6 ナギとメイの母


『私たちは何故狩られなければいけないの。私たちにも生きる権利はあるのよ』


「人を集めるのが、そして導くのがうまい人だった。皆が彼女の許に集い走った。この廃墟で最初に立ち上がったのもあの人だった」


『大丈夫。生きているわ私たち』


「一度は散り散りになった仲間を呼び集め、廃墟の中に街を再生させた。我らの女神だ」

 ヴィーの話をうっとりとユリアーナは聞いている。メイはその様子をチラリと横目で見て更に聞いた。


「ヴィーのお母さんとお父さんは?」

「私の両親はドールなんだ。私が生まれたとき、そうあるべきだと思い描いていた姿だったので感激したと言ったな。実際に両親は私とよく似たドールを選んでいたんだ」


 ヴィーと同じプラチナブロンドの髪とブルーグレーの瞳のドール。変形してしまった自分の身体を捨てて、本来あるべき自分の姿をヴィーの両親は夢見た。


「キュルルーー」とトランが鳴いて鼻面を寄せる。

 ヴィーはその顔を押しやった。蹴っても引っ叩いても擦り寄ってくる獣に、もはや諦めモードである。


「この子は作り物なのかしら、それとも昔の生き物?」

 メイが首をかしげてトランを見る。

「アームズが作ったのか?」とヴィーはナギに聞いた。

「うん」

 背を向けたままでナギが答える。自分の事を言われているのが分かるのか、トランは黒い丸い瞳でキョトとヴィーを見る。


「変だよね。こうして作り出されたものにも命がある」

(ディヤーヴァなんかすごいのに。俺だってもしかしたら……)

 ベレスフォードは何と言ったか。

(もしかしたら俺だってアームズに作り出されたものかもしれないんだ。ベンジャミンみたいに。だって、あいつはそう言った──)



「もうすぐお母さんに会えるのね」

 メイがそう言って写真のケースを胸元に当てる。

「ずっとお母さんは行方不明だと言われて育ったの」とユリアーナに説明している。

「よかったわね。羨ましいわ」

「ああ、ごめんなさい」


 ユリアーナの両親はイントロンではなかった。イントロンの子供が生まれたことを恐れて、テラの知人に預けたのだ。

 アームズはイントロンが生まれれば、親が新人類であろうとドールであろうと全て狩る。アームズに狩られることを恐れて、子供がイントロンであれば殺した時代だった。


 テラの衛星に隠れ住んでいた年老いたイントロンに育てられたユリアーナは両親の顔を知らない。それでも、殺されなかっただけましなのだ。

「ううん、いいのよ。メイのお父様のドクター・ジンって、すごくステキな方ね。メイってばよく似ているわ」

「えへへ」

 らしくなく照れてしまったメイを見ながらナギは思う。自分はあの立派な人にどこも似ていないと。


「君はルスによく似ている」

 ヴィーがそう言うと、ナギはその顔を上げてヴィーをじっと見る。綺麗に整った顔。金色の髪と透き通った金色の瞳。あの皮肉っぽい大男がいなくて、今のナギはどこか頼りなげに見える。


 その細い肩に手を置き励ますように言った。

「ルスが来たら分かる」

 コクンと頷くナギを見て、もっと側に引き寄せようとしたヴィーだが、獣のトランがその顔を二人の間にぬっと突き出して邪魔をする。

「キュルーー」

「トラン」

 ナギは獣の首に腕を絡めてしまい、獣はナギをヴィーから攫って船内を勝手に歩き回った。



 暫らくして、一度は戻ったアンディが慌てた様子でドックに来た。

「ヴィー様」

 スクリーンに映ったアンディを見てヴィーが船から下りる。

 アンディが報告すると顔色を変えた。

「ナギ、メイ、ユリアーナ」

 呼ばれないラプター・トランまで下りてヴィーを囲む。

「何か事故があったらしい。すぐドクター・ジンの屋敷に戻ってくれ。私もすぐに追いかける」


 アンディは三人を連れてドクター・ジンの屋敷に戻ると、三階の会議室のような部屋に案内した。そこにはドクター・ジンとお付の連中、そしてディヤーヴァがいた。ヴィーもすぐに駆けつけて来る。


「緊急連絡が入った」

 ドクター・ジンが重々しく切り出した。

「ルスが攫われた」

「そんな……」

 一同は声もなくドクター・ジンの説明を待った。

「ここに向かう途中で、場所から言うと──」

 会議室の真ん中に星図が浮かび上がる。


「ルスはデネブからワープしてこの星域に出るはずだった。しかし、予定の時間になっても何の連絡もない。こちらから連絡したが応答がない。つまりこちらの星域には到着していないのだ」


「何か事故でも」

「向こうにいる仲間に連絡を取って、船の位置を割り出すことが出来た。ルスの乗った船はまだデネブ星域にいる」

 デネブ星域はここリゲル五十五番星系から見て、テラより向こう、恒星ゴーン系と対をなす位置にある。取り残されたゴーン系と違い、活発に人の行き来する星が集まる星域だった。


「ルスには護衛が付いている。それにルス自身、かなりの能力者だ。もし攫われたとすれば相手はよほどの実力者……」

「ご自分で行かれたという可能性は?」

 お付の一人が聞く。


「何故いなくなるのだ。子供が見つかったというのに」

 ドクター・ジンはこの男に似合わない冷たい声で切り返した。

「俺、探しにいく」

 ナギが宣言する。


「ベネディクト!」

 ドクター・ジンがナギを叱責したがメイまでが言い出した。

「あたしも行くわ」

「お前は残りなさい」

 苦虫を噛み潰したような顔でドクター・ジンがたしなめるが、聞くような娘ではなかった。

「会える日をずっと待っていたの。こんな所でモタモタできないわ」

「私が護衛します」

 ヴィーが申し出ても、ドクター・ジンは首を縦に振らない。

「お前は女だ。足手まといになる」

 しかしメイは引き下がらない。

「大丈夫。あたしよりナギの方がよっぽど弱いわ」

 娘は父親の前に出て言い放つ。


「ドクター・ジン、いえ、お父様は大切な方だから、ここで指揮を取られるのは分かるわ。でもナギが行くのに、どうして私だけを引き止めるの?」と反対に聞き返す。

「あの…、私も行きます」

 そこにユリアーナが遠慮げに申し出た。


「君は」とヴィーが断ろうとしたが、メイがなぜかユリアーナの後を押した。

「いいじゃない、歌で占ってもらえば」

 ディヤーヴァは言葉を発しない。ふとその腕に傷痕を認めてナギは問う表情でディヤーヴァを見上げた。

「血を取られた」

 小さな声でディヤーヴァが返す。ナギは顔を顰めた。その痕に唇を近づけ軽くキスをする。そして腕を絡めた。ディヤーヴァの身体の中に暖かい意識が流れ込む。

 ディヤーヴァはナギの身体をそっと引き寄せる。

「デネブ星系には惑星アジールがある。懐かしいぜ」

 懐かしいとも思えぬ声で嘯いた。



「ヴィー」

 ヴィーが部屋を出て行こうとするとドクター・ジンが呼び止めた。

「ご心配なく。お二人の安全を身を挺して守ります。ルスもきっとご無事に探し出して来ます」

 ヴィーが最敬礼をしてそう言うと、ドクター・ジンは溜め息を吐いた。


「デネブ星系はアームズの勢力が強い。研究施設もたくさんある。私にはルスが無事でいるとは思えない」

 ドクター・ジンはヴィーの側近くに近寄って囁いた。

「もし、ルスが死んだら、ベネディクトを殺せ」

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