第3話
セイの周囲の術師の一族は、それぞれ歴史が古い。
セイが生まれ、この国にやって来たころがこの国の江戸時代の初期に当たる時期だったから、太古と言うわけでもないが、今の若い次期当主たちからすると、古いの一言だ。
跡を継ぐ堺とする年齢も、数年前は十五歳だったそうで、
「だって、お父さんと再会したの、誕生日の数か月前だったのよ。色々と厳しい規約もあったし、環境にも全く馴染んでなかったし」
干支をそろえるという目標で、武家となった後も妖となった獣を求めて探し回っていた石川家は、開国の後ついに異国にいる草食動物にも巡り合った。
その扱いに四苦八苦しながら、学校生活も始まり、忙しかったのだ。
今は就職して懐にも余裕はあるし、もうすぐ弟も成人するから、丁度いいのではとおもうのだ。
「十二支全部、揃ったのか?」
「いいえ。揃っていないのは寅と、亥と……卯ね。でもこの三つは、もう、いいかとなっているらしいわ」
「? 寅は分かるけど、何で亥と卯も?」
山の中を進みながらの問いに志桜里はつい、後ろからくる大男を振り返った。
地元の学校を卒業して地元で就職した和泉と、その父親の会社の事務員として、その前年から採用されている志桜里は今、東北に位置する県のある山中にいる。
数年前から、志桜里と
そこで、志桜里は今までためていた有休をすべて取り、既に現地入りしている父、
その知らせを聞いた一つ年下の弟も、本当は一緒のはずだったが、列車の引継ぎがうまくいかず、後から合流する予定だ。
「……」
そして、同じように知らせを受けた
和泉は塚本家の現当主の姉の息子で、本来はその術をたたき込まれることはないのだが、弟も鍛え上げた女はそれで飽き足らず、息子にまで鍛錬を施してしまった。
勿論それを知った叔父の
甥っ子の和泉も、まだ小さい従弟の代わりならばと、納得していた。
偶然、同じ飛行機になり、空港に降り立った時から連れ立ってやって来た男女は、そこで待っていた迎えの誉と共に、この山へとやって来た。
緩やかな山道を向かう中、沈黙が耐えられなくなった和泉が、口数の少ない志桜里からうまく話を引き出し、石川家の事情をなんとなく尋ねたところだった。
弟の友人の座を獲得した青年の問いに、志桜里は躊躇いながら誉を振り返り、短く言った。
「猪って、意外に頭が固いんですって。だから、他の種族と仲良くするの、難しいらしくて」
「へえ」
初耳だと目を見開いた和泉は、答えの続きを待った。
待たれているのに気づいた志桜里は、溜息を吐きながら呟くように言った。
「……卯の獣は、ある代から永久欠番と決められているの」
「え、何で?」
返しながらも、青年は自分の出身保育園で飼われていた兎を思い出した。
「……まあ、可愛いだけが取り柄の獣じゃあ、仕方ないのかな」
「うーん、そうじゃなくて」
どういえばいいのかと、小さく唸った志桜里は、一つの昔話を出した。
「石川家の、申に聞いた話なんだけど」
申の獣は、丁度黒船がやってきて、この国が開国したころから家に仕えており、そのためにこの話を伝える役を授かっていた。
「そこの誉より、年かさの兎が元々いたんだけど、寿命で往生した後、その代の当主が、今後は兎を入れないと決めたんですって」
原因は、その後の獣たちの態度、だった。
「? その人を慕いすぎて、他の兎を受け入れないと思ったとか?」
「そっちじゃなくて、納骨が済んだとたん、獣たちが全員、それこそ兎を慕っていた者ですら、完全に素に戻っちゃったのよ」
その様子は、人間にとっては信じられなかったのだろうと、申は苦笑して説明した。
「何でも獣は、死んだものを悼む気持ちはあっても、それを引きづる情はないんだって。その時の当主も、それは承知していたんだけど、まさか、その兎の連れ合いと名乗っていた獣までそうなるとは、思わなかった」
それは、申を含む獣も意外だった。
「我らは、小さい体だから、できるだけ沢山の子孫を残すため、番の片割れが死んでも割り切るようになったんだ。だから、単に世話になっただけの異種の獣の死に、多少の悼む気持ちはあったが、その後は何の感慨も持たなかった。だが、誉殿は、あの図体で数を残さずとも生き残れるような獣だ。そういう獣は大概、人間よりの心を持つことが多い。数が増えた狐狸のように」
なのに、誉は連れ合いだった兎の今わの際に、一粒の涙を落としただけで、葬儀の間は沈黙し、納骨の頃には隣に誰もいなかったかのように、ただ当主への忠義を続けた。
「その様子が、堪えたみたいで、その代の当主と次代の当主は、卯の獣を探すことすらしなかった。そして、後世にも、その時の様子を伝えて、招き入れるかどうかの判断は任せると、遺言を残した」
