第2章 -4-
───夜、19時を回った頃。
夕食を終えた俺は、美月に「部屋を覗くなよ」と念を押して自室のゲーミングチェアに深く腰掛けた。
深く深呼吸をしてゴーグルを被り、いざ、空蝉町へ・・。
まだ慣れておらず、歩く時などは現実の足がちょいちょい動いてしまうが、数分もすれば意識的にも没入していた。
左手の親指と人差し指で『L字』を作ると、コンソールメニューが表示される。
『周辺の地図』を選択すると、視界の右上の方にRPGみたいなミニマップが表示された。
フレンドリストを開いてみた。
そこに表示されている『Arisa』の文字に目を止めて、昨夜の様子を想い出していた。
この時間だから、高校生は一家団欒の時間だよなー。
また会いたいと思う気持ちを鎮めようと努めた。
フレンドリストには『茜』も表示されていて、パっと文字が明るくなった。
きっとログインしたって事なんだろう。
メニューを閉じて、集合場所の公園を目指した。
公園に到着すると既に、慎太郎と麻衣、茜が居た。
薄暗い公園の広場。街灯に照らされている3人が見えた。
そういえば、あまり気にしていなかったが、慎太郎と茜は普段よく見る服装だった。
俺自身は最初にログインした時の服装のようだ。
麻衣だけ、可愛らしいメイド服だった。大きな丸い伊達メガネまで掛けている。
「あれー?麻衣、その恰好はー・・」
「あ・・だって、仮想世界だから、アバター変更してみたりとか・・するよね?(汗)」
「したい!したい!凄っい可愛いよ!あたしも衣装欲しい!どこで手に入れたの!?」
「顔や体系は変えられないでござるな...。」
慎太郎は残念そうに自分の体を観ている。
そうこうしていると、遠くから宏が駆けてきた。
「おおーーい!遅くなったぜーーー!すっげーーーーな、これ!!」
俺たちと合流した宏は、飛び跳ねたり柔軟体操したりしている。
「あれ?麻衣か?メイド服、いいね!!」
「♡」麻衣はもじもじしている。
それにしても流石は宏だ。運動神経というか、適応能力みたいなのがずば抜けている気がする。
俺は未だに歩き方もぎこちない...。
唐突に茜が「Arisaちゃんに声掛けてみたよ!」と皆に報告する。
ぇぇー・・俺は遠慮していたのに・・でもナイス!
「なんて?」
平静を装いつつ、ドライに。
「へっへっへー(ニヤニヤ)今、こっちに向かってると思うよ。」
「おおー!一樹のお気に入りちゃんか!?」
「楽しみでござる(ニヤリ)」
「きゃー♡」
こいつら...。
皆で公園の出口付近に移動して、Arisaを待つ事にした。
仮想都市だAIDだと言っても、辺りは暗いし心配だ。
・・どっちから来るんだろ?とキョロキョロしていると、
通りの向うから歩いてくるArisaを見つけた。
(ここだぞー)と思いを込めて手を振ると、
Arisaもこちらに気付いて走り出した。
次の瞬間・・脇道から飛び出してきたトラックにはね飛ばされるArisa・・
こういう時って、脳内の時間の流れが変化するのだろうか。
Arisaが数メートル飛ばされてブロック塀に激突し、倒れ込む様がまるでスローモーションのように見えた。
「Arisaー!!!」
俺が叫ぶ声で皆、Arisaが居た事に気付いたようだ。
「きゃ」「え?」「お?」「あれ?」
振り向いた皆を尻目に、倒れているArisaの元へ駆け寄った。
「Arisa! しっかりし・・ろ?」
何事も無かったかのように・・むくりと立ち上がるArisa。
何事も無かったかのように・・走り去るトラック。
何事も無かったかのように・・俺に笑顔を向けるArisa・・。
『お待たせしちゃいました(ニコッ)』
「あれ?何ともない?・・の?」
