白い結婚宣言されてしまいました 4


 ***


 そこまで回想して、気が付いたときには、最上階に設けられたテラスにいた。

 強い風が吹いて、思わず目を瞑る。


 次に目を開いたときには、私の目の前には淡い水色の光を放つ、美しい馬がいた。

 それは、初めてジェラルド様にお会いして以降、見かけることがなかったジェラルド様の精霊だ。


「……風の精霊」


 ジェラルド様は、そっと精霊を撫でる。

 嬉しそうにすり寄る様子は、本当の馬みたいにも見える。

 いつもジェラルド様からするハーブの香りが、精霊から漂ってくる。

 しばらく、精霊の鼻先を撫でていたジェラルド様は、小さくため息をついた。


「……私が結婚しなかったのは、ただ単にこいつが許してくれる相手がいなかったからだ」

「そ、そうだったのですか」


 騎士団長様とのあらぬ噂は、完全な勘違いだったとわかり頬を染める。

 そっと降ろされて、あまりに美しく光り輝き、風のように揺らめいている透明な精霊を見つめる。


「きゃ!?」


 なぜか、次の瞬間頬を舐められた。

 結婚を許さないはずの精霊は、私に対して敵意を向けるどころか、大好きだと告げるみたいにすり寄ってくる。

 そういえば、貴族令嬢が近づくことを嫌がっていたらしいのに、私が近づいても大丈夫なのだろうか。


「あの、近づいたら精霊が嫌がるのでは……」

「君は、精霊に愛される加護を持っているだろう? だから、王太子の婚約者に選ばれた」

「確かに、そうですね」


 そうでなければ、きっと地味な私なんて選ばれるはずもない。

 そんな私の表情に気が付いたのか、ジェラルド様は、私の頭をそっと撫でた。


「精霊は、呼び出した人間に加護を与える代わりに、その人間に執着する。……つまり、私は精霊が愛する君としか結婚できない。だから、君が気に病むことなど一つもない」

「で、でも……。私を愛することはないと」

「……? 私みたいなおじさんが、君を愛すると言ったら、君が好きな人を見つけたときの足かせになるだろう?」

「えっ!?」


 次の瞬間、精霊が勢いよく私のお尻にぶつかってきた。

 

「ひゃっ!?」


 気がつけば、私はハーブの香りに包まれて、ジェラルド様の腕の中にいた。


「危ないな……」

「あっ、あの! 私としか結婚できないって」

「君がフェンディルの婚約者に選ばれたのは、精霊に愛される加護を持つからだ。王国で現状一番力の強い、私の精霊ルルードが愛するのも君だけだ」

「……それなら私がもし、ジェラルド様のことを愛したら、ずっと一緒にいてくれますか?」


 もし、なんて言葉をつけたけれど、本当は私にだってわかっている。

 ずっと諦めていたけれど、私が愛する人は一人しかいない。


「……君はまだ若い。命を助けられたからといって、私みたいな」

「ずっと、好きでした!」

「……は?」


 相当驚いたのか、私を抱きしめていた腕の力が強まる。少し苦しい。


「……はぁ。自分に、期間限定なのだと言い訳していたのに」


 ジェラルド様が笑う。

 完璧に整えられて、髭の一本もないのに、その笑顔は前線から駆けつけてくれたあの日と同じでどこか野性的だ。

 精霊が喜ぶようにいななけば、強い風が運んできた白い花びらが、まるで祝福するように私たちの上に降り注ぐ。

 精霊の祝福を受けた二人は、末永く幸せになるという。


「そう、それならもっと早く君を奪って、ダメになるほど甘やかせば良かった」

「えっ!?」


 少し子ども扱いしているような口づけは、頬に落ちてきた。

 それは、どう考えても、恋人にすら届かない、子どもたちの挨拶の口づけだ。

 結婚式の口づけは、実際にはまねごとだけだった。

 たったそれだけのことに真っ赤になってしまい、頬を押さえた私の耳元にそっとジェラルド様は唇を寄せる。


「……早く大人になりなさい」

「……王立学園も卒業しました。もう、私は大人です」

「そうだな。そういうことにしておこうか」


 ジェラルド様は、赤く頬を染めたままの私の頭をもう一度撫でて微笑んだ。

 その笑顔からは、やはり大人の余裕が感じられる。本当にあまりにカッコよくて、そしてずるい。

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