白い結婚宣言されてしまいました 5


 ジェラルド様は、私の手を引いて部屋に戻った。

 テラスから中に入れば、最上階にあるその部屋は、私たちの寝室だ。


「今日は疲れただろう?」

「そうですね……。夜会よりずっと長時間で、たくさんの人が挨拶に訪れてくれましたから」

「来賓全部の名前と顔が一致して、しかも領地の名産にその地方での流行まで……。本当にステラは優秀だな」

「……そんな」


 ジェラルド様と私の結婚式は、王家からのお詫びの意味もあったのか、ものすごく豪華で、長時間執り行われた。

 招待状が送られてから、式が執り行われるまでの期間はとても短かったにもかかわらず、列席者は王都の中央神殿に入りきらないのではないかと思うほど多かった。


 辺境に近い貴族まで駆けつけてくれて、いかにジェラルド様が王国全土で慕われているのかがわかるような結婚式だった。


「ステラが、私の妻になってくれるなんて……。少しばかり、気合いを入れすぎてしまったようだな」

「ふふ。ジェラルド様も冗談なんて言うのですね」

「……冗談ではないが。まあ、そういうことにしておこうか」


 ようやく解放されて、屋敷に着いたとたんに告げられたジェラルド様の『君を愛するつもりはない』のひと言は、あまりにも衝撃的だったけれど、気持ちを伝えた今、私たちは本当の夫婦になったに違いない。


「……あの」


 二人の言葉が途切れ、訪れてしまった静寂に緊張しながら俯いてしまう。

 そんな子どもみたいな私に向けられたのは、温かな視線だ。

 隠すことのないそれは、私のことを慈しんでいることがすぐにわかるほどで、私は再び頬を真っ赤に染めてしまった。


「――――綺麗だ」

「えっ」

「ゆっくり見ることが出来なかったし、伝えることもできなかったから」


 これ以上私の頬を赤く染めさせてどうしようというのだろう。

 それに、このままでは、心臓が口から飛び出してしまうに違いない。

 心臓の音だってきっとジェラルド様に聞こえてしまっている。


「とりあえずそれを脱いで」

「えっ……!?」

「先に食堂に行っているから。式の間は、ほとんど何も食べられていないだろう? 着替えが終わったら、食堂に来なさい。何か軽くつまめるものを用意させておこう」

「……えっ?」


 それだけ言うと、本当にジェラルド様は私に背を向けて部屋を出て行ってしまった。

 一瞬決めかけた覚悟のやり場に困る。

 ジェラルド様にとって私は年下の目が離せない子どもでしかないのだろう。結婚したからといって、急に私たちの距離が近づくことはないらしい。


 よく考えれば、私はジェラルド様に『好き』だと伝えたけれど、ジェラルド様は『私としか結婚できない』と言っただけの話だ。


「な、なるほど……。好きだと言われていないし、その上私には、大人の色気が足りないと」


 参列者の王立学園の友人たちや、私の家族、それに涙ながらに私にお詫びをしてきた両陛下は、みんな口を揃えて私のウエディングドレス姿を可憐な妖精みたいだ、と言ってくれた。


 けれど、誰一人美しいとか、大人の魅力があるなんて言ってくれなかった。


 それに引き換え、王族だけが着ることを許される白い正装に身を包んだジェラルド様は、あまりに麗しくて、カッコよくて、大人の魅力満載なものだから、眩しすぎて、好きすぎて、隣に立っているのが正直辛かった。


 絶対に大人っぽくなってみせると決意しながら、繊細すぎてどこから脱いだらいいのかわからないドレスに苦戦していると、ドアが叩かれる。


「どうぞ……」

「失礼いたします」


 静かに入ってきたのは、可愛らしい侍女と、屋敷に着いたときに挨拶してくれた侍女長だ。

 私たちの結婚は、通常何年もの婚約者としての準備期間を経てされる王族の結婚にしては、類を見ないスピードで決定し、式が執り行われた。


 それは、私についての醜聞が、王国全土に広がることや、私の立場を利用しようとする人間が現れる前にという意味だったのだろう。もちろん、そのほかにこんなにも私たちの結婚式がすぐに行われた意味なんてあるはずもない。


「このレテリエが、奥様の専属侍女になります。何かありましたら、侍女長である私にいつでもお申し付けください」

「レテリエと申します」

「よろしくね。レテリエ」


 王弟殿下の王都のお屋敷は広大で、しばらくは迷子になってしまいそうだ。

 ただでさえ、王立学園でも慣れるまで迷ってしまったのだ。

 屋敷内で捜索されたりしないように気をつけよう、と心に誓う。


 用意されていたドレスは、軽やかで締め付けなく可愛らしい。

 本当に可愛くて、好みにぴったりだけれど、白くてリボンとフリルでいっぱいのそれは、私が目指したい大人の淑女路線とは正反対だ。


「あの……。もう少し大人っぽいものはないのかしら?」

「旦那様がご用意したものなので……。とてもよくお似合いですよ」

「そ、そう……」


 食卓に向かった私は、もう一度決意する。

 なんとしても、大人の色気を手に入れて、ジェラルド様に振り向いてもらうのだと。


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