第5話 返せ! 私の“インキャ生活”を!!

 砕け散った下半身。今は亡き、愛らしかったお目々。

 ボトリと落ちた紫色のパンティー部を見下ろして、私達は顔を突き合わせて絶叫し合っていた。


「貴様ァ!!」

「クソ野郎が!!」


 私の咆哮から出た波動に吹き飛ばされた美少女。


「く――――っ!」


 壁に背を打ち付けてフィギュアに埋もれながら、苦い顔をして立ち上がる。


「……油断した。他人の体ってのは存外に動かし辛いもんだ」


 しかし私はそれどころではない。


「うわぁあ!! 返せ! 私の体を……私のマリルちゃんを返せッ!」


 そいつが首をコキリと鳴らしながら歩み寄って来る。


「闘争は膂力りょりょくの優劣が全てって訳じゃあねぇ……『力』の勇者ってのは、そのフィジカルに加えて、を心得ている者の称号だという事を教えてやろう……」

「え、へぅぅえ?」


 なんだろう……さっきまで私の体だったモノから、なんかおぞましいオーラが出て来た。ていうか怖ッ目怖ッ! そんな悪党ヅラを私にさせるんじゃねぇよ!


 私はその危険を察知してヘコヘコと後退したが、気付けば窓際まで追い詰められていた。


「それにもう、あの魔石はねぇんだ。その辺で手に入る安物とは違うからな」

「ふぇ?」


 ギリギリと、オーラの漂う小さな手が握り込まれていく。

 そうして完成された拳を見上げて、私はぶるぶると震えた。それを叩き付けられれば、明らかにまずい事になると直感で分かるからだ。


 ――ちょっと待てよ、それ私の体の何処から出てんだよ。陰気なオーラ以外出せた覚えはねぇぞ?


「どうしても元に戻りてぇんなら、てめぇで次の魔王をぶっ殺して来るんだな」

「そん、そんな……」

 

 なんだよ、いったなんなんだよこいつ本当に。

 勝手に入って来て無茶苦茶言いやがって! 

 

 ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!

 

 夜闇を全てうち払ってしまいそうな光のエネルギーを溜め込んで、その小さな拳が私の頭上に振り上がる。

 

「あぅうう……あわわわ!! 知るかぁぁ!! 魔王なんて倒しに行く訳ねぇだろうが!! わた、わたしはぁ、引きこもりなんだぞこの野郎! ここで永遠、のびのびすくすく、すこやかに生きていくんだぁあ!!」

 

 うろたえる私に、そいつは邪悪な笑みを向けた。


「好きにほざいてろ……てめぇの意見がどうであれ、これからは“白狼”として、戦いに明け暮れる日々を生きていくんだなぁ、モヤシ女」


 ――白狼……私はこれから、あのSSSランク凶悪犯の白狼になるっていうのか? 

 なんで、どうして? 私なんにもしてないのに! ただ家に引きこもってインキャ生活を満喫まんきつしてただけなのに!


「俺は静かなる余生を。そしてお前は激動の人生を」


 フィギュア、アニメ、ゲーム、声優。私が心よりでるモノ……

 こいつと体を入れ替えられた事で、それが全て奪われたという事だろうか?

 もしかして私はこれから、何処の誰とも知れぬ、きたねぇオッサンの人生を歩まねぇといかねぇって事なのか?


 ――何もかも私に押し付けて……はいお終いってのは都合が良過ぎるんじゃねぇのか!?


 私の中で何かが切れる。そして気付いた頃には歯をいて叫び出していた。


「私の宿命までお前に決められてたまるか!」

「あん?」

「私はどんな体になろうとも! このインキャ生活を満喫し続けてやる!」


 たとえ体があの“白狼”になろうとも、私は絶対に、二次元に囲まれ楽しく生き続けてやるんだ!

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