バーナード・フレッチャーと花嫁の呪い

マフィン

第1話 Wedding of nightmare

 町外れに佇むハミルトン家の豪邸は、いつもよりも華やかな雰囲気だった。ハミルトン家は、代々町の教会の司祭を務めている一家で、住民だけでなく町の有力者からも慕われていた。特にハンク・ハミルトンの代になってからは、妻であるペギー・ハミルトンのコネもあり政界にも顔が効き、中には国の有力者ものかにも、ハミルトン家との付き合いがある人物がちらほらいた。

 そんなハミルトン家にとって喜ばしい事に、一人息子がこの度めでたく結婚することになった。近々式を挙げると言う知らせが町中を駆け巡ると、その話題は町の新聞の記事になるほどだった。町の有力者の一人息子という事もさることながら、息子のチャールズはとても人当たりがよく、住民からの人気も高かったため。そんな人気者のめでたい知らせに町中の人々が湧かないはずがなかった。そしてさらに嬉しい事に、ハミルトン家はそんなめでたい催しに、町中の住民を招待したもんだから、町はお祭り騒ぎどころの話ではなかった。そして挙式の当日は町中の店という店が休日札を出し、ひと目でも幸せな二人の姿を見ようとドレスやモーニングでめかしを施した住民たちが、ハミルトン家の豪邸に集まって来た。そんな人々が口々に話す内容の過半数は、「花嫁はどんな方なのか?」というものだった。「チャールズ様の事だからきっと素敵な方をお見染めになられたに違いない。」「早くお二人にお会いしたい。」人々はそう口にしながら、ハミルトン家に続く雑木林を歩いていた。だがしかし、招待とは言うものの、彼らを豪邸に入れるわけではなかった。それは住民たちも理解していた。彼らの目的は挙式の後に行われる予定のバルコニーでの二人のお披露目だったので、彼らにとってそこまで問題ではなかった。そして気がつけば、挙式すら始まっていないのに既にたくさんの住民が屋敷のバルコニーの前に到着していた。

 バルコニーは、屋敷の正面玄関の反対側に位置しており、バルコニーのすぐ下は広めの庭になっており、綺麗に手入れされた真っ青な芝生が、一面に敷き詰められていた。すぐ近くには池もあり、いつも涼しい風が吹いていた。

そのバルコニーには、ハミルトン家の召使い達が軽い軽食を準備して、住民たちを軽くもてなしていた。よく手入れされた真っ青な芝生にとても似合う、鮮やかな白のテーブルクロスが被せられた長い机が置かれ、その上に大量の軽食が日の光に照らされていた。

 「こちらは新婦パドメ様からでございます。ささやかではございますが、こちらを召し上がりごゆっくりお過ごしください。」一人の黒人の召使いのがそういうと、住民たちは御礼と神への祈りを捧げ、軽食を頬張っていた。燦々と照りつける太陽の光も相まって、住民たちの顔は、とても輝いて見えた。

 「なんとお心優しい方なのでしょう。」

 「チャールズ様にぴったりなお方ですな。」住民たちは口々にそう言った。だがそんな中、料理についてや、新婦パドメについての悪い噂もちらほら聞こえていた。確かに新婦パドメが用意したと言われる料理は、どこか異国情緒ある食べ物ばかりで、中には住民が一度も見たことがない食べ物も出揃っていた。味に関しては申し分がないようで、皆美味しそうに食べていたが、そんなことは関係なく、その料理のせいでパドメの素性の噂はさらに一人歩きし始め、新郎のチャールズを騙しているのでは?と言うとんでもないことを言う者も少なからず見受けられた。

そんな住民からの信頼があつい新郎チャールズは、秀才で大学も主席で卒業し、教会での活動も精力的に行っていた。そしておまけに顔つきもハンサムで、女性の人気が特に高かった。そしてそれは、逆にパドメに対してのヘイトが上がってしまう要因でもあった。

住民たちがしばらく談笑をしていると豪邸のバルコニーから老執事のリチャードの、歳に負けない大声が聞こえてきた。白髪で顔には、苦労の数だけのしわが織り込まれているが、パリッとしたモーニングに剃り整えられた髭、そして綺麗に整えられたオールバックの髪型から、執事として立派にその苦労を乗り越えてきた彼の性格が垣間見えた。

