Week3 邪魔者は消しておかないと。

監視の目 ー2024/7/15 Mon 11:20


「なんか誠也、肌艶良くない?」

 図書室で自習をしていると、隣に座った橋本大和が急にこんなことを聞いてきた。思わず声を出しそうになる。大和は俺の様子を不審がっていて我ながら過剰反応だったなと思い直す。


「え。そう、?」

「なんか良く眠りましたみたいな顔してるよ」

「あー、アニマルセラピー……かもしれない」

「へぇ。猫でも飼ったの?」

「いや、違うような気がする、けど」


 むしろ猫が俺だったけど。耳と尻尾がないだけマシだったけど。頭を撫でられ、すりすり擦り寄って甘えたのは俺。二日間甘えに甘え、ごろにゃんごろにゃん微睡んだ。そのおかげか寝不足は解消し身体のだるさもない。

 が、思い出すと顔が赤くなるほどに恥ずかしい。この年でペットプレイは痛い……。


「へぇそ。今日は榊さんはいないんだね」

「榊は、いないよ」

 むしろいなくてよかった。今朝もスプーンで餌付けをされながら朝食を食べた。解放されたのは二日ぶり。首輪がないとこんなに息がしやすい。

「いるともう俺、ダメになる……」

「ダメ?」

「あぁ、うん、いやなんでもない」

「大丈夫? 様子変だけど」


 橋本大和はいつもと変わらない。首元を見てもバーコードは見えない。あの夢の中の出来事は覚えていないんだろうか。記憶を消されてる? あり得なくはない。俺もゲーム内で人の記憶を消すことができたのだから。


「そういえば来週テストだよな。勉強してる?」

「うん、なんとか」

「まじかよ。えっと持ち込みオーケーだっけ?」

「レポート一枚ペラなら」

「さんきゅー。徹夜で作ろ」


 学校に来ることは許可されたが、帰宅後はまっすぐ榊の家に向かわなければならない。途中で逃げることは許されない、というかできないと言われた。できないとはどういうことなのか。

「俺の行動を全て監視するのは無理だしな……」

 せめて家に帰りたい。榊の部屋にいると理性が飛ぶ。ここにずっといたくなってきてしまう。

 もう二度とあそこに行ってはダメだ。


「大和は、最近変な夢を見たとかないの? トランプゲームをした、みたいな」

 大和は首を傾げる。なんでそんなことを聞くんだ? というように。

「は? なんでだ? 夢なんだから覚えてるわけないだろ」

「だよな」


 俺も初めは曖昧だったし……。なんども繰り返しあの空間に行くと脳に記憶が残るようになる。そもそも主催以外に記憶は残るんだろうか。

「それより、榊さんの家に今日も行くんだろ。送っていくよ」

「え?」

「俺、頼まれてるから。お前を送るの」

 なんでそんなことを大和が頼まれているんだ。別にそんなことをしなくても良いだろう。


「なんで?」

「なんでって。付き合ってるんだろ、お前ら」

「いやおかしいだろ、なんでそれを知ってるの」

 あれ話したっけ? ぽろっと話した、いいや話してない。というか付き合ってない。榊が勝手にそう決めただけだ。二日間ずっと囁かれたせいでそうであると認識し始めたけど、俺ら付き合ってない。

 そうだよ、榊は俺を監禁し拘束して、無理矢理従わせただけ。


「というか付き合ってないよ」

 確かに二日、榊は俺を彼氏扱いしてくれたけど。

「榊がそう言ってたの?」

 というか今日、大和は榊にまだ会ってないじゃん。

「帰るんだろ?」

「か、帰らない。おかしいだろ、俺は俺の家があるのに」

 変だ。


「大和、嘘だろ?」

 なんだ? この違和感は。

「いつそれを知ったの」

 というか大和は榊のことが好きだったはずだ。俺がもし榊と付き合っていると知ったなら、おそらくこんな反応ではなく。

『誠也くんのお世話は私がする。君は今日から私の彼氏ね。学校が終わったら真っ先にお家に帰ること。帰ってこなかったらお仕置き。躾をしなくちゃね。ダメな子には罰をしなくちゃ』

 まさか、そんなわけがない。


「大和は、俺の味方? それとも榊の」

 もしかしてもう俺の周りには誰も……?

「なに言ってるの、誠也」

 声が震えていた。インディアンポーカーの時、橋本大和に嵌められた。あの彼は演劇部の魔王としての橋本大和。

 今、目の前にいるのは誰だ。大和はいつものあどけない笑顔を見せる。やんちゃそうに笑ういつもの顔。――いつもの大和のはず。


「誠也が榊の家にちゃんと帰ってくるように、俺はお前のを命じられている。ねぇ、誠也。ちゃんと家に戻れるよな?」

「……あ。うん」

 榊の包囲網は思っているよりも強固だ。大和は黙ってTシャツの襟元を見せる。筆箱の中に入っているコンシーラー。確か、舞台に立つ時に化粧をして出ることもあるからといつも隠し持っているものだった。大和はそれで隠したのだろう。

 指で拭うと刻印はあった。

 シーっと指を唇に当てる。


 ――俺はここで気づく。大和はずっと演技をして、気がついていないふりを、記憶していないものを忘れたふりをしていたのだと。

 大和は榊に会っていない。であれば、俺が榊と付き合っているという情報は榊から聞いたわけではなく、スマートフォンかなにかで命じられたもの。おそらくメッセージアプリかなにかだ。

 大和はその命令を遂行するしかない。だって、大和も榊の支配下にあるのだから。でも、――大和は俺の味方でいてくれている。

 今は耐え忍ぼう、でもきっと逃げる機会を見つけよう……。


「も、戻れる」

 声を誰かに聞かれている、ということだろうか。演技をして人を欺かなければいけないような状況に俺らはあるのか。

「送るよ」

「分かった」

 榊の目的はなんなのだろうか。そういえばあのデスゲームはそもそも一体なんなのか。夢の中の出来事であるが、俺にはもちろん記憶があり、おそらく大和にも記憶がある。そもそも複数の人間に同時に同じ夢を見させることなど可能なのだろうか?

 あのゲームにもなにか裏がある。


「気をつけろよ」

「あ、うん」

 大和はノートの端になにかを書きそれを見せた。


「…………分かった」

 逃げられる術はないとはこういうことか。大和が支配下にある以上、大和に危害を加えられないために俺は榊のもとに戻るしかない。


 ――潜り込んで探るしかない。

 ノートの端にはこう書いてあった。

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