ジゴクイッポテマエ(カリ)
黒石廉
深夜の公園から
01 公園にて
湿気を多分に含んだ生暖かい風が頬を撫でる。
目を開ける。あたりは暗い。街灯からの光に照らされていないところは真っ暗である。
かすかなかゆみをおぼえて、顔に手をやる。じとっとした汗が指についた。
顔も首も背中も汗ばんでいる。しかし、耐えられないというほどの暑さではない。
ここが野外でなければ迷わず二度寝をするだろう。
そう、どういうわけか俺は野外で寝ているようなのだ。
ブランコが視界にはいってくる。先ほどから俺の頬を撫でている生暖かい風に吹かれてかすかに揺れている。
鉄棒に、砂場、子どもがまたがって遊ぶような遊具がいくつか、それにベンチが三基ある。
深夜なのだろうか、ベンチにも遊具にも人はいない。
俺一人あるいは横に転がっているのが男ならば、それほどおかしなことでもない。
悪友たちと痛飲する。悪友たちは薄情である日もあれば、付き合いの良い日もある。薄情なあいつらは俺を捨てていく。付き合いの良いときのあいつらはゲロまみれになって添い寝してくれる。どちらにせよ、あまりありがたいことではないが経験はある。この場合、三回に一回、野外で目が覚める。
しかし、ここに転がっているのは俺一人ではない。かといって俺とゲロまみれの悪友数名というわけでもない。
公園の中央、つまり俺がいるところにはブルーシートがしかれ、大勢の人が転がっているのだ。
悪い夢でも見ているのだろうか。
俺は頭をふる。
いや、少なくともとびっきりの悪夢というわけではないかもしれない。
つきあって二年ほどになる彼女が横にいたからだ。
「あやちゃん。大丈夫?」
彼女がゆっくりと目を覚ます。
切れ長の目の中のやや茶色い瞳がこちらを見つめる。
伸びをすると、短めに整えた黒髪がさらりと後ろに流れる。
形の良い額があらわになる。
相変わらず俺にはもったいのない可愛らしい子だ。
「
俺は首をすくめてみせると、まわりの人間を手で示した。
夢か
どうやら死体と一緒に転がされていたわけではないようだ。
「ここはどこだ?」「夢?」「えっ?」
様々な声が少しずつ騒音を作り出していく。
人々は立ち上がり、あたりを見回している。
老若男女様々だが、どちらかというと若い人が多いようである。
大体、高校二クラスか三クラス分の人数、一〇〇名いるかいないかといったところだろう。
「今、何時?」
誰かの声に刺激されるように俺はスマートフォンを取り出す。
?78RR+/vvc午前〇時一一分。日付と曜日はどういうわけか文字化けしてしまって読めない。
機器の故障なのか、それともプログラムのバグだろうか。高校入学時に買ったスマートフォンだ。そろそろ替え時といえば替え時だ。しかし、今、スマートフォンを買い替えるのは財政的にきつい。もうすぐ彼女の誕生日なのだ。そのようなことがぼんやりと頭に浮かぶ。
ぼんやりととりとめのないことを考える脳みそがのろのろとではあるが今の状況に俺の思考と観察眼を戻させる。
深夜の公園。
真っ暗なわけだ。
ただ、それにしても不自然なほど暗いのが気になった。
深夜に遊び歩くことも多い不真面目な、いやモラトリアム学生としてあるべき姿を保つことに努力をいとまない俺だ。当然、深夜の景色はよく知っている。
深夜といえど、街なかはもっと明るいものだ。
アパートやマンションの共用部分、コンビニ、ネオン、街灯の他にも深夜の街を照らすものは多数ある。
人家だって全部が全部真っ暗ではない。かすかに明かりが漏れている家だって必ずある。
今このあたりにはそのような明かりが一切なかった。
たとえ住宅地に造成された公園だとしてもおかしなくらいに暗かった。
メッセージアプリを開いて、悪友の一人に連絡を取ろうとしてみる。
うまくいかない。アンテナがたっていない。表示の不具合ではなかった。電波がきていないようだ。
市街地でアンテナ一本も立たないというのもあからさまにおかしい。
そもそも、俺は自分がなんでこの場所にいるのか皆目検討がつかない。べろんべろんに酔っ払って大半の記憶をどこかに投げ捨てたとしても、目覚めて周囲を見ると後悔の念とともに記憶が多少もどってくるものだ。
なぜ、俺はこのようなところにいるのだろうか。
「深夜にしたって暗すぎねぇ?」
「アンテナ一本も立ってないんですけど」
「ネットも電話も使えないけど何?」
気づいたのは俺だけではなかった。
困惑は少しずつ混乱と不安へと姿を変えていく。
カンカンカンカン……。
制御不能な混乱と不安に進化しそうであった空気は耳障りな音で停滞する。
踏切が降りることを知らせる警告音だった。音量からしてそれほど遠くないようだ。
「なぁ、踏切があるなら、線路もある。線路たどっていけば駅もあるだろ。駅で始発を待てば良い。それで帰ろうぜ」
青年というにはやや年配で中年というにはやや若い男性が提案する。
提案者を褒める声、
ただし、全員が賛意や安堵を示したわけではない。
ところどころで交わされるささやき声、まだ困惑が根絶されていないことを示す。
俺たちもどうすれば良いのか迷っていた。
そのとき悲鳴があがった。
公園を薄暗く照らしていた街灯が一斉に消えたからだ。
新月の夜、星明かりだけではほぼ何も見えなくなった。
唯一の光、そのかすかな明るさは踏切の明かりらしきものだけであった。
やはりそこまで遠くないらしい。
混乱や恐怖のせいでこの場にとどまるという消極的選択肢を取った者たちも音に向かって移動をはじめたようだ。人々が動く気配がする。
「怖いね……」
「だね。でも、駅はさすがにある程度明るいよ」
俺は彼女の手をしっかりと握る。
少し汗ばんだ柔らかい手、ずっと握っていたくなる手を放して、華奢な肩に手をやる。
彼女の肩を優しく抱くと、慎重に歩みはじめた。
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