 「ご参列の皆様、これよりハンク・ハミルトン様から皆様へご挨拶がございます。」そういうとリチャードは、慣れた足取りで後ろに下がり、合図を送った。すると、後ろから白いカソックを身に纏った、白髪に立派な白い髭を蓄えた小太りな老紳士が笑顔で住民に手を振りながら現れた。その老紳士を見た住民たちは、盛大な拍手と「ハンクさん」と老紳士の名前を叫ぶ声が飛び交った。人々の上昇したテンションと祝福の声で、静かだった雑木林は瞬く間に騒々しくなった。老紳士のハンクは両手を上に上げて、笑顔で静まるよう住民に要求すると次第に声援と拍手が消え、その分の期待の眼差しがハンクに向けられた。

 「たった今、ご参列者の皆様に見守られながら、神の御前において、我が息子チャールズと新婦パドメが、愛の契りを交わし、めでたく夫婦となったことを、ここにご報告させていただきます。」ハンクが深くお辞儀をするとそれを聞いた住民たちは再び歓声と拍手を上げた。だが、ハンクが再び軽く両手を上げると、住民たちはすぐに静粛を保った。

 「では司祭として、ここに新しい夫婦をご紹介しましょう。皆さん祝福の拍手でお迎えください。」ハンクは拍手しながら横にずれると、奥からパリパリのモーニングを身にまとった男性と、純白で美しいウェディングドレスを身に纏った女性が現れた。男性の優しく且つ凛々しい目と、スッと高い鼻は、真っ直ぐに前を向いて、スラっとした高身長の背は勇ましくそびえたっているように感じた。一方、女性の大きく輝く瞳はどことなく控えめな輝きを放っていたが、その眼差しが男性に向くと、真っ白く整った歯が、チョコレート色の肌も相まって一段と輝いた。そんな幸せいっぱいの二人は、太陽のように眩しく煌びやかに映り、住民たちは思わずため息をもらすほどだった。

 「改めてご紹介いたします。この度めでたく夫婦となった新郎、チャールズ・ハミルトンと新婦パドメ・ハミルトンです。」ハンクがそういうと、住民は二人の名前を呼び上げながら、祝福の拍手を送った。二人はぎこちなくお辞儀をしながら住民たちの祝福に応えるように、眩しいほどの笑顔で手を振った。そんなぎこちない様子を、後ろの方からハンクと彼の妻のペギーが優しい眼差しで寄り添いながら見守っていた。しばらくするとハンクとペギーは、チャールズに何かを促した。するとチャールズは、何かを思い出したかのように目を見開くと、一歩前に出て祝いの声をあげている住民たちを見下ろした。住民はそれを見て静まり返ったが、そわそわと落ち着かない雰囲気がまだ残っていた。

 「皆さん、今日はご多忙の中、私たち二人の結婚の儀にご参列いただき誠にありがとうございます。」新郎新婦とハンク夫妻がお辞儀をすると、例の如く拍手が起こった。

 「本来であれば屋敷の中に皆さんをお招きしたいのは山々でしたが、皆さんがゆったりとお寛ぎいただけるほどの広さをかねておりませんため、このような形になってしまい、申し訳ございません。ですが妻のパドメより皆さんにご用意させていただきました。サンドウィッチやお料理はお気に召していただけたでしょうか?」住民はジョークを交えたチャールズのスピーチを嬉しそうに、時に笑いながら聞いていた。

 「これらの料理はすべて妻パドメの故郷であるアフリカの料理を、皆さんのお口に合うようにとアレンジを加えて、手作りしたものです。」この一言が引き金で住民たちの様子が著しく変わった。パドメは少し驚いた様子でチャールズを見つめたが、チャールズは軽くパドメに視線を向けると、高い鼻をまっすぐと前に向けスピーチを続けた。

 「皆さんの間でもいろんな気持ちが飛び交っていることは分かっています。なので私の・・・私たちの口からご説明させていただきます。私の妻は皆さんの間での噂通り、元々は我が家の召使いです。」チャールズの言葉に住民たちは動揺を隠せず、風に吹かれた森の木々のようにざわざわとし始めた。

