第19話 すきがいっぱい

 引っ越しを終えて三日、元々そんなに荷物が多かったわけでもないので片付けは早く終わった。

 間取りは二部屋と、風呂トイレが別となっている。

 前の物件は安かったというのもあるけど、だいぶ住まいはグレードアップしていた。



『なに食べた? 今日は焼肉弁当食べたよ』



 TVに映っている配信でレイラが答えている。きっとソファベッドのあるリビングで、いつも通りに焼肉弁当を食べたんだろう。

 どういう部屋で、どこに座って、どういう風に焼肉弁当をありすさんが食べたのかが前と違って想像できてしまう。


 今は住む場所が少し変わったというのはあるけど、ほぼ以前の状態に戻っている。

 だけどありすさんと一緒にいた二週間は、僕のことを変えていた。

 ありすさんの家にいるときは、配信が終わるとリビングで顔を合わせていた。

 それが今はなくて、僕がいる部屋は静寂せいじゃくに包まれる。

 前まではその静寂せいじゃくになにも感じなかったのに、今は喪失感そうしつかんを感じていた。

 気分転換で湯船にお湯を張って浸かることにする。



「――――」



 前から使っていなかったんだから、僕の家に入浴剤なんて当然ない。

 ありすさんの家のお風呂と違って、花のような香りはしないお風呂。

 ただそれだけのことなのに、それは明確に以前の生活に戻ったのだと僕に感じさせたんだ。


 まるで自分を紛らわせるみたいに、髪を乾かしてレイラのアーカイブを再生する。

 この三日間、僕はずっとこんな感じだ。

 今日もアーカイブを流したまま寝ることになりそう。



「…………」


「こんな時間にどうしたんですか?」


 インターホンが一度だけ鳴って出ると、そこにはありすさんがいた。

 初めて会った時みたいにうつむき気味で、チラチラと視線を向けてくる。

 なにか言おうとしているみたいだけど、言葉は出てこなくて口は閉じてしまう。


「えっと、とりあえず上がってください」


「……うん」


 だけどありすさんは玄関を上がったところで動かない。

 ジーンズにインナーの上から丈が長いカーディガンをありすさんは着ていて、カーディガンの裾をいじっている。


「すき――――すきすきすきすき――すきっ!」


 一瞬理解が追いつかない。言葉の意味はわかるけど、それをありすさんが口にしていることが理解できていなかった。


「翔也くんが引っ越して前の生活に戻っただけなのに、それがさびしくて気持ちが溢れてくるの」


「あの――――」


「自分は傷ついてるのにやさしいところがすき。私の配信いっぱい観てくれるのもすき」


「――――」


「私には配信しかなかったのに、翔也くんと会ってから変わったの。

 配信で叫んじゃいたいくらいすき。すきすきすきすきっ!」


 恐る恐るというかんじでありすさんが近づいてきた。

 カーディガンをいじっていた手が僕の手に触れると、ありすさんの手が震えているのが伝わってくる。


「側にいてくれなきゃヤダ。私の知らないところで女の子と仲良くなるのもヤダ。

 他の子のことすきになっちゃヤダ。私のことだけ見てくれなきゃヤダ!」


「…………」


 こんなことあり得るの? ここまで言われて、僕の理解も状況に追いつく。

 でも非現実的過ぎて、なにかの間違いじゃないかと思ってしまう。


「すきなの……これからも側で私だけ見て。私のすき全部あげるから」


「……晩酌配信の日に言っていたのって、冗談じゃなくて……本当?」


「本当だよ。話すの苦手だから上手に伝えられてないかもだけど、翔也くんがすき。

 ――どう? 伝わってる? こんなに私の胸がすきって言ってる」


 ありすさんが僕の手を左胸に押し当ててきて、トクントクンしているのが伝わってくる。

 間近でエメラルドグリーンの瞳が僕を見つめてきていて、まるで魅了されたみたいに動けなかった。


「すき。翔也くんのことがすきですきで、すきが溢れて抑えられないくらいすき」


 ありすさんの手が顔に触れてきて、そのまま僕たちはキスをした。

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