第25話 いつもと同じ少し違う朝

 昨日貰ったサンドイッチは冷蔵庫に入れていたためか少し硬くなっていたけれど最後まで美味しくいただくことが出来た。あまり冷えた食べ物は好みではないのだけれど朝は時間もあまりないので贅沢なことは言っていられないな。

 時報代わりに流しているニュースでは俺の住んでいる地域にはあまり関係ないニュースをやっていた。俺は自分に関わりのないことはあまり興味を持てないので集中してみることは無いのだけれど、好奇心旺盛な鬼仏院右近はこういった話題も欠かさずチェックして会話のタネをたくさん集めているんだろうな。そんなところも俺と鬼仏院右近が女子に与えている印象の違いになっていたりするんだろうとは思うけれど、今更性格も行動パターンも思考も帰る事なんて容易ではないと思って諦めていたりもするのだ。

 朝一の講義は少し面倒に感じているし必修と言うわけでもないので受ける必要もないと思うのだけれど、鬼仏院右近がどうしても俺と一緒に受けたいという事なので履修登録しているのだ。それなりに興味もあるので問題はないのだけれど。

 ニュースの終わりに数分間だけ放送される本日の占いが終わったタイミングで家を出ると鬼仏院右近がちょうど俺の家の近くにやってくる頃合いなので俺はそれに合わせて家を出るのだ。占いなんかに興味はないのだけれど、今日の運勢が良かったりすると少しだけ嬉しく思ってしまうというのは俺も案外乗せられやすい性格なのかもしれないなと思っていたりもした。


 俺の家のすぐ近くにある自動販売機は学生マンションの敷地にあるからなのか他の自動販売機よりも少し安めの金額設定になっているのだが、あまり利用している人を見かけることは無かった。近所に安いスーパーがいくつかあることも理由だと思うけれど、そもそも自動販売機を誰かが使っている事を見る機会なんて早々ないのだと思う。

「あ、おはよう。昨日はありがとうね」

「おはよう。こっちこそありがとうな。今日の朝も食べようと思ってたんだけどさ、昨日バイト帰りにやってきた右近に全部食べられちゃったよ」

「そうなんだ。それだったらまた今度何か作ってあげるよ。次は右近君の嫌いなものにしちゃおうかな」

 毎回この自動販売機の前で悩んでいる鵜崎唯に挨拶をするのだが、隣にいる髑髏沼愛華は俺の存在に気付いていないのか全く俺の事を見ようとはしないのだ。昨日は普通に話も出来たしご飯だって一緒に食べたりゲームもやった仲ではあるのだけれど、なぜか朝だけは毎回俺の事を無視してくるのだ。

「今日は右近君来てないの?」

「そう言えばまだ見てないな。いつもならこれくらいの時間にはこの辺にいるのにな」

「あいつなら先に行ってるって連絡がきてたぞ。今日提出しないといけない書類があるから朝一で学生課に行かないといけないって言ってたからな。二人には連絡きてないのか?」

「そうなんだ。私にはきてないけど政虎にもきてないの?」

「ああ、俺にもそんな連絡はきてないな。そもそも、あんまり携帯で連絡とりあったりしてないしな」

「そうなのか。なんであいつは私にだけそんな連絡をしてきたんだ。みんなに送るのだってそんなに手間ではないと思うのだけど」

 たぶんだけど、鬼仏院右近はあえて髑髏沼愛華にだけ連絡したのだと思う。俺や鵜崎唯に送ることも出来たと思うのだけれど、それをしてしまうと俺と髑髏沼愛華が一言も会話を交わさないままこの朝の時間を過ごすとでも思ったのだろう。せっかく一緒にいるのだから何か話せばいいのにと毎回俺達に口うるさく言ってくる鬼仏院右近なりの思いやりなんだろうけど、これが仲の良い人同士の会話なのかと思えてしまうのだ。

 それに、鬼仏院右近も鵜崎唯も知らないとは思うけれど、俺と髑髏沼愛華は二人だとそれなりに会話もしていたりするのだ。俺も髑髏沼愛華も沈黙を苦にしないタイプではあると思うのだけれど、鬼仏院右近も鵜崎唯もいない時だと意外とどうでもいい事も話していたりするし一緒に課題をやったりもしているのだ。だが、髑髏沼愛華は鵜崎唯がいる時にはあまり他の人と話をしていないような傾向があるように思えるのだ。

「じゃあ、今日はこのまま三人で教室に行こうか。いつもの席が空いてるといいな」

「最前列中央って早々埋まらないと思うよ。今までもあの席が埋まってたのは見た事ないし」

「そうかもしれないけどさ、今日は埋まってるかもしれないじゃない。毎回同じだからって今日もそれと同じになるとは限らないんだからね」

 鵜崎唯の言葉を聞いて俺は感銘を受けてしまったのだが、髑髏沼愛華は少し考えた後に俺の方を向かずに鵜崎唯だけに話しかけていた。

「でも、あの授業ってみんな同じ席に座ってるからわざわざ移動したりしないと思うよ。唯ちゃんが心配しなくてもいつもの席に座れると思うな」

「私もそう思ってるんだけどさ、今日の占いがあんまり良くなかったからね。そう言うところで悪いことが起きると後で嫌な事ないんじゃないかなって思っただけなんだよ」

「そうだったんだ。私は占いとか見てないからわからなかったかも」

「本当に愛華ちゃんは占いとか信じないよね。私も完全に信じてるってわけじゃないんだけどさ、良くない結果の時ってなぜか信じちゃうんだよね。ちなみにだけど、愛華ちゃんの今日の運勢はなかなかいいみたいだったよ。政虎は……頑張ってね」

「その言い方って、唯より悪いって事なのか?」

 なぜか俺に謝る鵜崎唯と軽くため息をついた後に憐憫の眼差しを向けてきた髑髏沼愛華に対して何とも言えない感情を抱いてしまったのだが、俺は占いなんて信じていないのだ。今この場でそれを言ったとしてもただの強がりとしか思われそうなので何も言わないのだけれど、俺は本当に占いの結果が悪かったくらいで落ち込んだりなんてしない男なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る