第13話 秘密の部屋?
みんな、棚に飾られてある写真に注目した。棚の上半分を占めるガラスの開き戸の奥は複数段に区切られてあり、その上にいくつもの写真が飾られてあった。
「下の段の写真は、どれも聡くんが写っていて、ここ数年の間に撮られた写真だと思います。けれど、上の段の写真は、もっと昔、例えば、15年以上前のものだと思います」
「おう、夏子ちゃん、そうなの?」
「はい、村田さんが、上の段の写真の聡くんが女の子みたいだって言ってくれたから、気づいたんです」
「え、俺のおかげ?」
係長は妙にニヤけた。
「はーい、夏子ちゃんから離れて下さーい」
京子は係長の上着の襟を掴んで、夏子から引き離した。
「上の棚の写真、4歳とか5歳くらいの子どもが写ってます。女の子みたいな服装だけど、私は聡くんだと思ってました。でも、一緒に写ってる森脇さんがすごく若いんです、若すぎるんです。それに、この保育園で撮られた写真、手に持ってる紙、よく見ると、“さとし” とは書いてないんです」
「え、何て書いてあるんだ? おう、読めないぞ」
係長は棚のガラスに顔を擦り寄せて、写真を見た。
「そうですね。白の紙に黄色のクレヨンで書いてあるので、読みにくいですね。でもよく見ると、“ともえ” って書いてあるんです」
「え!」
みんな思わず小声で驚いた。
「あー、ホントねー」
京子が写真をガン見して確認した。夏子は森脇さんをチラッと見た。森脇さんは目を閉じてじっとしていた。
「犯人は、いえ、犯人って言い方は良くないですね。田中さんは、この写真に気づいたんです。自分が写っている写真だって。それと机の上にある手紙にも。受け取り拒絶とか宛先不明で森脇さんの所へ返却された手紙がたくさんありました。日付が10年以上前のもので、宛先は田中さんのお母さんだと思います。それらを見て、田中さんは気が変わったんです。初めは、監査報告書を持ち去って、そのままにしておこうと思っていたのかもしれません。もしかしたら、すぐに返すつもりだったのかもしれません。それは私にはわかりません。でも、この写真や手紙を見て、田中さんの考えが180度変わったはずなんです。自分と母親が経済的に苦労してきたことの恨みを向けるはずの相手が、自分のことをずっと忘れずにいてくれてたことを知って、田中さんは自分の考えを変えたんだと思います。監査報告書はその手紙の上に置いてあったんですよね」
みんな夏子の推理に聞き入ってしまっていた。
「あ、それはつまり、社長の娘さん……」
木下さんが困惑していた。
「……夏子さん、素晴らしい推理でした」
森脇さんが静かに言った。
「巴は私の娘なんです。巴がまだ幼かった頃、私は父から会社を引き継いだばかりで、家庭を顧みずに、仕事に打ち込んでいました。情けないですが、そのせいで、妻に愛想を尽かされてしまって……離婚してしまいました。その後、再婚して、聡が誕生したんです。けれど、なんとか元妻や娘と繋がりを持ちたいと思って手紙を出し続けたのですが、受け取ってもらえずに、いつしか住所もわからなくなり、音信不通になってしまいました。手紙、捨てられなくて、しまってあった手紙を出して、見てたんです。……インターンシップに応募してきた書類を見ていて、心臓が止まるかと思うほど驚きました。昔の面影が残っててねえ……巴って……私がつけた名前なんですよ」
森脇さんは感慨深げに語った。
「私のせいなんです。私のせいで、皆さんにご迷惑をおかけすることになってしまって、本当に申し訳ない」
森脇さんは椅子から立ち上がって深く頭を下げた。
「社長、そんな」
杉田さんが森脇さんを椅子に座らせようと支えた。
「聡も巴も怪我なく無事でいるんですね」
森脇さんが尋ねた。
「はい。私の推理が当たっているなら、聡くんも巴さんも」
夏子は少し不安げに答えた。
「あ、夏子ちゃん、すごい推理なんだけどさ。田中さんは、秘密の部屋に隠れて、出てきたり、また隠れたりしてるってこと?」
係長が不思議そうに尋ねた。
「誰にも見つからずにどうやってそんなことが……ていうか、一体どこに隠れてるのかしら」
私も不思議そうに疑問を吐いた。
「おそらくですが、私たちの会話は、聡くんと田中さんに聞こえているはずです。私たちの行動も、二人には筒抜けだったのかもしれません」
そう言って夏子は天井を見上げた。
「え? 上?」
係長は部屋の天井をあちこち見回した。全員が天井を見上げた。
「村田さんたちが庭で塀の確認をしてた時、私はこの切妻屋根の家の構造を見ていました。切妻屋根の家には、広い天井裏があります。この部屋は家の一番奥の角に当たります。この部屋の奥の部分だけ、壁の材質や色が異なってたんです。たぶんですが、元々あった家を増築した時に、古い家を一部だけ残す形で増築したんだと思います」
「夏子ちゃーん、さすがー、建築を勉強してるだけあるわねー」
「その古い家の部分が、この棚の向こう側になるはずなんです」
夏子は棚の方を向いて言った。
「いや、この棚、床に釘で固定されてて、動かせないんだけどな」
係長はしゃがみこんで確認した。杉田さんは棚の横の壁をコンコンと小突き出した。若い社員たちもつられて壁に異常がないか触り始めた。係長は棚の下側の大きな引き戸を開けた。
「ここは、人が隠れられるくらいの大きな開き戸だから、すでに確認したけど。中は何も入ってないし」
係長は内側に顔を突っ込んで覗いていた。私は、棚の左隣のクローゼットを開けた。すでに調べた時と同じく、礼服や喪服などがハンガーに掛けられていた。それら服をかき分けて、クローゼットの背板に手を伸ばした。
「おう、香崎、何かありそうな感じがするな」
係長が横から手を伸ばして背板を触ると、前後にほんの数ミリといった具合でペコペコと動いたのだ。服を全てのけてみると、背板の下側に窪みがあった。そこに指をかけて持ち上げてみると、背板が外れたのだ。
「おいおいおい、向こう側に空間があるぞ」
係長はクローゼットの奥から目をそらさずに外れた背板を床に置いた。
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