元既婚者の女性が集うアパートの管理人になった俺は、運命の出会いをする

あかせ

序章

第1話 俺が管理人!?

 大学生初の夏休みに入った俺、倉式隼人くらしきはやと。両親・兄共に高卒なので、俺は家族で初めて大学に行くことができた。


お世辞にも頭が良くない俺を大学に行かせてくれた両親には、とても感謝している。就職したら、ちゃんとした親孝行をしないとな。


右も左もわからない大学生活だ。俺はバイトを一切せず、単位を取ることに専念した。そのおかげで間違いなく全ての単位をとれたはずだが、勉強漬けも良くない気がする。


社会勉強と小遣い稼ぎを兼ねて、この夏休み中からバイトを始めよう。

なんて考えた、8月上旬のある日の朝食中、母さんに声をかけられる。


「隼人。美雪が、あんたに手伝って欲しいことがあるんだって」


美雪さんは母さんの叔母にあたる人で、区役所に勤務しているのを聴いたことがある。詳しくは知らないが、多分“公務員”だろう。


「どういう内容なんだ?」

内容によっては、手伝えそうだが…。


「『女性だけが住むアパートの管理人を任せたい』って言ってたわね」


「それ、男の俺がやっちゃダメなやつだろ!」

叔母さん…、うっかりしてたとか?


「私もそう言ったんだけど、隼人に任せたい感じに聴こえたわ」


「あえて…?」

意味が分からない。そんなことをして、何の得がある?


「詳しくは、美雪本人に訊くしかないわね。いまのところ、興味はあるかしら? 」


「少しはあるけど…」

俺は女性と縁がない。学生の時、運が良ければ隣の席の女子と少し話した程度だ。


そんなんじゃ、社会に出た時に苦労するだろう。『女性と話すトレーニング』としてやってみるのもアリかもな。


「そういうことなら、美雪に連絡しておくから」


この話は、ここで打ち切りとなる。


そして同日の夕食時…。


「隼人。管理人の件、美雪から折り返し連絡が来たわよ」


「そうか…。叔母さんは、何て言ってたんだ?」


「それがね…、明日の昼頃『花恋荘かれんそう』ってところで直接説明するみたい」


「花恋荘? どこにあるんだ?」

聴いたことないぞ…。


「住所は、折り返しの連絡に書いてあるから見せるわね」

そう言って、携帯の該当部分を見せる母さん。


俺は住所部分をメモ用紙に記入する。


「隼人。その住所、『外部に絶対漏らさないようにして欲しい』って念を押されたわ。あんたは大丈夫だと思うけど、気を付けてね」


「わかった…」

花恋荘というところの管理人って、俺の想像以上に大変なのか…?



 翌日。メモを頼りに、花恋荘に向かう俺。…少し迷ったがようやく見つけたぞ。

外観はキレイなアパートだ。1階は4室・2階は3室あるみたいだ。


良い物件に見えるのに、目立たない場所にあり、来るまでの道が入り組んでいる。

こんなわかりにくい場所じゃ、入居者こないだろ…。


着いてすぐ、美雪叔母さんが1階のある部屋から出てきた。

外の気配で察したかもしれない。


「はやちゃん、来てくれてありがとね」


俺は隼人はやとなので、“はやちゃん”だ。昔からこうなので、今更だな。


「いえ、気にしないで下さい。それより本当に俺で良いんですか?」


「もちろんだよ~。はやちゃん以外に出来る人は、思い付かないかな」


「どういうことです?」

俺みたいな青二才しか出来ない…?


「詳しいことは、管理人室で話そうか。私がさっきいた部屋がそうだよ」

そう言って、その部屋を指差す美雪叔母さん。


「わかりました」

俺は美雪叔母さんに続き、管理人室に入る。



 管理人室は…、1Rぐらいの広さだろうか。ちゃぶ台・ベッド・引き出し・エアコン・パソコンがあるな。キッチンは部屋に入る間で確認済だ。


残りの扉の向こうに、トイレとか風呂があるのかな…?


美雪叔母さんが机の前で腰を落として正座し始めたので、俺も向かい合う形であぐらをかく。正座は慣れないし、あぐらで良いよな…?


「はやちゃん。私は説明下手だから、気になったらどんどんツッコんでね」


「はぁ…」

いきなり不安になることを言われる。本当に大丈夫か…?



 「この花恋荘だけど、変わった場所にあると思わない?」

美雪叔母さんに訊かれる俺。


「それは気になってました。まるで、人目を避けるような場所にありますから…」

それをだと思う変わり者がいるってことか?


