第19話 北川さんと右近君と政虎君

 無理矢理車に乗せられそうになっている私を助けてくれようとした右近君と近くで見ていた政虎君。私は右近君の顔を見てちょっとだけ冷静になっていて抵抗する事もやめてしまっていたのだ。

「ほら見ろ、こうして唯菜も僕に身を任せてるじゃないか。こんなに安心しきっているなんて僕がストーカーじゃないという何よりの証拠じゃないか」

「いや、唯菜ちゃんはお前じゃなくて右近の事を見て安心してるだろ。今だってきっと右近が助けてくれるって信じてるぞ」

 政虎君が言っている事は間違っていない。私は北川さんに押さえつけられて怖い思いはしているのだけれど、こんな状況でも右近が私の事を助けてくれると信じているのだ。どんなことがあっても右近君なら守ってくれるんじゃないかと思っている。

「どうしよう。下手に動くと桜さんに怪我させちゃうかもしれないよな。どうしたらいいんだろ」

「どうしたらいいんだろうって、向こうは一人でこっちは二人なんだから唯菜ちゃんを無理やりあいつから引きはがせばいいだろ」

「そんな事して桜さんに怪我でもさせたら大変だろ。それに、あの人だって怪我しちゃうかもしれないし」

「右近は本当に優しいな。こんな時でもみんなが無事なように願うなんて優しすぎるよ。どう考えてもあの男に優しくする必要なんてないだろ。俺達がするべきことは唯菜ちゃんを助ける事であってあの男を無事に帰すことじゃないと思うだが」

「でも、さすがにやりすぎるのは良くないと思うんだけど」

「何言ってんだよ。どう見ても唯菜ちゃんが襲われてこれから多変な目に遭うかもしれないって状況だぞ。俺達がたまたまここに遭遇しなかったらどうなってたかわからないだろ」

「でもさ、あの人って共犯者がいなんだから車を動かそうとした時には桜さんも車から逃げ出せるだろ。そうなるとさ、監禁には当たらないじゃないかと俺は思うんだけど、俺達が今からやろうとしている事は過剰すぎるって事にならないかな?」

「お前はバカか。そんなことを言って唯菜ちゃんに何かあったらどうるすんだよ。無事に車から逃げ出せたとしてもよ、心に傷を負ってしまうって考えないのか。それに、失敗しても何事も無く終わったらあいつだって他のもっと巧妙な手段を取るかもしれないだろ。それこそ、右近の言うように共犯者を探してきて次は逃げられないようにするとかあるだろ」

「さすがに失敗したら同じようなことはしないんじゃないかな。さすがにそれは政虎の考えすぎだと思うよ」

「お前はもう何もしゃべるな。こんな事してる時点で普通じゃないって気づけよ。お前みたいないいやつとは根本的に考え方が違うんだ。今みたいに人を攫おうとしているような奴にお前の常識なんて通じないんだってわかれよ」

 何だろう。私はとても危ない状況にいると思うんだけど、こんな状況でも政虎君が言っているのは正論でそうなんだろうってわかっているのに、右近君が言っている事の方が正しいような気もしてきた。北川さんがいい人ってのはわかっている事だし、今だってちょっと気が触れてしまっただけなのかもしれないと思っている。このまま何事も無く帰ることが出来たら私は今日の事を忘れてもいいんじゃないかとさえ思えてきた。

 私も北川さんも二人のやり取りを黙って見ているのだけれど、その後もなぜか右近君が政虎君に罵倒されているのを黙って見ている事になっていた。チラッと見た北川さんも戸惑いつつも二人の言い合いを見ているのだ。少しだけ私を抑える力が緩んでいたのだけれど、なぜか私は北川さんから逃げようとはせずに二人の話がどうまとまるのか見守ることにしたのだ。

「あの人だってさ、ちょっとした気の迷いでやっちゃっただけかもしれないし、今だって本当は危害を加えたくないって思ってるかもしれないじゃないか」

「そんなのは後からどうとでもいえるだろ。問題なのは何をやってしまったかという事なんだよ。あの人だって今がどうとかよりもなぜそれをしたのかが問題だって言ってるからな」

「あの人はそんな事言ってないだろ。桜さんの事を愛してるとかは言ってたけど」

「この記事を見ろって。この記事を書いた記者の写真ってあの人だろ。ほら、ここにある記事だよ」

「あ、本当だ。この人って新聞記者なのか」

 政虎君が北川さんの書いた記事を右近君に見せたのがわかると北川さんは私の事を抑える手に物凄い力が入ってきた。あまりの痛さに思わず声を出してしまったのだが、北川さんは私の方を見ることも無く凄い形相で政虎君の事を睨んでいた。

「じゃあ、その新聞社にこのことを言えばもう桜さんに変な気を起こさないようになるじゃないかな。さすがに上の人から言われたら止めるでしょ」

「右近って本当にいいやつだよな。誰も傷付かないようにしようとするんだもんな。でもさ、それって唯菜ちゃんが助かるだけで他の人がターゲットになる可能性もあるんじゃないかな」

「そんなことは無理だろ。さすがにこんなことが会社にバレたら同じことをやろうなんて思わないって」

「右近、お前は何もわかってないよ。こんな奴はきっと同じことを繰り返しちゃうんだよ。唯菜ちゃんがダメだったら他の相手を探すだけだろ」

「でもさ、さすがに警察にいうのは可哀想すぎないかな。そんな事になったら仕事も続けられなくなると思うし」

「そうだよな。さすがに仕事を辞めることになったら慰謝料とか養育費も払わないといけなくなっちゃうと思うしな。警察に拉致監禁未遂で捕まったら離婚もするだろうし」

 離婚って、どういう事なんだろう?

 そんなこと思っていたのだけれど、北川さんが私の事をより強く掴んできた。だんだんと痛みが増してきたので思わず叫んでしまい、それに驚いた北川さんは私から手を離してくれたのだ。私はそのまま北川さんを振りほどいて右近君のもとへと走っていったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る