 「皆さんの言いたいことは分かります。こんなことは前代未聞なのかもしれません。この後の披露宴でも、社交界の皆さんに話しするつもりですが、もしかしたら社交界では誰も相手にしてくれなくなるかもしれません。父や母、家名に泥を塗ることになるかも。ですが、私が心に決めたのは、彼女でした。皆さんも彼女を知れば、きっと私が彼女を選んだ理由が分かるはずです。だから、どうか彼女を肌の色だけで、拒絶せず、ハミルトン家として受け入れてください。お願いします。」チャールズが頭を下げると、隣でパドメも目から光る何かを含みながら頭を下げた。すると、一瞬の静寂はあったものの、すぐに住民から温かい拍手喝采が飛んできた。二人は気が抜けたように笑顔で見つめ合い、熱い口づけを交わした。バルコニー前は、さらに大きな喝采となり、それを嬉しそうに拍手しながらハンクとペギーが二人に近づき、四人で抱き合った。

 「よく頑張った二人とも。だが、本番は今夜だ。言っておくが次はこう上手くはいかんぞ。」ハンクの言葉に二人は少し不安そうな表情を浮かべた。だが、チャールズは不安そうなパドメを見つめると、目つきが少し力強くなった。ハンクはそんな二人を見て、再び住民たちの方に、向きを変えた。

 「ではこれから新郎新婦が皆さんの元へご挨拶へ伺います。是非、二人に祝福の言葉をかけていただければ、親心としても幸いです。」ハンクの言葉に、住民たちは嬉しそうにバルコニーの前の門の前を広く開けた。それからしばらくの間の事を、パドメは全く覚えていなかった。ハミルトン家の大きな重圧に押し潰されそうな気分が、パドメを常に締め付けていた。そしてそのまま気付けば日は暮れ、温かい町の住民たちは帰路につき、しだいに社交界の人々が屋敷を出入りするようになっていた。その様子をパドメは、部屋の窓から眺めていた。窓の外に点々と映る、蝋燭の火が見える度に、パドメの胸が張り裂けそうになった。昼間の様子とは打って変わって、自分のウェディングドレスがくすんでしまうのではないかと言うくらいの華やかな衣装を身に纏った紳士淑女がぞろぞろと、まるで自分の体を一刺しずつ刺すのを楽しみに向かってきているようにパドメには映っていた。パドメの心臓の鼓動は、どんどんと大きくなり耳を塞いでしまうほど大きくなっていった。それに混ざるかのように、ドアをノックする音にパドメはふと我に帰ることができた。

 「どうぞ。」パドメは息を荒くしながら、ノックの主に答えた。ドアノブが動くと静かに扉が開き、優しいチャールズの目が、心配そうな眼差しでこちらを見ていることをかろうじて確認した。

 「パドメ、大丈夫かい?」パドメは返答したかったが、うまく声が出せずただ頷くことしかできなかった。

 「大丈夫、僕がついてる。きっと皆さんに、君の良さをわかってくれるさ。もし分かってもらえないならこっちから願い下げさ。」しかしパドメは首を横に振り始めた。

 「違うの。」パドメの声は上ずり、自分でも思った以上に涙が溢れ出ていた。

 「あのことかい?それは神の前で誓い合ったんだ。もう誰にも文句を言われる筋合いはないだろ。」チャールズはパドメの気掛かりを察しているようだった。しかし、パドメは首を横に振るだけでそれ以上何も言葉を発することはなかった。チャールズは、パドメの気持ちが分かる分、なんと声をかけて良いか分からなかった。

 「わかった。とりあえずゆっくりするといい。もしも君がまだ気持ちの整理がつかないなら、今日その話をするのはやめてもいい。」チャールズの優しい言葉がパドメには辛く、胸の中を掻き回されているようだった。チャールズはしばらく返答を待ったが、気持ちを察し何も言わないパドメを背に部屋から出て行った。チャールズは、ある決心を胸に社交界の人が集まる大広間に向かっていた。もうすでに大広間では、上等なシャンパンが注がれたグラスを片手に、笑い声が絶えない空間だった。料理も屋敷の召使いが上等な食材ばかりを使った料理が並んでいた。

 「チャールズ、パドメはどこだ。」さっきよりもそわそわとしていたハンクが、少し安堵の表情でチャールズに駆け寄った。「彼女は今体調がすぐれないようで・・・」「まさか・・・あの・・・」ハンクは、まるで幽霊でも見るような形相でチャールズを舐め回すように見た。

