2 今回の冒険の前日譚(ぜんじつたん)

「ドラゴンの洞窟どうくつはいる?」


「そうよ、別に龍を殺す必要は無いの。ただ中にある、特定の宝を取ってくればいいだけ」


 ある日、酒場で相棒が、そういう依頼の話を持ってきた。この時に強くことわっておけば良かったのだが、いが回って頭がはたらかなかったのだ。あまりにも正気しょうきとは思えない内容に、好奇心こうきしんをくすぐられたというのもある。


「山の中腹ちゅうふくにね、洞窟があるのよ。もと巨人族きょじんぞくすすんで、生活してた空間くうかんらしいんだけどね。その巨人族も今は居なくなって、広いスペースだけが残ったってわけ


 巨人族が洞窟からったのは何十年も前で、その後は人間の盗賊とうぞく居着いついたそうで。広大な円形の空間に、盗品とうひんが山のようにまれたと言う。今や誰が所有していたしなかも分からず、洞窟に入って宝を持ち帰れば換金かんきん放題ほうだいだ──生きて帰れればの話だが。


 いつしか洞窟の中にはレッドドラゴン、短く言うとせきりゅういて、盗賊は逃げ出すしか無かった。龍は空を飛べるようで、山の火口かこうから内部の空洞くうどうはいんだのだろうか。龍は火山かざんの下に流れる、溶岩マグマのエネルギーを吸収きゅうしゅうして生きているらしく、おかげ噴火ふんかおさまっているとかなんとか。


依頼いらいぬしだれだよ? ようは洞窟に、最近になってあらたな盗品が持ち込まれて、それを取り戻してほしいって話だろ」


「ええ。話の内容は、その通り。そしておどろくなかれ! なんと今回は王城おうじょうからの依頼よ!」


 相棒が上気じょうきした顔でうれしそうに言った。この胸が大きな女は上昇じょうしょう志向しこうが強くて、貴族や王族とのつながりを持ちたがっていたのだ。上手うまく行けば将来しょうらい大金持おおがねもちで、これまで金銭きんせん無関心むかんしんだった私にも必要な考えなのだろう。


「なるほど。しろ宝物庫ほうもつこにでも盗賊がしのんで、価値があるアクセサリーでもぬすしたと。そういう話か」


「ええ、ちなみに盗んだのは首飾くびかざりね。一匹いっぴきおおかみ泥棒どろぼうで、そいつが城からの警備兵けいびへいわれて。大勢の兵に山までめられて、切羽詰せっぱつまった泥棒はドラゴンの洞窟に入ったのよ。すぐ出てきたんだけど、首飾りは洞窟の中に置いてきたんですって」


「よく、ころされなかったな」


「そこが面白おもしろところでね。洞窟の中には広いスペースがあって、そこには財宝の山にかこまれた、レッドドラゴンが眠っていたのよ。泥棒はおそおそる、財宝に近づいて、その中に首飾りを置いたのね。後で回収かいしゅうしようと思ったんでしょうけど、結局、こわくなって元の道を戻って。観念して警備兵に逮捕たいほされたってわけ


 レッドドラゴン、つまり赤龍はくちから炎をく。かれれば人の体などはほねも残らない。王城としてはなやましかっただろう。洞窟の中で炎を吐かれれば、軍隊をとうじても全滅ぜんめつしかねない。


「つまり王様おうさま連中れんちゅうとしては、死んでもかまわないような冒険者をやとって、洞窟の中から首飾りを取り戻したいんだな。そんなに価値があるのかね、その宝は。第一、財宝の山から、特定の首飾りを見つけられるのかよ」


「価値と言うよりは面子めんつの問題ね。盗まれたままというのは王のプライドがゆるさないんでしょ。そして首飾りを見つけられるかに付いては問題ないわ。王城の宝物には、かなら魔力まりょくめられてるの。私なら魔力を辿たどって見つけ出せる」


 自信満々じしんまんまんという表情だ。これほど楽天的なら、きっと人生がたのしくて仕方しかたないのだろう。この相棒の笑顔にられて、冒険者になってからの私も笑う事が多くなった。それはたしかだ。


「確認するぞ。あたし達の力量レベルじゃ赤龍はたおせない。だから龍が眠ってる間に、洞窟の中から首飾りを取って脱出する。そういう事だな?」


「その通り。泥棒の話から、ドラゴンが眠る時刻じこく判明はんめいしてる。その時間帯に私達は洞窟に入って、おたからを持って逃げるってわけ。盗賊のようにね」


 この時、相棒が『首飾り』ではなく『お宝』と言った事に私は気づくべきだった。こういうのをあとまつりと言うのだろう。「さぁ、話は決まったわ。依頼にそなえて早く寝るわよ」と言う相棒に私は連れられて、お互いにった状態で宿のベッドに入った。酔うと相棒は、自分の胸を私の顔に押し付けるようにいてくる。やわらかくて良いにおいがして、やすらかに私は眠りにいた。

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