鶯かなでの矜恃

色彩

第1話 昔ながらのカレー

_幽霊が現れる理由は、未練が原因だ。

_だから自分は幽霊たちの未練を解決してあの世へ送りだす。

今日も来客が来た。

「お母さんのカレーが食べたいんです!どうしても!」

真摯な顔をする依頼人に自分は頷いた。

「なるほど。それでは、ご依頼を受理します」

この人は幽霊だ。最近事故死した幽霊。

彼に未練を聞くと、母の作ったカレーを食べたいと懇願してきた。

まぁ嘘はついていないようだし、助けてあげよう。

「ありがとうございます!」

依頼を受理すると、嬉しそうに笑う。

「幽霊って肩身が狭いですよね……どこに居ても恐怖の目で見られたり、無視されたり……見えない以上仕方の無いことですけど」

「それが通常の感覚ですからね。貴方も生前では幽霊を恐れていたでしょうに」

書類に幽霊用のペンでサインしてもらい、依頼を正式に受ける。

「よろしくお願いします」

「では、早速憑依しましょうか」

「は、はい!」

緊張した表情で姿勢を正す依頼人。

「こちらで憑依させるだけですので、緊張しなくていいですよ」

安堵させるように声をかけながら儀式を始める。儀式と呼ぶほどちゃんとしているものではないが。

依頼人と重なり合い、憑依させる。

「うわっ」

未知の感覚に驚いたのか、声を上げる。

「それでは、お母様が経営している食堂に向かいましょうか。場所は先程教えてもらった場所でよろしいですね?」

「そうです」

傍から見れば独り言をしているだけにしか見えないだろう。ひとつの体で喋っているのだから。

なので人前で喋ることはできない。

――

食堂の前についた。

【ふくろう食堂】という看板が掲げられている、趣のある建物だ。

「ここだ……」

依頼人が呟くのが耳に入った。懐古の感情が流れ込んで来る。

店に入ると、木製の机椅子やカウンターの置かれていた。

「あら、いらっしゃい!若い人なんて久しぶりに見たわ〜」

親しく話しかけてきた店員さんは依頼人とよく似た顔立ちをしており、お母さん似なんだなと片眉をあげる。

「早速注文してもいいですか?」

依頼人が店員さんに聞くと、もちろん、と頷く。

「なににしますか?」

「お手製のカレーを一つお願いします」

「承りました〜」

間延びした返事をもらい、カウンター席に座る。

ポツポツと客もいるが大抵は40代ほどで同年代は見つからない。

そわそわと落ち着かない体を抑え込む。

ごめんなさい、と思考が流れ込み、大丈夫ですよ、と念じる。

なんとなく感覚を掴めれば相手に思念を伝えることができるのだ。

今回の依頼人は幽霊のコツを掴むのが上手だ。

数分後店員さんが戻ってくるとカレーを置いてくれる。

「お待たせしました、カレーです」

香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

依頼人が着いてきたスプーンに手を伸ばし、カレーを口に運ぶ。美味しい。

所謂おふくろの味というものだろう。ほっと安心する味だ。

ごろごろと入った人参やじゃがいもに肉、少しピリッとするカレーに合う白飯。

「そんなに美味しそうに食べてくれておばちゃん嬉しいよ〜」

「最近は新参の客なんていなかったからなぁ」

「こんな町になんて誰も来ないだろ!」

自虐めいた話で哄笑こうしょうするお客と店員さん。

「こんなに美味しいのに、もったいないですね」

自分が呟くと店員さんが嬉しそうに笑う。

「ま、こんな家庭の味なんてどこにでもあるしね!」

「ごちそうさまでした」

「お粗末さま」

明るいお母様だな、と思いながら財布を取り出し会計をすませる。

「あの……」

「うん?」

「…元気に暮らしててください!きっと息子さんもそう思ってますから!」

ふと口が開いたと思えば、依頼人が喋り始めた。

言い終わったのか足が動き走って店から出ていく。

後ろから呼び止める声が聞こえるが足は止まらないままだ。

カレー美味しかったな……今度、また来店するか…。

――

「ありがとうございました」

事務所に戻り憑依状態を解除すると、依頼人は薄くなっていた。

未練を解決したら本来は天へ召されるが、先程サインしてもらった契約書によって仕事完了までは現世にいるのだ。

「では、報酬の品をいただきますね」

「カレー代分の図書カードです」

まだ遺っているのが勿体なくて、と笑う。

「ご依頼ありがとうございました。来世の無事息災ぶじそくさいを願います」

最後の最期に声をかけ、契約書を破る。

依頼人は笑顔で、昇天していった。

仕事が終わりため息をつき冷めた麦茶を飲み干した。

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