第7話 おい誰だ!あの町を疾走していく女走りの変態は!


   *


「ヒぃいャァァァあ!!!」

「おい誰だ! あの町を疾走していく女走りの変態は!」

「白狼だ! 間違い無いぞ、眉間の切り傷を見ろ!」


 数年ぶりに出た屋外。暖かい朝の日差しを、私はオッサンの体で感じていた。


「町中のガラスを割ったのはアイツらしいぞ!」

「うちのショーウィンドウが割れちまったじゃねぇか! これじゃ商売にならねぇ! 殺してやる!」

「もうイヤァァァ!!!」


 後方から弓矢とか銀玉とか火の玉が飛んで来ていて、私はパニックになって遮二無二しゃにむに走った。


「キャァァァァ殺されるぅううっ!」


 顔を覆ったまま町を駆け抜ける。

 走るのなんて中学の体力測定以来で、当時もすぐバテていた体力無しなんだけど……


「なんてオッサンなんだ! 獣人族の俺よりも遥かに……っ」

「とんでもねぇ速さだ、風圧で……息が……!」


 なんだよこの体、嘘みたいに速いし全然疲れない。


「てめぇこの野郎め! うちの野菜がぁ!」

「ポチの犬小屋を壊しやがって! お前かこの中年野郎!」


 ていうか風圧みたいのがブンァアってなって町を破壊してるんだけど! 走る度にヘイト増してるんですけど! そして止めれないんですけど!!!


 走りながら後ろに振り返ると、町の人達の大行列が出来ていた。しかもみんなが武器を持って顔を真っ赤にしてブチ切れてやがる!


「ゴメンなさぁあああッ!!」


「逃げるぞ!」

「はええ! 追い付けねぇ!」


 捕まったら殺されるという恐怖心で、私が一生懸命に走ると、人影は直ぐに小さくなっていった。


「ちくしょう……なんで私がこんな目に!」


 なんで超インドア系美少女の私がこんな目に! 俗世とは隔絶して生きて来た筈なのにどうして! 今日は朝から録画してたアニメを観て、昼頃に寝て夜中から朝方までゲームをやるっていう崇高なプランが合ったのに(ほぼ日課)おのれぇえ!!

 私の日常は無くなったって事か? こんな突然に!? 一体全体なんで!?


「うぐぬぬぬぅう!」


 あれもこれも全部あいつの……! あの薄汚えオッサンの!


 早送りの様な景色の中でチラと横を見ると、ピカピカに磨かれた要塞みたいなビルに、激昂げっこうした自らの姿が映る。


「オマエのせいだあぁぁあッッ!!」


 足を止めた私は、反射的にそのビルディングを殴り付けていた。

 その衝撃に耐えきれず、風穴を開けて吹き飛ぶ一階部分の要塞――


「うわぁああ!!」


 その拳の破壊力に自分で驚く。

 おそらく強化ガラスらしい壁の全面が割れて、雲を突き抜けそうな高所からガラスが降り落ちて来た。


「ヤバ……つ、つい」


 カッとなって殴っちゃったけど……まさか、こんなに簡単に壊れちゃうなんて思わないじゃん! 

 一階部分が丸毎空を飛んでいっちゃった……受付の人ごめんなさい。

 ……え、ビルはそんな構造になってねぇって? 知るか! だるま落としみたいに今飛んでいっただろうが!

 でで、……でも私悪くねぇよ! このバカ力がいけないんだろうが!


 悪びれる様子も無く、そろりそろりとその場を離れようとしていると、私の眼前に巨大な看板が落ちて来て土煙を上げた。

 そこに書いてある文字を復唱してみると、冷や汗があふれて止まらなくなった。


「中部管区聖魔教会粛清しゅくせい本部……」


 聖魔教会っていうのが、魔王討伐後“10大勇者”が、混乱した世界の正義を管理する為に発足した、いわば警察みたいな組織だって事はみんな知ってるよね?

 取り分けて粛清部ってのは、時代も時代だから、物凄い武闘派組織なんだよねー。


「そもそも粛清ってなんだよ、仰々しい文字を平気で採用するんじゃないよ。私が引きこもってる間にこの国のコンプライアンスは何処に吹き飛んでいったんだ」


 そういえばご近所に、中部地方を取りまとめるバカでかい本部があったなー。


 そんな風にしみじみ思う……




「……あ、終わった。私終わってる」


「テメェえ白狼ぉおおおッ!!」

「うちにカチコミかけて来るとは覚悟出来てんだろうなぁあ!!」


 痛い位の男達の怒号を背に浴びながら、私は振り返らずに逃走する。


「粛清すんぞコラァあ!!」

「ギャァァァぁ粛清しないでぇえ!!」

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