志桜里も、その話を聞いて、卯の獣は招き入れないことを決めた。
「……聞いたところによると、本当に熱々だったみたいだから。それを見た後のそれは、相当ショックだったんじゃないかって」
「熱々……あの人、そういう趣味の人なんだな」
後ろからくる誉を警戒し、つい小声で言う和泉に、志桜里は目を丸くした。
「あれ? 知らなかった? 誉は、雌よ」
「……はあっ?」
目を剝いて、思わず振り返ってしまった。
それを見返し、誉が眉を寄せる。
「お前、失礼だぞ。最近は、それもセクハラだろう?」
「は、すみません」
とがった太い声で言われ、早々に謝る和泉をしげしげと見、志桜里が言う。
「何だ、志門と随分仲良しだと思ってたのに、そうでもないのね」
素直な言葉で、古谷志門もこの事実を知っていると知る。
「最も、誉の性別を認識したの、その時の当主かららしいし、教えてもらっていないなら、分からないのも無理ないかな」
「石川家が出来た頃は、まだまだ性別の壁が高くてな、勘違いされているのは気に食わなかったが、仕える上では好都合だったんだ」
後ろから次期当主の言葉を補足した誉は、苦い顔で訂正した。
「別に、情をなくしたわけじゃない」
「え? そうなの? その後から当主への過保護がすごくなったって、聞いたんだけど」
素直に驚く女に、長身で大柄な男に見える獣が、苦い顔のまま言った。
「……生まれ変わってくると、約束してくれたんだ。卵生の生き物に」
それを待っていると、きっぱりと言われ、若い二人はついつい、溜息を吐いてしまった。
「な、何だ?」
「いえ。意外に、転生とか信じてる?」
「……信じてはいないが、あの人なら、できるだろう。生まれ変わったあの人に、幻滅されたくないんだ」
だからこそ、それまで以上に当主に尽くしているという誉を、それよりも随分若いはずの志桜里は、生温かい目で見つめてしまった。
当主が兎を迎えないと決めた時、誉も同意したと聞いた。
それは、見た目で視界を曇らせて、生まれ変わった愛おしい者を、見逃したくないという心の表れだろう。
志桜里は、その気持ちをなんとなく察し、ままならないわねと呟いた。
「そうか、そういう事なら、気にしなくてもいいか」
そんな女の横で、弟の友人が呟いた。
「何の事?」
「一羽気になる兎がいるから、話のネタにどうかなと思ったんだ。飼い兎だから問題外だし、干支を揃える気がないんなら、話題にしても大丈夫だよな」
「そういう類の兎が、身近にいるの?」
突然出た兎の話題を、誉が右から左に流しているのを見ながら、志桜里が少しだけ興味を持って尋ねた。
和泉も少しだけ躊躇ってから、頷く。
「オレと幼馴染が通ってた、保育園内の獣舎で飼われている兎なんだけど、未だに飼われてるんだ」
初めは、小さな兎数羽とその兎で、親子の兎が飼われていると思っていた。
「真っ白で赤目の兎で、入園式の時、
「……凪君のお祖父さんって、お父さんより大きい人だよね?」
「ああ。それに気づいた凪が兎に飛びついた時、大きさが凪と同じくらいだったから、相当大きい」
そして、どちらかと言うと、兎の攻撃よりも、孫の勢いのついた足蹴乗りの方が、若作りの大男の腰に大打撃をもたらしたらしい。
それを目撃した
「お袋が言うには、奇声を発し、駆け寄る夏生さんから逃げて獣舎に戻った兎、幼い子供の凪を上手に避けて、祖父さんを思いっきり踏み台にして腕から逃れて、退避したらしい。あれはただものじゃないって」
そして、後に大きさもただの兎ではないと知った。
「子供だと思っていた小さな兎が、その数日後にさらに小さい子を産んだんだ。不思議がった園児たちに、保母さんが教えてくれた」
兎は本土兎で、子兎と思っていた兎はすべて、成獣だと。
「一羽だけ突然変異か何かで、大きく成長しすぎたんだって言われて、一時期園児の間で、兎の種類を調べることがはやった」
外国にいる大兎には、生後十週目で成獣の本土兎と同じくらいになるものもいると知り、親子と思うに至ったのは仕方なかったと、和泉は己を納得させた。
卒園して十数年たった今、その大兎が未だ健在と知ったのは、つい数時間前だ。
「……古谷は、ここじゃなく、別なところに行くらしい」
「ええ。こちらには、名の知れた術師の方々が集まってて、古谷さんももう来ておられるそうだけど、志門は壁が破られるのを待っている、妖怪の皆さんの所に向うことになっているの」
いくら非人道的な事をやっている一族でも、皆殺しは時代に合わない。
頭に血が上っているであろう者が多く集う場所に、志門は向かった。
「本当は、一緒に飛行機に乗る話だったんだが、連れが空に慣れていないらしくて」
「? 連れ?