 「いや、今日は今日一日、彼女には慣れないことばかりで疲れてしまったんだよ。僕も初めての社交界では、こんな感じだっただろう?」「いや、お前は立派だったぞ。」「彼女だってそうだ。」「いやそういう意味じゃなくて・・・ちょっと待ちなさい。」冷たくその場を後にしようとしたチャールズを、諭すようにハンクが止めた。

 「お客さまたちはお前さん達をお待ち兼ねなんだぞ。」「僕達じゃなくてシャンパンだろ?なんせとびきり上等のものを用意したからね。」「だとしても、お前の乾杯待ちだ。結婚というのは、その人の独り立ちを意味する。ハミルトン家の一人息子の独り立ちだ。」ハンクの言葉にチャールズは軽くため息をついた。

 「分かりました。」そう言うとチャールズとハンクは、大広間の大きな階段へと向かった。ハンクはフォークでグラスを軽く叩きつけ、無機質な高音を大広間中に響き渡らせた。その音に気づいた客人達は、各々の行動をやめ、音のする方へ視線を向けた。

 「皆様、本日は我が息子達のめでたき日にお集まりいただき、親としてお礼を申し上げたいと思います。」そう言うと先ほどの住人達に向けた時よりもやや深めのお辞儀をした。それに対して、客人達はかなり浅めのお辞儀で返した。

 「ではここで、息子のチャールズより皆様にご挨拶をさせていただきます。」そう言うとチャールズは一歩前に出た。

 「皆様、本日は誠にありがとうございます。本来であれば妻と二人でここに並ぶはずでしたが、妻は本日の疲労もあってか少し体調を崩しているため今・・・」

 「チャールズ様!!」突然弱々しいか細い喉を振りぼったリチャードの声が、会場に響き渡った。

 「大変です。パドメ様が・・・」老体に鞭を打って駆け足で知らせにきたためか、今にも死んでしまいそうなほど息を切らしたリチャードを、ハンクが支え介抱した。チャールズは血相をかえて、一目散に走り出した。今の彼にはパドメの部屋への道しか見えておらず、チャールズを呼ぶハンクの声や、会場のどよめきなど耳に届いていなかった。

 「パドメ、パドメ。」チャールズが部屋に入ると、椅子から転び落ち、うつ伏せているパドメとその横でなす術なく立ちすくんでいる召使いのペドロがいた。

 「大きな物音がしたので失礼ながら勝手に入らせていただいたところこのような状況で・・・」「ありがとう。おかげで早く見つけてあげることができた。」そう言いながらチャールズはパドメのそばに駆け寄った。

 「パドメ、一体何があったんだ。」すると立ちすくんでいたペドロがゆっくりとチャールズへと近づき、一枚の紙を見せた。

 「これが近くに落ちていました。中はチャールズ様がお読みになった方が良いと思いまして。」チャールズはペドロから紙を受け取るとそこに書かれている文字を食い入るように読み始めた。

 「チャールズ、お医者様だ。」ハンクが参列者の中にいたかかりつけ医を連れて、部屋に入ってきた。その後ろでペギーが心配そうな顔でパドメからもらった髪飾りのようなものを手に握りしめていた。

 医者はパドメをベッドに寝かせると、脈を測ったり心拍を確認していた。そして内ポケットからライトを取り出し目を照らした。パドメを見守る三人の顔は嫌な予感を募らせていた。そして医者が静かにこちらを見た。

 「残念です。」ペギーはハンクに顔をうずめ、ハンクは目の前で起こっていることが整理できずにいた。チャールズはベッドに横たわる彼女の亡骸に倒れ込むように近づくと、すぐ隣で両手の拳を握りしめながら立ち尽くしているペドロを見た。

 「お姉さんに別れを言ってあげなさい。」ペドロはその言葉を聞くと、抑えていた感情が溢れ出るように、目から涙を漏らした。

 「すまなかったペドロ。君の姉さんを守れなかった。」チャールズはそう言うと、ペドロに手紙を渡した。

 「ごめんなさい。こうするしかないの。ブードゥーの呪いからは逃げられない。」そう書かれたパドメの遺書は涙で滲み、くしゃくしゃになっていた。

 お祝いムードから一変したハミルトン家を、悲しみの雨が打ち付けていた。

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