第26話 好きなタイプとか気になりますか?

 当然のように空いているいつもの席に座ろうとしたのだが、俺がいつも座っている端の席はなぜか髑髏沼愛華が先に座ってしまったのだ。

 いつもこの席に座っていて今日もこの席に座るのが当たり前のように振舞っている髑髏沼愛華の姿を見て呆気にとられてしまっていたが、そんな俺に鵜崎唯は早く座るようにとやたらと急かしてきたのだった。四人掛けの席の一番奥に毒沼愛華が座りその隣を一つあけて俺が座ろうとしたのだが、後からやってくるであろう鬼仏院右近が座るために席を詰めて座ることを強制されてしまったのだ。

「みんなおはよう。今日の九時までに提出しなくちゃいけないのがあったんだけどさ、何とか間に合ったよ。あれ、今日はいつもと違う席に座ってるんだ。珍しいね」

「珍しいって、お前が期限ギリギリまで提出してないって方が珍しいだろ。何でも余裕をもってるお前にしては珍しいな」

「俺にも色々あるって事だよ。そうだ、昨日のバイトの帰りに政虎の家で二人が作ってくれたご飯食べたんだけどさ、美味しかったから全部食べちゃった。ありがとうね」

「こちらこそ食べてくれてありがとうね。でも、次は政虎に食べてもらいたいから右近君の嫌いな物作っちゃうかも」

「嫌いなものはあんまりないと思うけど、そう言われたら期待しないでおくよ。本当に嫌いなやつだったらカップ麺でも食べるけど」

「好き嫌いしちゃダメだからね。ね、政虎もそう思うよね」

「そうだな。でも、右近に嫌いなものがあるのか知らないけどな」

「そう言えばそうかも。私も右近君の嫌いなものって知らないかも」

「俺は何でも食べちゃうからね。好き嫌いとか贅沢はするなって言われて育ってきたからさ」

 鬼仏院右近は食べ物に関しても付き合う相手に関しても好き嫌いをしているところを見たことは無いな。俺みたいなやつとこうして仲良くしてくれている時点で嫌いなタイプとかないんだろうなという事は想像もつくのだけれど、好きなタイプというのは逆に想像もつかないな。こいつが本当に好きなタイプってのはどんな感じなのか聞いてみたい衝動に駆られてしまった。

「右近ってさ、好き嫌いは無いって言ってるし実際に何かを嫌いってのは聞いたことが無いんだけどさ、逆にこれだけは他人に譲れないってくらい好きなものってあるの?」

「そこまで好きなものって無いかもしれないな。本当に好き嫌いって無いんじゃないかなってくらいなんでも平気だしな」

「何でも平気って、そんな風に思えてるからいつでも彼女とか途切れないんだろうな。逆に聞くけどさ、お前の好きなタイプってどんな女なの?」

「どんな女って言われてもな。それはよくわからないかも」

「じゃあ、唯と愛だったらどっちの方が好みのタイプに近いの?」

 俺の質問が想定外だったのか鬼仏院右近は目を真ん丸に見開いて驚いているようだが、なぜか髑髏沼愛華も驚いていたようだ。鵜崎唯は別に驚いてはいないようだけれど、いつもと同じようなニコニコとした笑顔で俺の事を真っすぐに見つめてきている。ただ、顔は笑顔の鵜崎唯ではあるけれど俺の太ももを持っていた教科書でグイグイと押してきているので何か気に障っているのかもしれない。

「その質問はちょっと難しすぎないか。俺は別に二人とも嫌いじゃないしな。右近は唯と愛華ならどっちの方が好きなのよ?」

「その二人なら唯だけど」

 俺が全く悩む素振りも見せず即答してしまったのは良くなかったと思ったのだが、その答えを聞いた両隣の二人から同時に攻撃を食らってしまった。

 鵜崎唯は嬉しさを隠すためなのかちょっと強めに肩を叩いてきたのだけれど、なぜか髑髏沼愛華は俺の太ももを堅く握った拳で叩きつけてきたのだ。鵜崎唯が照れる手叩いてくるのはまだわかるけれど、俺の事を好きでもない髑髏沼愛華が俺の解答を聞いて叩いてくるのは少しおかしいような気がするのだが。