と言うより、一度里帰りして現地に向かったことも知らなかった志桜里は、意外そうに聞き返す。
だが、その答えを聞く前に、当の瑪瑙が古谷氏の傍に立っているのを、見てしまった。
「……と言うより、志門が別行動と言うのを、オレは知らなかったんだが」
誉が小さく言い、略式で挨拶を交わす主の娘と、古谷家の当主を見ている、同じくらいの大男を睨んだ。
大男にしては迫力のかける瑪瑙は、その目つきに狼狽え、どもりながら尋ねる。
「な、何だ?」
「志門は、誰と一緒だ? 信用できる奴なんだろうな?」
「も、勿論だとも。塚本家の元祖殿も、一緒だから。なあ?」
低い声での問いかけに、瑪瑙は慌てて頷き、同じように石川家の次期当主に挨拶をする塚本家の当主に話を振った。
志桜里の隣にいる和泉には、笑いかけるだけにして、塚本氏は答えた。
「まあ、体力では余り信用できませんが、妖の皆様を威圧するだけであれば、お役に立てる方でございますので、心配は無用です」
「あんたらがそういうなら、信じてもいいか。オレが抜けている間に、随分と集まったな」
「はい」
頷いた塚本氏の目線を追って、和泉も集まった面々を見た。
志桜里と同年の当主の御蔵家をはじめ、人当たりはいいのに威圧感が半端ない家々が、勢ぞろいしていた。
その中で、ひときわ目立つ容姿の一家がある。
いかつい大男に囲まれた壮年の男と、自分たちより少し年嵩の若い女だ。
壮年の男が、御蔵家の式神と会話を交わしている間に、女がこちらに気付いて近づいてきた。
金色に近いくせ毛交じりの髪を肩に流した、長身の女だ。
山登りしてきたからか、動きやすい服装だったが、着慣れていないことがまるわかりな様相だ。
「……うわ。絶対、釣り合わない」
珍しく弱音のような呟きを吐く志桜里に、和泉はつい目を見開いてその顔色を窺ってしまう。
何かを問う前に近づいた女は、隣の青年には見向きもせず、志桜里に笑いかけた。
「こんにちは。石川家の、志桜里さんですわね?」
「はい、石川志桜里と申します。……初めてお目にかかります、
思わず、叫びそうになった。
混乱しながら、目だけで周囲を巡らせ、遠くで様子を伺っている男を見つけた。
男はその視線に気づき、苦笑して手招きしてくれるのを受け、睨み合うように顔を向き合わせる女二人からこっそり離れ、和泉は全力でその男の方へと駆け寄った。
「ご、ご無沙汰してます、
「ああ。到着早々、修羅場立ち合い、ご苦労さん」
「……うん、矢張り、こうなるか。北森の奴、色々勘違いしてるからな」
「……その勘違い、何で正してやらなかったんですか。いろんな意味で怖い事態なんですけど」
二人の女に背後に、それぞれ大柄な式神が立つ。
どちらも、敵に回してはならない獣だ。
「どうやって正すんだ? 志桜里嬢は、このまま自然消滅してほしいと、そう思っているのに」
「マジですか。あの顔つき、付きまといそうな余裕のなさですけど」
「だからこそ、この修羅場なんだろう。モテる男は、つらいよな。と言うか、力目当てでのモテは、勘弁だが」
財力目当てで群がられるのも、勘弁だと和泉は同情しつつその無言の衝突を見守っていたが、もう一人の女が近づいたのを見て青ざめた。
「た、直さん?」
「ああ。三竦み、完成だな」
野次馬根性が隠せない鬼塚氏の前で、御蔵
「志桜里ちゃん、久しぶり」
「あ、密ちゃん、久しぶり。随分大人っぽくなったね」
「老けたって、言いたい?」
「違うって。それを言うなら、私も同年なんだから。それに、私の方が老けてるでしょ? 社会に揉まれちゃったし」
地味な装いをさして苦笑する志桜里に、密はゆっくりと首を振った。
「それこそ、大人っぽくなった、っていうのよ。良かった」
「……密ちゃんこそ、あの土地の方が、合っているんだね。眉間のしわが、なくなった」
「うん」
しんみりと、昔馴染みの二人は褒め合い、楽しげに笑った。
そして、密が切り出す。
「恵さんは、どういう状況なの?」
「……あの中にいる」
短く答えた志桜里は、目線だけをそちらに向けた。
