ゲームオーバー ー2024/7/13 Sat 09:00


 自分が考えたデスゲーム。人狼ゲームを改造した、たった一人だけが勝ち抜けるイカサマゲーム。


「さぁ、吸血鬼は誰でしょう?」

 このゲームには初めから穴があり自分は彼らたちを嵌めた。自分が死なないようにするために必要な手順だったから。

 悪いことはするもんじゃない。生まれてしまった隙から周りの人間を疑う。初等部の時に道徳の授業で学んだような、人間としての倫理観を神様から問われているみたいだ。


「ごめんね、誠也」

 大和なら自分が作ったシナリオを上手く演じてくれる。その判断は間違えていなかった。

 大和を巻き込んだことは間違えてない。間違えたのは、初めからあった穴に気がつかなかっただけ。初めから自分を貶めるために行われたゲームで穴に見事に堕ちただけ。


「ねぇ、誠也くん。――このゲームに負けたら」


 ◆◆◆


「う、うわぁぁぁっ!」

 夢を見た。思いっきり飛び上がり息を整える。肌に汗が滴る。髪の毛はピッタリと張り付いていてじっとりと気持ちが悪い。暑い。暑い。

 七月の熱気が窓から入ってくる。息が苦しい。息が、できない。


「はぁっ、はぁっ、はぁ……」

 耳をなぞるような榊優奈の甘い声。悪くないと思っていた頃が懐かしい。あのゲームの中ですっかりと恐怖対象にすり替わってしまい、天使の羽を生やした彼女が堕天した悪魔にしか見えなくなった。

 悪夢だった。自ら手を下すことはなく親友の手を使って嵌められた。


「はぁ……」

 ベッドから起き上がって水でも飲もう。そう思って立ち上がろうとすると抵抗があって後ろに引っ張られた。首を中心に後ろへ。なぜか前に進むことができない。どうやっても後ろに引っ張られる。


「な、なに」

 ガチャリ、と鈍い音が響く。


「あっ」

 ぺたりぺたりと首元を探る。そこにあったのは榊につけられたあの赤い首輪。自分の首を拘束し、その先は、犬のリードのようにベッドの柱に繋がれている。まるでペットのように。


「嘘だろ」

 脳は一気に覚醒する。


「どこ……」

 この部屋は自分の部屋じゃない。ホテルでもない。綺麗に整頓された部屋はほんのりと香水の匂いが混じっている。


「もしかして、榊の」

 サッと血の気が引く。早く、逃げ出さなきゃ。

「にげっ」

「ダメだよぉ? 誠也くん」

 窓の外に向かおうとした時、背後から声がした。


「さ、さかき」

「おまんまできたよ?」

 にっこりと笑う榊の手には温かそうなトーストと目玉焼き。こんな状況でなければ可愛い彼女が作った幸せ朝ごはん。首輪を嵌められリードを繋がれている、こんな状況でなければ。


「なんの、冗談なの」

「え? 誠也くんは私に負けた。私は君が欲しかった。だから私のお部屋に連れてきた。ペットは大事にお部屋に入れなきゃいけないでしょ? これ飼い主の常識ね」

「お、俺は犬じゃない」

「じゃあ猫ちゃん? なるほど、確かにそうか。誠也くんってあんまり懐かなそうだし、手入れが行き届いてる艶々で真っ黒な髪の毛をしてるし、お目々大きいし、猫ちゃんか」

 猫、でもない。と言いかけたがやめた。

 話が通じない。


「よーしよし、おまんま食べようねぇ」

「……あのさ」

 榊はベッドに繋がれたままの俺を見下ろすように立っている。自分の方が立場が低い。それを否が応でも分からせられる。


「なんで、俺なの」

 惨めで屈辱的だ。この前のように裸で放置されていないだけマシ。赤い首輪を嵌められ愛玩動物のように扱われる。

「なんで、俺にこんなことをするんだ」

 俺じゃなくてもいいだろう。榊が支配しているものなんて他にいる。

 その中でどうして自分なのか。


「それは」

 榊は口元を緩める。テーブルに朝ご飯が乗ったトレーを置き、口紅が塗られた唇に人差し指を当てる。その表情には一瞬どきりとする。妖艶でもあり可憐でもある。

 いつもの榊とは雰囲気が違ってまた良い。

「君のこと、好きだからだよ」

「……え」


 榊は感嘆詞を上げた俺の口元を無理やり奪いキスを落とす。強ばった唇を無理やりこじ開けられねちゃりと舌が口の中を犯し始めた時、身体中の力が抜けた。背中がのけ反り脳が思考を止める。甘く痺れるような感覚にふわふわと堕ちていく。

 なんで俺だけを拘束し部屋に連れてきたのか、なにを企んでいるのか、俺に何をしようというのか。

 なんて疑問が全て飛んでしまうほどの濃厚なキスに四肢はいうことを聞かなかった。


「好きだよ、誠也くん」

「……へ、ぇ?」

「可愛い。私の部屋にずっといてね? どこにも逃げ出さないで。永遠にここにいて」

「えっ、……ぅん」

「わぁ! よかったぁー。このお部屋気に入ってくれた? 誠也くんのためだけに用意したんだぁ」


 鎖の長さからベッドの下に降りることはできない。キングサイズベットの周りには棚や本棚が置かれているが、榊に頼まないと手が届かないだろう。行動範囲を狭め、榊がいないと身動きができないように。俺は何もできない。