「“まるで”じゃないんだよ。人目を避ける目的で、ここにあるんだから」


「…え? どういうことです?」


「花恋荘は訳アリでね。旦那さんが原因で離婚した女性だけが入ることを許されたアパートなんだ」


「旦那さんが原因で?」


「そう。DVとか浮気・不倫とかかな。はやちゃんにはまだ早い話かもね」


俺は大学1年だぞ。いつまでも子供扱いされては困る。


「一部の男の人が別れた女性を連れ戻そうとしたり、会いたがるケースがあるんだよ。だから花恋荘は、“隠れ家”みたいな存在かな」


「もしかして、ここの住所の情報漏れを気にしていたのは…?」


「はやちゃんの予想で合ってる」

微笑む、美雪叔母さん。


ということは、花恋荘のことを知っているのは最低限の人達になるんだな。

問題は、その最低限の人達に“俺”が入る理由だが…。



 「美雪さん。情報管理が厳しいところに、俺を呼んだ理由は何です?」

管理人以外の目的がないとおかしいよな。


「今のところ、花恋荘には3人の女性がいるんだけど、全員『若い男性を管理人にしてほしい』って希望があったの」


「…嘘ですよね?」

そんなふざけた理由、通るものか?


「本当だよ。私が知ってる若い男性は、しかいないもん。だから君に声をかけたんだから」


歳を理由に俺に声をかけたなら、違和感はないが…。


「3人の女性は“元旦那”が嫌いなだけで、男の人が嫌いって訳じゃないの。むしろ、かもしれないね~」


ニヤニヤしながら話す美雪叔母さん。


「そんな人達を相手に、うまくやれる自信ないです…」

振り回される未来が容易に想像できる。


「はやちゃんは、困った時に手を貸すぐらいで良いんだよ。はやちゃんがアタックしたいなら、話は別だけど」


「アタックって…。する訳ないでしょう!」

仮にそんな気持ちを抱いたとしても、門前払いされるのがオチだ。


年下の頼りない男に惹かれる、元既婚者の女性…。やっぱり考えにくい。


「花恋荘みたいなアパートは全国にあちこちあるけど、管理人と入居者が結婚したケースは実際にあるの。だから、気にしなくて良いからね」


「そういう問題じゃないです!」

ツッコミと状況整理の影響で、疲れてきたな…。



 「とまぁ、大体の説明は終わったかな。はやちゃん、管理人やってくれる?」

美雪叔母さんが、期待を込めた目で俺を観る。


「……」

滅多にできない経験ができるチャンスだが、即答はできないな。


「心配しなくても、私もできるだけサポートするから! 私と3人の女性は顔見知りだから、困ることはないと思うよ」


「管理人をやるとしたら、俺はここに住むんですか?」

ベッドなどの生活用品があるからな。気になることだ。


「できれば、そうしてもらいたいね。けど、来れる時だけでも構わないよ。はやちゃんが来れない時は、できるだけ私がフォローするから」


「なるほど…」


年上女性と話す練習をしながら、自立する練習も兼ねられる。

用がない時は、この管理人室で勉強できそうだ。


何事もチャレンジだな。どうしても無理なら、早めに美雪叔母さんに伝えよう。


「美雪さん。俺…、やってみます!」


「ありがと~、はやちゃん」

満面の笑みを浮かべる美雪叔母さん。


「それじゃ、書類にサインをしてもらおうかな」


「書類ですか…?」


「うん。一番厳しいのは、『情報漏洩』だね。ここのアパート名・住所に触れるのは、本当に最低限にしてほしいの」


「わかってます」

女性を保護する目的があるんだからな。当然の話だろう。



 それからも、いろいろな書類にサインする俺。


その際に美雪叔母さんの職業について訊いたが、やはり公務員のようだ。

国が関係することだから、書類が多いんだな…。


「いきなり引っ越しは負担になると思うから、最初は家から通う感じで良いよ。もちろん、この管理人室は好きに使ってもらって構わないから」


「わかりました」

今は夏休みだから心配しなくて良いが、明けてからはどうしようか…?


それは、別の機会に考えるか。


「各部屋のカギの予備は管理人室にあるけど、嫌らしい目的で使っちゃダメだからね。はやちゃんは真面目だから、心配してないけど」


「大丈夫なので、心配しないで下さい」

カギのトラブルも、管理人の仕事の一つか…。



 こうして、花恋荘の管理人になった俺。住民である3人の女性と会っていないのが気になるが、全員若い男性を希望してるみたいだし、優しい人達だと良いな…。


困った時は美雪叔母さんに助けてもらえるとはいえ、自分で判断して行動するのも大切だ。受け身にならず、積極的に管理人としての責任を果たすとしよう。

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