それにつられるようにして、冷や冷やとした気持ちで三人を見ていた男二人も、逆方向を見る。
山頂のここから見下ろせる場所に、それはある。
一見、過疎化が進んだ村に見えるが、その両片隅にそれぞれ大きな屋敷が建っていた。
そして、自分たちがいる山の向かいの山の頂は、木々が切り払われて開けた土地が広がっている。
そこが、大昔から儀式を行っている場所だったと、若い面々も聞いていた。
「……あそこは使わせない。恵兄さんは、絶対に取り戻す」
術師の面々が集まった理由はただ一つ、裏で小汚い手を使って勢力を広めていた林家が、恨みを持つ妖たちに滅される様を、己たちの教訓として刻むためだ。
だが、元々堤家の当主であった女は、血縁者の救助を目論んでいた。
「……何処にいるのかさえ分かれば、なだれ込む連中より先に、恵兄さんの元に行けるはず」
呟くように言う志桜里の言葉に真顔で頷き、優美が言う。
「これが終わればようやく、あなた達との縁が切れるのですね、恵さんは」
「は?」
やんわりとした声に返す声は、恐ろしく尖っていた。
「血縁だからと、無理難題を押し付けて、こんな危ない事までさせているなんて。堤家から離れたくせに、未だにあの家の当主のおつもりかしら? 自分でもできるはずの事を、恵さんに押し付けて、今まで遊んでいたなんて」
「……成程、恵兄さんと親しいと聞いていましたけど、それほどではなかったんですね。安心しました。事情を打ち明けられるほど、あなたを信じてはいなかったようです」
「……」
くすりと笑った志桜里が、人のいい笑顔でやんわりと指摘すると、優美はむっとして黙り込んだ。
空気が、重い。
「……こりゃあ、短気な北森が不利だな。あいつ、父親に引き取られるまでは、ぐれまくってたからな。その分の年季が、志桜里嬢との差を生んでしまった」
「解説してる場合ですか? 殴り合いの喧嘩になったら……」
「殴り合いより、髪の引っ張り合いの方が、あり得る」
「そっちも、痛そうですよっ」
小声でやり取りしながら見物する、直と和泉の目の先で、壮年の男と中年の男が女たちに近づいて行く。
女たちの後ろにいた者たちが、丁寧に一礼する。
「……その話は、後で恵君本人を交えて、話し合いすることになっているだろう?」
黙礼に頷き、そう志桜里を窘めたのは、父親の石川一樹だ。
その言葉を受けて、北森家現当主で優美の父親の
「もしかすると、堤を復興したいと、考えているかもしれない。そうなると、嫁に行けぬうちの娘では、無理だろう」
「そ、そんな。お父様っ?」
そんな会話を聞きながら、直は感慨深げに溜息を吐いた。
「……会わないうちに、お嬢様言葉が板についたな」
「姿かたちは、ギャルですけどね。仕事は、何をしているんですか、あの人」
「自営業……かな? 少し黒寄りの」
「……」
北森家の当主の、言いようのない貫禄が、少しではないと言っているのだが。
沈黙してしまった弟弟子の友人に頷き、鬼塚家の当主は真顔で言った。
「恵は、自分の父親がお世話になっている会社か、もっと真面目な仕事についてほしいと思う。勿論、本人がどう臨むかによるが。どちらにせよ、それを考えるのは、後だな」
直が言った時、同じような諭し方をした二人の父親は、一番年かさの男に頷いた。
頷き返した男は、珍しく登山に適した服装で立っている。
「内密に、事を進めて来たのですが、よもやここまで多くの家が集まるとは、思いもしませんでした」
丁寧に切り出した男は、普段は和服姿が多いため、見慣れている若い男たちには違和感しかない。
「古谷の方の跡継ぎの縁者が、あえてあの中に入り込んで、壁を内側から壊している旨は、至る所から聞こえて来ていたが、まさか、こんなに短期間でここまで薄くできるとはな」
これは、術師の立場からは複雑だ。
勢力争いは、この平和な時代ではそうそう起こらない。
だが、その力を商売にしている家も、ここには集っていた。
後の商売敵になるのではという懸念が、空気に漂っている。
「その辺りは、あの子本人が戻ってから考えることでありましょう」
