほしい」


そう言って、手を頭から離す。


「それに、サガミにそんな顔もしてほしくないしね」

「…俺はいつもこんな顔だよ」

「俺に違いが分からないとでも?」


おじさんはふふふと笑う。両耳が熱くなるのを感じた。


「と、とにかく!今言ったこと、都古には内緒だからな!」

「あぁ。男と男の約束だ」


俺の前に小指を出す。

ゆっくり指を重ねると、おじさんは優しく上下に動かした。


「さてと、サガミはこれからどうする?都古なら家に戻ってると思うよ。俺は…夕飯の買い出しに行こうかな。せっかくだし一緒に来るかい?」


立ち上がると、おじさんはにっこり微笑んだ。


「…いや、都古に会ってくる」

「そっか、気を付けてね」


小さく手を振ると、そのままスーパーのある方へ歩いていった。

おじさんが交差点を曲がったのを見届けると、俺も都古の家に向かった。



***



「お父さん!誕生日おめでとう!!」


部屋の中でクラッカーが鳴り響く。

今日はおじさんの誕生日パーティーの日。島津家に呼ばれて、俺も参加していた。


「あはは、皆ありがとう」


飛んできたクラッカーのテープを頭に乗せたまま、おじさんは幸せそうに笑う。


「都古、あれいつ持ってくるんだ?(小声)」

「今持ってくる!」


都古は椅子から勢い良く飛び降りると、そそくさと部屋を出ていった。


「おや?都古。どこ行くんだい?」

「ちょっとトイレ~!」

「そうだ、今のうちにケーキ取ってくるわね!」


そう言っておばさんも立ち上がり、台所へ向かう。

リビングには俺とおじさんだけが残された。


「都古とは仲直りできたんだね」

「…うん」

「ふふ、よかった」

「おじさん。この間の約束、覚えてる?」

「あぁ、勿論」


おじさんはにっこりと微笑む。


「はいはーい!ケーキ持ってきたわよ~!」


おばさんが嬉しそうにケーキを運んでくる。

すると、リビングのドアが開いた。


「お父さ~ん!!これ、サガミと都古から!」


プレゼントを持った都古が入ってきた。


「サガミもこっち来て!一緒に渡そう!」

「…俺は見てるだけでいい」

「だーめっ!サガミも一緒に渡すの!」

「あっ、ちょ…!」


半ば強引に椅子から降ろされた俺は、都古と並んでおじさんの前に立った。


「はい、こっちの端っこ持って!」

「だからいいって…そんな重たい物じゃないし…」

「持って!!」

「……。」


俺は都古が持っているプレゼントの反対側の端を持つ。


「せーのっ!お誕生日おめでとう!!」

「…おめでとう」

「あはは、ありがとう。都古、サガミ」


言葉はバラバラだった。

でも、おじさんは嬉しそうにプレゼントを受け取った。


「おや?これはなんだい?」


袋から出てきた二つ折りの画用紙を不思議そうに見つめる。


「いいから開けてみて!」


おじさんはゆっくりと開く。

そこには不格好な文字と、折り紙で作った花が貼ってあった。


「お手紙とお花だよ!難しい字はサガミに教えてもらったの!」

「本当だ、二人分書いてあるね。…この花は?」

「…まだ見つけたことのない花」

「えっ?」

「図鑑に載ってた花なんだけど、この辺には咲いてなくて…だから折り紙で作ったの!」


都古は嬉しそうに笑う。


「こんな形の花も、俺達が作った花も、おじさん見たことないだろ?」

「本当は本物の花を渡したかったんだけど…それは、いつか大人になって遠くまでお出掛けできるようになったら見つけてくるの!サガミと約束したんだ!」

「そっか…」


すると突然、おじさんは俺と都古を強く抱き締めた。


「わっ…!」

「ありがとう。すっごく嬉しい」


俺達を離しても、おじさんは笑顔のままだった。

それが約束を守るための作り笑いでないことは、子どもの俺にも分かった。

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