イアトロマテマティカ ー2024/7/15 Mon 23:59
「君の心を折るためにどうするべきか考えたんだ」
榊は真っ暗な空間でそう切り出した。夢の中。榊がそう呼ぶあのいつもの空間。なにもない、しかしここにいる権利を持つものが念じればなんでも手に入る異空間。
望めば人間だって手に入る。
「誠也くんが私に負けたことで、君の身体は手に入った。命令をすれば君はどんなことでもしなくちゃならない。好きにしていい操り人形みたいなもの。でも意志があるからいつか私に反発する」
「……そんなことしないって」
というかできないだろ。そうしないように様々な手を尽くされ身動きができないようにされているのだから。
「たぶん、誠也くんを痛めつけても君は、私に嘘をついてそれらしく振る舞おうとするだけ。そうじゃなくて、――どんな扱いをしても喜んでくれる奴隷になってくれなくちゃ」
い、け、な、い、で、しょ?
「……それは洗脳で、は?」
一般的にされて嫌な行為を受け入れてしまう、それも喜んで、となると頭に浮かぶのはマゾヒストという性癖である。
思考が停止したまま榊の言葉を待つ。知らず知らずのうちに付き従う奴隷根性が身についていることを否定する気はない。だって殺されたくはないもの。夢の中だとしても死にたくはない。
――あんな風に自分が惨めに死ぬのは嫌だ。
「誠也くんのチップは六人。彼らを一人ずつ殺していくのもそれは良いアイデアかもしれない。でもね。君にとって赤の他人である彼らを殺したところでなにも君は悲しまないし、なにも思わない」
心を読まれた、と思った。
「そんなことはない」
「そうかな? 君は七人のうち一人を殺せばいいゲームで、六人全員を抹殺した。私のルールの罠に気づいたからだとしても、それは紛れもない事実だよ。我が身可愛さに他人を殺す」
あんな風に死ぬのは嫌だ。
「ただ、親友である大和くんに関しては、シナリオを作り彼が必ず生き延びるように操作した。六人を殺すために自分の仲間にして」
モニターから見る景色は壮観だった。見下ろす景色。テレビで映画を見ている感覚で、一人ずつ殺していく。泣き叫ぶ声、銃声の生々しい音。彼らは一人一人と死んでいく。自分が操作したことによって。そこに罪悪感を感じたか? きっとその感覚は人間として必ず持っていなければならない。けれど俺は。
そこになんの罪悪感もなかった。
だって、自分になんの関係もない、赤の他人だから。
「同情を覚えないほど、君にとっては選考の時にカフェテリアにいた、ただの学生。無作為に選び、そこになんの感情もなかったんだろう」
それはまさに。
「生贄を選ぶ感覚に近かったのだから」
「冷酷だって言いたいのか」
「いいやまさか。私だって同じだよ? というか私の方がもっと酷い」
――それはまさにゲームをするかのように。
「私たちは直接自らの手を汚すことなく殺人を犯した。そこにはなんの感情もなく、作業的に大量に。誠也くんと私は同じだよ」
自ら書き上げたシナリオ。それは七人のうち六人をいかに合理的に最短で殺せるかを熟考した。
ミステリ作家が殺人事件を紙上で練り上げるが如く。いかに美しく完璧な、たとえ誰かに冷徹だと罵られようと我が脳が考えた至高の芸術。
「君の殺人は美しかった。キャラクターの感情を揺さぶり、全てを
「だから俺を手に入れたいと?」
「――うん。でも、私には邪魔な人間がいるの」
榊はパチンと指を鳴らす。この前と同じだ。指を鳴らせば自らが、望んだものが手に入る。
「や、ま、と……?」
「誠也くんは酷い人間だから、赤の他人が死のうがどうでもいい。きっと殺したところで君は悲しむこともないでしょう」
君はそれができてしまうから。
「知った人間ならばどうだろう? ――橋本大和。誠也くんの高校時代からの親友」
「大和を殺す、のか」
榊はチッチッチと舌を鳴らす。
「ゲームをするって言ったでしょ。今夜のゲームはタロットを使う。知ってる? タロットって、星座に対応しているカードがあるの。占星術では、星座を人体のパーツに当てはめて考えていた。これを
それが現代から見れば信憑性のないデタラメ医術であったにしろ、古来の人間は空に浮かぶ星々を人体になぞらえて考えた。身体を治す治療法を模索し、ルールを紐づけるために。
それは小さな宇宙のよう。
「占いをしよう? 引いたカードが正位置ならば治療を。逆位置ならば――」
それがどんなことよりも最短で、自分の心を壊すことだと知って。榊は大和が誠也に提案した裏切り行為を知っている。
大和は誠也をここから助けるために密かに誠也に情報を伝えた。だが、我々には監視があり、その目から逃れる術はない。――これは彼にとっての罰でもあるの、と榊は言う。
「大和くんの臓器を潰す」
誠也の手で大和を処刑する、そのために。
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