二人で過ごす時間 3


「すまないな……。バルトは悪い人間ではないのだが」

「……職務に忠実な方だと知っています。何度か護衛していただいたことがあるので」

「……そうか。彼とはよく一緒にいる姿を見た。すでに知り合いなのだな」

「知り合いというか……。会話をしたことがありません」


 事実、私はバルト卿とは、護衛をしてもらうときに恭しく捧げられる騎士としての礼と挨拶の言葉以外は、会話を交したことがない。

 いつも完璧な騎士団長で、寡黙なバルト卿が、あんなふうに飛び込んでくるなんて本当に予想外だった。けれど、人にはいろいろな一面があるということは、私自身がよく知っている。


「そうか、それは良かった」

「……? どういうことですか」

「年甲斐もなく、決闘を挑みそうになった自分に困惑している」

「……え? よく聞こえませんでした。すみません」

「そのまま、聞かなかったことにしてくれ」


 連れていかれてしまったバルト卿のことが気になりつつも、再び食事が再開される。

 ポタージュのあと出てきたのは、配慮されたのだろう、小さなサンドイッチだった。

 確かに疲れているときにフルコースなんて出てきたら、胃もたれしてしまいそうだ。


 そっと視線を向ければ、ジェラルド様は、少しだけお酒を飲みながら、オードブルをつまんでいる。

 見過ぎてしまっただろうか、視線が合うと、ジェラルド様は、ほんの少し首を傾げて微笑んだ。


「……っ!?」


 いつも完璧にカッコいいジェラルド様なのに、どこか可愛いそんな仕草が私に向けられたことにときめきすぎて、心臓がはぜそうだ。妻の立ち位置が最高すぎる。旦那様が可愛すぎる。


 心臓が本当にはぜてしまっては大変なので、用意されていたジュースを勢いよく飲んで気持ちを落ち着けたあと、慌てて話題を変えることにした。


「……あの、ジェラルド様とバルト卿はよく一緒におられるのですよね?」

「────あの噂は、勝手に周囲がだな」


 ああ、ジェラルド様の耳にまで、二人の噂は届いてしまっていたのだな……。

 一瞬遠い目をしたジェラルド様は、そんな顔すら素敵だ。


「二人は王国で並び立つ剣の使い手だって聞いたことがあります」

「……それは、事実だが」


 ジェラルド様は、残りのお酒を飲みきって、立ち上がった。

 そして、最後のサンドイッチを食べきった私のそばに歩み寄る。


「そういえば、騎士団の訓練には来たことがなかったな?」

「ええ……。王太子妃の品格にふさわしくないと言われてしまって」


 周囲の令嬢たちは、みんな騎士団の公開訓練を楽しみにしていた。

 とくに、ジェラルド様とバルト卿が参加する日は、入場が抽選になったという。

 とても羨ましかったけれど、王太子妃教育も忙しくて、行くことなんて出来なかった。


「今度、差し入れでも持ってきてくれるかな」

「えっ……」


 キラキラの瞳で見返してしまった自覚がある。

 ジェラルド様は、そんな私を見て、少し口の端を緩めた。


「君との結婚が決まってから、騎士たちに紹介してくれと騒がれていてな……」


 ジェラルド様は、王弟殿下だけれど、騎士たちに平等に接し、とても慕われていると聞いたことがある。

 そんなお姿を拝見する権利を得ることができるなんて、今日この日まで想像することすらできなかった。


「……はあ。そんなに嬉しそうな顔をしないでくれ」

「えっ……」


 しまった、そんなに顔に出てしまっていただろうか。

 言い訳させていただけるのなら、私は周囲の令嬢たちの間で、感情のない操り人形、氷のような令嬢なんて言われてしまうほど、感情を出さないことで有名だったのだ。


「――――あの、ジェラルド様の前でだけですよ?」


 そう、初めて出会った幼い日。

 あれが、私の初恋だったのだと今なら思うけれど、それと同時にジェラルド様にお会いできる刹那の時間だけは、本来の自分でいられた。

 少し泣き虫で、幼くて、弱い、でもよく笑う私で……。


「私と会ったとき、いつも君は笑っていたが、遠目に見る君はいつも王太子妃としてふさわしい表情だったから、実はいつも心配していたんだ」

「……ジェラルド様」

「過去を取り戻すことはできないから、今からたくさん甘えればいい」

「……それよりも私は」


 確かに、ジェラルド様は戦いに赴いていることが多いし、王族としての公務も多いから、めったにお会いできなかった。

 けれど、出会ったときには、ほんの一瞬であっても私のことをたくさん褒めてくれて、悲しいときには慰めてくれた。

 だから、これからは、ジェラルド様のお役に立ちたいし、妻として……。


「どうして急に赤くなったんだ? アルコールは飲んでいなかったはずだが」

「……私は、ジェラルド様に甘えるのではなく、これからは一人の女性として意識してもらいたいんです」

「……ステラ、君は今のままでも、十分魅力的だと思うが?」


 余裕の表情をしている上に、サラリとそんなことを言ってくるなんて本当にずるい。

 ジェラルド様は、私と違って大人だから、女性を褒めるなんて簡単なのだろうけれど、言われた側はたまったものじゃない。


 早く、その言葉に似合う大人になりたい。

 そうすればきっと、素敵すぎるジェラルド様の隣でも、胸を張っていられるに違いない。


 けれど、次の瞬間、再び扉が叩かれて、許可が与えられるとともに開き、私たちの話は中断されてしまった。振り返った先には、先ほどの姿から魔法でもかけられたのかと思うほど色気漂うバルト卿が、王国騎士団の正装姿で立っていたのだった。

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