より良き世界の逃避行
小説狸
第一章 希望
第1話 家出少年
笑いながら過ごす日々、楽しく交わる心豊かな家族。
それが当然、世の中の理想ならば、その反対を表すのはこの僕であろう。
家族は呪い。そう語る人はいるが僕はそう思わないんだ。だって呪いなんかよりも醜いから。
虐待なんて僕は受けていないし、家族から酷い扱いなんて受けていない。
両親は温厚で。兄はちょっとだけ捻くれているけど成績優秀で、その結果大手企業に就職した。
妹は兄と同じく成績優秀で、生徒会長も務めている家族の誇り。家族全員、絵に描いたような優秀な人間たち。周りから見て、憧れの家族。
その中にいる僕、
じゃあ僕は何なんだ。
あれは、去年のことだった。
受験が近づいていた僕は焦っていた。
あの時は、僕ならできる。僕でも、家族と同じ高さの場所で歩いていける。そう思っていた。
だから、受験で目指したのは、ここの地域の中で一番偏差値の高い進学校である、桐里高等学校を志した。
そこは、兄も通っていた学校で、家族もそれを応援してくれた。
僕は、中学では何にもならなかった。
そう思いたい。しかし、結果は変わらないので、言い直すことにする。
僕は何者にもなれなかった。
僕ができたことは何もなかった。
劣等感に押しつぶされそうで仕方ない生活が僕を蝕んだのかもしれない。
必死に勉強して、成果は出ず得意だったピアノでさえも、同級生にはコンテストに入賞するほどの実力を持つ人だっている。
僕の大切なものは、全部壊れてしまった。
僕が大切にして、心の拠り所でもあり、僕のアイデンティティを守り抜くものであったそれらは、全て、他のものに圧倒されて、消えてしまった。
そして、受験が始まる。僕はこれで家族と対等になれる。きっと、そこからは幸せになれるなんて、思っていたが、
緊張に押しつぶされて、志望校を共に目指す複数人の友達の中で、最低点を取った。
みんな、優しいから慰めてくれた。
でも、その感じが怖くてたまらない。
そこで、わかってしまった。
特別、何かが出来るわけじゃない。
人前に立てるほど美しくない。
信用されるほど、仲を深められない。人と喋ることが苦手。人の目を見ることもできない。
じゃあ、何なんだよ。
だから、僕は気づいたんだ。
この家族に僕は必要ない。
だから、僕は思うんだ。
誰もが当然だと思っている美しい世界は、とても醜い汚れたものがあるから成り立っている。
そして、僕はその綺麗な世界で生きているのではなく、汚れた醜い世界で生きているのだ。
綺麗な世界において、僕の存在価値は存在しない。醜い世界に、存在するのであれば、僕の存在価値は在るのだろうか。
そんな、側から見れば、煩悩のようなものが、僕の身体に寄生している。
僕はそれが嫌になった。
生きていることが苦しくなった。
しかし、全てを忘れて自殺などしても何一つ変わらないことに私は気づいていた。自殺とは全てを捨てること。
次の人生に賭けて、やり直すためのもの。
そんなふうに思っている人は綺麗な世界の住人であり、僕とは共存していない。
次の人生がある、そんなわけがない。
未知の物を切り開こうとするのはいいが、取り返しのつかない物は切り開かない。だって、一度起きた出来事は絶対に戻らないのだから。
でも、僕には僕と似た境遇の友達がいた。彼は僕と同じ気持ちを家族の中で感じていた。
彼は、松崎相馬。最高の親友だった男。
彼がいたから、僕は絶望しないで済んだ。
半ば、共依存という形に見えるこの僕らの関係は、受験が終わってから、常に縛りが増えた。
彼と約束した。二人で東京に行って、自由を手に入れようと。醜い世界の住民になって、たくさんの人と過ごしていこうと。
「あの街には何が在るのかな」
僕は相馬に話しかけた。彼はきっと僕と同じ答えを言うだろう。
「「
二人で笑い合う。
やはり、似ている。
「東京に行ったら、何か、大切なものができるのかな、相馬」
心の底から、湧いてくる不安を相馬に尋ねる。
「絶対にあるよ」
彼はいつも自慢げに笑う。僕にはないけど、気持ちはわかる気がする。
今考えると、相馬は僕の大切だった。
だから、僕は死なないで済んだ。
でも、彼はもういない。
交通事故で亡くなった。
彼の母から連絡が来た時の、期待と不安の混ざった気持ちは今も胸の中に残っている。
亡くなったという事実が頭に読み込まれなかった。読み込まれなかった。
手に力が入らなく、亡くなっという言葉を聞いた瞬間、手に力が入らなかった。
僕の身体は脱力感に満ちていた。
それは、幸福ではなく、空虚でただ、理解を拒んだ僕の生命的な反応。
涙なんか一滴も目から落ちなかった。
時に世界は無残だと思う。この美しい世界の中には、醜さの塊である僕らを排除する機能が備わっている。
僕らを害虫とでも思っているのだろうか。
彼を失ってしまった僕は、もう、何もない。
でも、彼と作ったあの、約束は、まだ心の中に残った。
だから、僕は。
高校一年の五月雨、僕はこの街を離れた。
僕は家出したんだ。家出少年の心の内は酷いものだろう。後悔などの愚念に惑わされているのだろう。
でも、僕の心には不安がなく、いつか見たあの青空のように綺麗に澄み切った自由を感じていた。
僕は東京、歌舞伎町に向かった。
家から電車を使って自由を満喫して行った。
ここから、東京までは片道3時間。
きっと、逃げられるはずだ。
何に逃げているのか分からないが。
お金は家の財布から6万円程度、持って行った。
初めて見る東京には驚いた。何でも光っている街は僕にとって近未来的で。みんな洒落な服を着ていて。外国人も沢山いて。僕の街とは全く違う世界であった。
それが原因なのか、この開放感が原因なのかは分からないが、僕はたくさんの食べ物を買っては食べた。
旅道では極力人混みに入りたくなくて。
何も食べなかった。
この空腹感に負けてしまったのか、僕は3万円も消費してしまった。この満腹感は僕の欲望を満たして、眠たくなる。僕が空を見上げる頃にはもう空は蜜柑色の夕焼けで、歩くと日が沈んでいく。
車の走る音が耳にずっと響いている。あの街とは違う、ガスの匂い。そして、目の前に広がる汚れたアスファルト。
それら全てが集まって、東京はもう夜の街になってしまった。
おしゃれな人が沢山いて、柄の悪い人もいて、
でも、恐怖なんて感じていなくて、ただ楽しみで仕方なかった。
街の真ん中で止まり、空を見上げる。
家出少年になったんだな、人混みに紛れる僕を気にしない人々の熱気と自分を肌を通して感じた。
「ああ、自由だ。」
そう呟いてしまうほどに、汚れた醜い世界は僕の心に灯りを灯した。
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