第18話 特別
そんな僕を他所にありすさんはASMRのときのように、耳元に寄ってきて
「レイラが彼女になるんだよ? これからはデートもできちゃうね?」
ありすさんに言われて、
大学帰りとかに待ち合わせとかするのかな?
ありすさんの容姿は人目を引くから、きっと大学でありすさんのことは噂になるだろう。
デートをしていれば手だって繋ぐかもしれない。
いや、繋ぐよね? 彼女とデートだったらそんな日もきっとくる。
レイラの声で
あり得ないことなのに。だってそうでしょ?
ありすさんはトップを走っている人気Vtuberだ。
去年の投げ銭のランキングは一億超えの世界一位。チャンネル登録者は二〇〇万人も見えている。
住んでいるこのマンションだって僕が借りているアパートとは全然違う。
そう……ありすさんとは全然違うんだ……。まったく釣り合わない。
今のこの状況が特別なのであって、本当の僕は画面越しにレイラを見て細やかに気づかれないところで推しているのが僕。
ありすさんの胸がF六五っていうのも、今回の件とランドリーボックスから外れていた偶然が重なったから知っているだけ。
すべては今が特別で、僕が特別になったわけじゃない。
「ありすさんちょっと飲み過ぎたんじゃないですか? 推しにそんなこと言われたら、ファンはイチコロで昇天しちゃいますよ」
「…………なぁにそれ? もしかして前にやったゲームのネタだったりする?」
「あ――――そういうつもりじゃなかったんですけど、オヤジギャグみたいになっちゃいましたね」
「ホントだよ。ずっと名前呼んでくれなかったのに、今度はレイラじゃなくってありすになっちゃってるし」
「あ……そういえば配信の続きだったんですよね」
「そうだよ? まったくぅ」
ありすさんが唇を尖らせて抗議していたので、僕は恐る恐るではあったけどきつくなりすぎないように注意しながら腕を回していた。
「え? 翔也くん?」
「ASMRのときしてもらったので……。なんかいい匂いだって言っていたから、たまにはファンがしてあげるのもいいのかな? なんて」
僕が言うと、ありすさんは僕よりギュッとして、顔を押し付けてきていた。
「ねぇ? すっごいドクンドクンいってる」
「そりゃ推しにこんなことすればなりますよ」
「そっか……ドサクサに紛れて推しにこんなことして、本当にバーサーカーになっちゃったね」
それでもありすさんはそのまま抱きついたままだった。
そして週明けの月曜日、今回のことがまるで精算されるかのように一気に動いた。
まず引越し先の家が決まった。少しだけこの件は波乱が含まれたのだけど。
というのも、この引越し先をありすさんが激押ししてきたからだ。
家賃は八四〇〇〇円で、都心ということを考えれば高くない。
実はこの物件、ありすさんのタワーマンションから歩けなくもない距離にある。
前の物件との差額を大学卒業までありすさんが補填するという主張から、ありすさんの意見があったゆえに決まった物件だった。
ありすさんが激押ししていたのは時期が時期というのもあって、ありすさんのマンション周辺の物件が少なかったというのがある。
そのためその日のうちにありすさんが審査を通したのだ。
そしてその内見中のこと、弁護士さんが示談についての連絡をしてきた。
示談の条件は僕が言っていたことは問題なく通り、今回の件で発生した経済的なものに関しては示談金という形で払われるという連絡だ。
ただこれだけではなく、慰謝料という訳ではないが気持ちとしていくつか追加されたことがあった。
今回の発端といってもいいプロバイダの会社からは、学生の間は通信費が基本料金含めて無料という提案がされる。
学生の僕としては大変助かる提案だ。今回のことを考えれば通信費無料でもお釣りがくるくらいのことではあると思うので、遠慮なくその申し出を受けると伝えてもらうことにした。
この通信費も助かることではあったけど、僕としてはレイラの事務所の方が心惹かれるものだった。
大学卒業までの間、レイラが関係するLIVEなどのチケットがすべて送られてくるらしい。
グッズを購入するときには八〇%オフということも言われた。
ただ購入するときには事務所に直接連絡する必要があるんだけど。
こんなかんじで月曜日にはほぼ示談の条件が固まっていた。
示談書は僕、両親と相談していた弁護士にも送られて内用のチェックがされる。
そして僕のバイトの方も翌週から出勤していいということが決まり、これによって示談金も確定することとなった。
ちなみに引越し費用や、敷金・礼金などもこれに含まれたのは言うまでもない。
そんなかんじで週明けから一気に動き始め、大学があるなかでのことなので一週間は示談と引っ越しの準備に費やすことになった。
ほとんどそんなかんじでその週は潰れたかと思えば、今度はすぐ引っ越しだ。
引越し業者さんが朝からだったので、僕は前のアパートで一晩過ごすことにする。
結果僕にとって特別だったレイラとの時間は、あっという間に過ぎて終わりを迎えたんだ。
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