『はい。私たちAIDは怪我をする事はありませんよ?ビルの屋上から落っこちたって、へっちゃらです(笑)』
皆も駆け寄ってきていた。
「Arisaちゃーん♪こんな時間にごめんねぇ~。夜のお出掛け、大丈夫なの?」
『茜さーん♪メッセージありがとうございまぁす。全然大丈夫ですよぉ~。アバターの方々とは仲良くしてきなさいって、お父さんが。』
ちょっと没入し過ぎていたようだ。
ここは仮想現実の世界。
彼女はAI制御のキャラクターでしかないんだと自分に言い聞かせる。
さて、このまま公園で過ごすか、近くのファミレスに入るかで決をとって、
ファミレスに移動した。
「俺たちアバターで、この世界のお金?とか持ってないんだけど、大丈夫・・ですか?」
席まで案内されながら、念のためウェイトレスのAIDに聴いてみた。
『はい、お代は必要ありませんので大丈夫ですよ。ごゆっくりおくつろぎください。』
やっぱり支払いは必要ないんだ・・。
俺はコーヒーを注文したが、Arisaと麻衣と茜はパンケーキのセットメニュー、
慎太郎はパスタセット、宏は300gの最高級ステーキを注文していた。
すぐに、注文した品々が目の前に並べられた。
味も匂いもしないが、ビジュアルと音は超リアルだ。
現実で晩飯は食べた後だったが、お腹が鳴りそうだ。
宏のステーキをひと口、味わわせてもらった。
パクっと食べるフリをしただけ。
何の味もしなかった。文字通り味気ないものだ。
『一樹さん、パンケーキもどうぞ?』
と、Arisaが「あ~ん」の状態で俺にパンケーキを一切れ差し出してきた。
皆の視線が集中する。
合わせて楽しむべきか否か、脳内シミュレーションして0.3秒で解を出す!(チーン☆)
「あーーーむ♪」
うひゃーきゃーと周りが騒ぎ立てるのは想定通りだ。
『美味しいですか?』
「味はしないけど、美味しい気がする(あむあむ)」
仮想世界での『ごっこ遊び』みたいなものだし、皆の期待を裏切るのも忍びない。
求めるのならば楽しませてやろうじゃないか。
等々、頭の中で自分への言い訳を唱えながらも単純に嬉しい♡
「ズルい!あたしのもはい! あーんして!」
ぇ?茜も?・・これは想定外だった。
断ると後々面倒になる悪寒が走る。0.1秒で解が出る(チーン☆)
「ぁ・ぁーーーん」
「美味しい?(ニコッ)」
「味はしな・・ぁー、うん、美味しい、とっても(汗)」
皆で盛り上がる中、麻衣がもじもじしているのが見えた。
「(宏ぃー、お前も麻衣に一口もらうかあげるかしてみろよぉ)」
俺ばっかりネタにするんじゃねーという想いを込めて小声で告げる。
「(ぉ?そ・そうか?)」
「麻衣~、俺もそのパンケーキ、食べてみたいなー。あーーーん♪」
「ぇ!はっ・はい!・・ど・どうぞー!!ご・ご主人様♡ とか言ってみたりして♡ きゃー♡」
「拙者には無いでござるか?」
口元にパスタのミートソースを付けた慎太郎が寂しそうだった...。
ひとしきり盛り上がった後、宏、麻衣、慎太郎もArisaとフレンド登録をした。
次の休日は朝から集まって、空蝉町を散策しようかという話になり、
Arisaも友人を連れて集まる約束をして、この日は解散した。
ゴーグルを外すと途端に現実に戻される。ちょっとフラフラする。
部屋の入口がちょっと開いていて、妹がニヤニヤと覗いていた。
「お兄ちゃん、何食べてたの?(笑)」
ぬぐっ!?
手足の動きはマインドセンスとやらで連動してくれるが、お喋りは現実でも声が出ているのだった・・。
次回のバージョンアップでどうにかならないか期待しよう...。
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