2 最新ボディ


 来たときと同じように、密かに二隻のスペースシップがイントロンたちのアジトを出発した。

『コレヨリ、デネブ星系第六十一番ステーションニ向カウ』

 人工知能アルが進路を説明する。


 イントロンたちのアジトのあるユーロパが見る見る遠ざかる。

「メイ、ちゃんとドクター・ジンに甘えてきたか」

 ナギが遠ざかる星を眺めながら、らしくない兄貴風を吹かせる。

「馬鹿にしないでよ、ナギじゃあるまいし」

 メイはそう言ってアカンベをしてみせた。肩で揃えた黒い髪、黒い瞳に勝気そうな意志を覗かせる。


 ヴィーのスペースシップには相変わらずの顔ぶれが揃っている。

「どうしたの? ユリアーナ、変よ」

 メイは側にいる金髪の歌姫の綺麗な顔を覗き込んだ。

「えっ、そう?」

 歌姫ユリアーナは慌てたように頬を押さえた。

「歌って、ユリアーナ」

「ごめんなさい、何も……、あっ…」

 そう言って口籠ったユリアーナはふと顔を覆った。

「どうしたの?」

「炎が見えたような気がして……」

 その言葉で皆がユリアーナを注目する。

「物騒だな。派手にやりあうのか」

 ディヤーヴァがニヤリと笑う。額に赤い宝石、相変わらず頭にターバンを巻き、ゆったりとした衣装を身に付けた浅黒い顔の男は、側にいるナギを引き寄せた。小奇麗な服を着せられたナギはディヤーヴァを振り返って、釣られたように口元を笑ませる。


 ヴィーは行く先の説明をするアルのアナウンスを、その冷たく冴えるブルーグレーの瞳でスクリーンを睨みながら聞いている。

 アジトに置いて行こうとしたアームズの作り出した獣、ラプター・トランは暴れて他の人間の手に負えず、とうとう一緒に付いて来た。ヴィーにへばり付いて離れない。今もヴィーの隣で首をかしげてスクリーンを覗いている。

 小さな船はそれだけで一杯だった。


 アンディが乗るといったが、これ以上は無理だと一緒に行くニコの船に乗ってもらった。

『コレヨリワープ領域ニ入ル』

 アルのアナウンスで皆は定められた席についた。



『デネブ星系第六十一番ステーションヨリ応答アリ』

 スクリーンに円錐や円柱や球体やらの立体をたんぱく質の構造図のようにくっ付けたようなものが映し出された。それは近づくに連れて次第に大きくなっていった。


「あれが?」

 ナギは目を凝らした。その円錐や円柱の一つ一つが巨大な建造物だった。どれも皆回転している。

『第六十一番ステーションニ到着。管制塔ノ指揮下ニ入ル』

 マシンの人工知能アルの操るスペースシップは、管制官の指示に従って青い誘導灯のひとつへと向かっていく。


 誘導されたカタパルトデッキのひとつに降り立って下船すると、待つほどもなくニコたちもすぐに到着して皆でステーションに向かった。



 にぎやかなステーションだった。中央には広場があって通路が四方八方に広がっている。通路の両側にはさまざまなショップが店を広げていた。しかも階は何層にもなっていて、長いエスカレーターがくねくねと上へ下へと伸びていた。


「ここはターミナル駅だ。人が自由に行き来する。アームズもここまでは干渉しない」

 案内に立ったのはヴィーで、ラプター・トランは船に残してきたから身軽なものだった。


 ステーションには黄色や緑の肌をした人や金属光沢の肌を持ったものなど、背の高さも身体の太さも顔の作りもまちまちな、ありとあらゆる人種が行き来している。


 惑星テラの衛星も賑やかだったが、それの比ではない。

『ゴーン星系へお越しのお客様。第七十七番ゲートより出発のフェリーボートは──』

 空港からはひっきりなしに船のアナウンスがある。


「今のは?」

 ナギが聞きなれないアナウンスを聞いてディヤーヴァを見上げる。

「森の星ロンドーニア方面に行くフェリーだな」

「フェリー?」

「小型の船をたくさん乗せて行くんだ。個人で行くよりは安全だから、星系間航行をする時、普通は皆フェリーに乗る」


 ナギが頷いたとき、頭上の広告塔にアームズのコマーシャルがかかった。

 若い男女が巨大な立体スクリーン一杯に踊っている。

『アームズの新作ボディ──』

 ナーレーションが音楽と一緒に鳴り響く。


「あれは何?」

 ナギがスクリーンを見上げて聞く。スクリーンで踊っている男女はメイやナギとそう変わらない年齢に見えた。均整のとれた身体。金、銀、赤、黒の髪のどれも整った顔の少年少女達。


「アームズの最新式のボディですよ」

 赤い髪のニコと一緒にやって来た腹心のエッダが説明する。二人とも背の高い大柄コンビである。一緒にいる中背のアンディが小さく見えた。

「ボディって?」

 ナギが分からないという風に聞く。


「ドールはアームズ社なんかが作ったボディに入っているんですよ」

 エッダがそう説明すると、後を引き取ってニコが解説する。

「ボディは色々あって量産系は安いが、微調整ができなくてロボットみたいな動きなんでロボットタイプとか呼ばれていたんだ」


「でもボディも進化していて、最新のはあんな風にきれいで滑らかな動きをしています」

 作り物の体。醜く変わる自分の身体を捨てて手に入れる、美しくて丈夫なボディ。

「俺と同じ歳くらいだ」

 ナギがスクリーンを見上げて首を傾げる。子供はドールになれないんじゃなかったのかと。


「あれは最新式だな。新しいのは十五を過ぎたら、もうボディに乗り換えてもいけるのか」

 コマーシャルを聞きながら、ディヤーヴァが皮肉そうにつぶやいた。ベレスフォードに楯突いて逃げ回っていた間にも、惑星タミルでくすぶっている間にも、時はどんどん流れて行ったようだ。


「アームズのドールも進んだものだな」

 ディヤーヴァがスクリーンを見上げて嘆息する。

「その内、赤ん坊のときから入れるボディが出来るかもな」

 と、ニコが肩をすくめる。


「おかげでナギとメイも目立たないですむ」

 先頭にいるヴィーが一行を振り返って言う。

「まあ、今の格好ならな」

 ナギもメイもレースや刺繍をあしらったきれいな衣装を身に着けていて、ちょっとした金持ちの一行風であった。

「じゃあ歳をとって、もう一度ああいうボディに入ればずっと若くていられるのかしら」

 と今度はメイが聞く。


「年齢を偽っても脳年齢はどうしようもない。それにボディの移植手術は簡単ではないし、失敗すれば命が危ういか一生身体が不自由になるか」

 ヴィーが振り向かずに説明する。


「それほどまでしても」

「──しても欲しいのだ、美しいボディが」

 一同を促して歩き始めた。

 広告塔の上で数人の少年少女が踊っている。きらきらとまぶしく光り輝いて。道行く人々はそれをしばし眺め、そして通り過ぎてゆく。

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