「いい、……部屋だね」

 拘束されている以外は。


「やった。学校に行く時だけは解放してあげる。流石に学校をサボるのはダメ。でも、必ず私のところに戻ってくること」

「学校は解放、する」

「うん。でも逃げ出すなんて考えちゃダメだよ? もう君は逃げ出すなんて考えたくても考えられないと思うけどね」

 それはどういうことだ。

 榊は俺が座っているベッドの端に座り込み、幼い子どもにご飯を食べさせるように口元にトーストを運ぶ。拘束されているのは首だけではなかった。手首と足首が同じように枷をつけられ拘束されている。決してここからぞ逃げられないように。


「あーん。お腹空いたでしょ?」

 屈辱でしかないが、腹が減っていることは確か。恥ずかしく思いながらも口を大きく開き、榊が口に放り込むのを待った。

「はい、もぐもぐ」

 赤ん坊をあやすようなその言い方に頬が染まる。トーストは美味しかった。バターが塗ってあるようでほどよく塩味を感じる。目玉焼き、サラダとカフェオレ。命じられるがままに口に放り込むと、榊は汚れた口元をティッシュで拭い、殻になったお皿を見て満足そうに頷いた。


「よーし、えらいえらい。たくさん食べたねぇ」

 まるで幼児になったようだ。榊は頭を撫で、それは確かに心地よい。ぽんぽんと優しく撫でられ脳はぼんやりと霞んでいく。

「……ん」

 いいや、まずいまずい。正気を取り戻せ、藤ヶ谷誠也。彼女がしていることは犯罪だ。


「榊は俺のことが、好きなの」

 だからここに連れてきて自分のものにした。脳裏に浮かぶのはという犯罪行為直結の四文字だが、恋愛感情から来る監禁……いいや、やはりやりすぎな気がしなくもないのだが。

 今の自分の立場は榊よりも低い。相手を怒らせれば自分がどうなるのか分からない。

 最悪、殺されるかも。


「どこが好きなの」

「えぇー、私にそれを言わせるの?」

「俺はあまり榊と話したことがないような気がするから」

 そもそもどこで俺を知ったのか。俺は榊優奈をよく知らない。自分のこの立場から逃げるために、彼女の本当の理由を探らなければ。

「誠也くんって賢くて可愛くて、いじめがいがあるから」

「――いじめがい?」

「そう。賢い誠也くんはこの状況で自分がどうすれば危険じゃないかを瞬時に判断した。その結果が私の命令を聞くこと。私を怒らせないこと。それってとっても忠実で扱いやすい」


 榊は首輪の上から両手を添える。細い指が軽く食い込む。細い脚が胸元に乗る。覆いかぶさるようにベッドの床に押さえつけられ、気がついた時には頭が固定されて動かなくなっていた。

「君はもう、私の命令に従い私の機嫌次第でどうにでもなっちゃう囚われの身。やっと手に入れたの。ずっと欲しかった」

「あっ、さ、さかきっさんっ、くびっくるしっ」

 首輪の上から絞められる。息ができない。酸欠になった金魚のように口をパクパクと開いて必死に酸素を求める。

 死ぬ。死ぬ。ここままじゃ死ぬ。


「君って頭が良いから。今、どうすれば良いのか分かるでしょ?」

 ダメだ、俺はこの人に従わないと。

「ごめっ、んなさっ、おれっ、いうことっ」

 でなければ殺される。

「なんでもっ、きくからっ、」

 その懇願が届いたのか榊は力を緩める。


「可愛い。誠也くん」

 いつのまにか溢れていた涙を拭われ、首に酸素を必死で送り込む。殺される。その恐怖は彼女に従う理由として脳裏に強固にこびりつく。

「私の言うことなんでも聞いてくれるんだ?」

 正気じゃない。彼女は正気じゃない。

 この人に従わないと殺されるんだ。


「誠也くんのお世話は私がする。君は今日から私の彼氏ね。学校が終わったら真っ先にお家に帰ること。帰ってこなかったらお仕置き。躾をしなくちゃね。ダメな子には罰をしなくちゃ」

「彼氏? え?」

「うん。付き合おう? 誠也くん」


 ――冗談だろ、と喉は震える。けれどそれを発声する術はない。目の前のこの女は狂ってる。

 監禁しペットのように扱い、殺しかけて絞り出した懇願を嘲笑う。首を絞められ涙目になった俺を見てと言ってくるやつなんだ。

 逃げ出さなければ殺される。


「榊さん、冗談でしょ」

「優奈って呼んで?」

 首輪に指をかけ上に持ち上げられる。不安定になった身体は宙に浮く。苦しい。痛い。


「いたいっ、いたいって、ばっ……あっ」

 こんなことはされたくない。けれどもう身体がいうことを聞かない。

 声にならない声をあげ、榊はにやりと笑った。


「あの時、えっちした時に呼んでたでしょ」

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