代表で答えた術師に静かに答える古谷家当主、古谷
恵は、幼い頃からその力のせいで、苦労していた。
常に後ろ向きな性格から、仕事や使命でもなければ、こんな力を用いて活躍しようとは思っていないのではと思う。
だが、他の考えに落ち着く場合もある。
こればかりは、本人に聞くしかないので、曖昧に答えた。
「その力に脅威を覚えて、妖の方々が襲ってしまうやもしれず、それが気になるところなのです」
怒りで分別が無くなった妖だけが、周りに集っているわけではない。
壁の中にいるかもしれない危険分子を、残さず滅するつもりで集っている者も、実は多くいた。
「その方々を、説得している方もいるのですが、中々、難航しているようで」
術者の立場で接すると、脅ししか出てこない。
混血や異種の生き物を長い間虐げてきた連中でも、この国に籍を置く人間だ。
心情だけで動きたいのは分かるが、それは法に障る。
それを嚙み砕いて説明し、幾度か説得を試みた古谷氏は、相手の反応の鈍さに、手ごたえのなさを感じていた。
僧侶の自分の説得がだめならばと、塚本家の元祖にも協力を願い、現在顔合わせしているはずなのだが、色よい報告は未だにない。
「……うちの跡継ぎに、最終兵器の投入を指示し、向かわせたところなのですが、先程までは本当に、あの方々と速さを競って、恵君を含む林家の面々を、助ける必要性を覚悟しておりました」
日本全国から集まった術師の家々の、殆どの面々が苦い顔になった。
それを見て、古谷氏は人の好い笑顔を浮かべた。
「野次馬は、事が起こる前からするものではありません。このように、巻き込まれることもございますので」
言われた一人が、苦い顔のまま返した。
「あんたらが大きく動いたんで、それが珍しすぎて見に来ちまったんだが」
「いつもはそれこそ、本業の方を優先して、術師としての活躍は、闇の中に隠してしまっているだろう? いくら跡継ぎの縁者が巻き込まれたからと言って、目立つように動き過ぎだ」
有名であろうが無名であろうが、大概の者の情報は手にしている。
その中で、全く無名となってはいるが、実は強大な力を持つ術師として、何組かの家が名を連ねている。
伝説級となった家が二つと、単にその道での活躍を隠し続けている家が、手を組んでいるという事実が、野次馬として集まった面々を慄かせていた。
「林家当主は、そろそろ危ないらしいし、何より跡継ぎがうまい事育っていないと聞く。そんな家を総出で攻める覚悟をするほど、堤の男は大事なのか?」
「大事ですとも」
即答したのは、石川家当主だ。
「うちの子供たちの従兄です。石川家の血は継いでいないが、子供たちをオレが見つけ出すまで陰で守って来た者でもあり、助ける理由としては、妥当すぎると思うんですが」
真顔の言葉に、古谷家当主も無言で頷いた。
二つの家のその意見に慄く家々の前で、塚本氏が近くの山の山頂に目を向けた。
先程見ていた山とは違い、頂上まで木々が鬱蒼と生えそろっている山だ。
「……何とか、余計な犠牲を出さぬ方向に、持っていければいいのですが。実は、オキ殿が、あの方々に繋ぎを取ったそうです」
「あの方々って、まさか……」
呟きを拾った直が、僅かに顔を引きつらせた。
「そ、そうだったんですか。だから、妖の連中を、説得しようと思ったんですねっ?」
「その前から、説得はしていたが、先程恵君は、あの方々に任せると、伝えられてな。急遽、本腰を入れることにしたんだ。我々が入る必要はなさそうだが、妖の方々が中に飛び込んだら、本当に血の海が……それを、恵君に見せるのは、酷だろう?」
ここで、命の危険を感じることはないようだが、別な緊迫感がある。
知り合いの術師たちの不安を一掃させるために、古谷家の跡継ぎは新学期が始まるまでの合間を縫って、動いている。
「……古谷、責任重大だぞ」
和泉はついつい首を竦め、別行動をしている友人を思い、呟いた。
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