「即答するとは思わなかったよ。お前って意外とそう言うところはハッキリしてるよな」

「人間関係で悩まないってのが俺の良いところだからな。それで、この二人だと決めにくいって言うんだったらさ、お前ってどんな女が好みなのか教えてくれよ」

 そこまで声が大きいタイプではないのだけれど、二人に叩かれたことで少しイラっとしてしまったのか俺はいつもよりも大きめの声で少し強めに言ってしまった。

 俺の声に驚いたのかそれまで少しだけ騒がしかった教室が一気に静まり返って嫌な沈黙に包まれてしまった。今までも何度か俺が変な事を言ったせいで教室内の空気が悪くなったこともあったのだけれど、高校までの時とは違って今はそこまで突拍子もないことを言ったつもりなんて無いのだが。俺の言ったことが原因で教室内が静かになるのは少しだけ嫌な気分になってしまった。

「もう、政虎がそんな事聞くからみんな気になっちゃってるじゃない。右近君がどんなタイプの女の子が好きなのか知りたいみたいだよ。ほら、みんな右近君に注目しちゃってるし、どんな子がタイプなのかみんなに教えてあげなよ」

「マジかよ。そんなに注目されるとなんか言いにくいよな。でも、ここで何も言わないってのも男らしくないよな」

 教室内が静まり返ったのは俺が変なことを言ったことが原因だったようなのだが、その理由は今までと少し違っていた。俺が変な空気に変えたのには違いないのだけれど、今回はみんなが気に入らないことを言ったのではなく、みんなが気になることを言って注目されてしまっているという事だ。

 女子はたぶん鬼仏院右近の好きなタイプになりたいと思って聞き耳を立てているのだろう。男子はおそらく自分の好きな子が鬼仏院右近のタイプではないという事を願って聞いているのだろう。男子も女子も気になるような事を聞いてしまったがために、教室内の空気を一変させてしまったようなのだ。

「そうだな。俺は正直に言って嫌いなタイプの人間ってのはいないんだよ。どんなやつでもいいところはあると思うしそう言うところを見ていきたいって思うんだよな。でも、嫌いではないけど苦手だなって思う時はあるよ」

「嫌いなタイプが無いってのはわかったよ。そうじゃなくてさ、お前の好きなタイプってのを教えてくれよ。俺は別に気になってないんだけどさ、なんか教室内がお前の好きなタイプを聞き出せって言ってるような感じに思えるんだよ」

「確かにね。みんな右近君がどんな人を好きになるのか気になってるみたいだよ。モテモテプレイボーイの右近君が本当に好きになるのってどんな人なんだろうね。私もちょっと興味あるな」

 今まで色々な女子を見てきたけれど、鬼仏院右近とそれなりに一緒にいて好きにならなかったのは鵜崎唯と髑髏沼愛華だけだ。初めは鬼仏院右近に興味がなさそうな感じだった女子も一月も経てば惚れてしまうような男だと思う。俺には出来ない気遣いや優しさもあるし見た目だって俺の何倍も良いものを持っている。さらに、男からも慕われるような強さと責任感も持ち合わせているのだ。

 そんな鬼仏院右近の好きなタイプを知りたくない人間がこの教室にどれくらいいるのだろうという思いもあるのだけれど、きっとこの話に興味を持っていないのは質問をしている俺と鵜崎唯と髑髏沼愛華だけなんだろうな。

「まあ、俺の好きなタイプなんて正直に言っちゃえばないんだよ。俺はみんないいところがあるって思ってるからそこを見て好きになっちゃうしな。でも、好きになれないタイプってのはあるんだよ。これだけは譲れないってのがあるんだ」

 みんなの視線が鬼仏院右近に集中しているのは後ろを見なくてもわかってしまう。先生たちには申し訳ないが、教室内でここまで注目されている人間を今まで見た事が無いと思えるくらいに全ての視線が鬼仏院右近に集まっていたのだった。

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