第13話 決まっている答え

 私は今回のことで翔也くんとは、示談にしろ裁判になるにしろ対立してしまうことになると思っていた。

 残念ではあるけど、きっと翔也くんはレイラのファンを辞めてしまうんだろう。

 情報開示請求なんてことを、手違いでしてしまったのだから当然だよ。

 しかも事務所は示談はしないと通告までしていた。

 今後のことも含めて、法的措置をしっかりするということを見せる必要があったから。

 言葉は悪いけど、いわゆる見せしめっていうもの。


 でもそれは仕方ないと思う。それだけのことをしているっていうことでもあるんだから。

 だって誹謗中傷される私はなにも言えない。

 評価とか、批評は配信をしていればされるものだって理解はしているの。

 でもそれを暴言でされたりするし、酷ければ誹謗中傷になる。


 そんなのを何十回、何百回とされれば苦しくなってしまう。

 でもそれに対してなにか訴えればお気持ちって言われたり、スルースキルがないって言われる。

 心配してくれるファンにも、アンチの方を見ちゃってるって思われてしまう。

 大多数のファンが見たいのは配信であって、そういうギスギスしたものじゃない。

 だから総合的に考えると黙っていることが正解で、暴言や誹謗中傷は続く。

 でもそんなの平気なはずがないよね。配信することがつらくなって、少しの間お休みをもらうことにした。


 翔也くんはあのときの私と同じ。ううん、むしろ翔也くんの方がひどかった。

 情報開示請求なんてされてしまえば、普通はそれで開示されるようなことをしていたっていうのが確定される。

 だから翔也くんがなにを言っても信じる人はいなかった。

 きっと私以上に翔也くんはつらかったはずで、だからあまり責めるようなこともしないで和解しようと思ってくれたのは信じられない気持ちだった。


 私が一人で会いに行ったとき、レイラのファンでいたかったって言っていた。

 それもすごくうれしかったけど、でも私が本当に訊きたかったのはどうして和解したのかじゃない。

 SNSで、私が復帰できてうれしいって。

 和解に応じてくれたときは、もう情報開示請求が手違いだってわかっていた状況。

 でもSNSで私のことを書いたときは、まだ翔也くんはどうなるのかもわからないときだった。

 やってもいないことで法的措置を取られているのに、それでも私のことを思ってくれていたの。

 私はずっとこのことを訊いてみたかった。


 きっとその答え次第で、私の気持ちは大きく動いちゃう。

 ううん、もう翔也くんのこと気になってる。

 だってこの数日見てきて、訊かなくたって翔也くんの答えはわかっている気がするから。





「翔也くんもツライ状況だったのに、どうして?」



 上から覗き込んでいるレイラの表情は、なにかの切っ掛けがあれば今にも泣いてしまいそうな顔をしている。

 でも僕に言えることなんて決まっているんだ。



「今回のことで、いろんな人から投げられる言葉でつらくなってしまうのを実際に感じましたから」


「だからだよ。しかも翔也くんは自分の推しに法的措置を取られて、余計に苦しかったでしょ?

 なのに翔也くん、私に一度も責めるようなことを言わない。

 むしろ私の復帰をよろこんでくれて」


「だって僕はレイラのバーサーカーですよ? 推しが復帰してくれたらうれしいに決まってる」


「~~~~」



 レイラが顔をくしゃくしゃにして黙ってしまうけど、そんなくしゃくしゃな顔すらレイラは綺麗だった。



「翔也くん、おかしいよ」


「……でも狂ったように推せって言ったのはレイラですよ?」



 僕が言うと、レイラは笑顔を見せて言った。



「そうだね」


「そうですよ」



 ASMRは再開されて、今度はジェルボールが耳にあてられた。

 手で密封状態になるようにして、パウチされたジェルを握り込んで音を出している。

 目を閉じている僕を、水のなかにいるような音が包んだ。

 マイクを通す音とはまた少し違うけど、生のASMRの音もすばらしい。



「すぅぅー、ふぅぅぅーーーー」



 なにより実際に伝わってくるレイラの吐息、本当に間近でささやかれて溶けてしまいそう。

 レイラは大したことないかもって言っていたけど、ファンである僕からすればこれ以上ないご褒美だよ。


 最後にお湯で湿らせたタオルで、耳についたオイルが拭き取られる。

 やさしくゴシゴシこすらずに拭き取られると、なんか耳が新しくなったみたいにスッキリした感覚になった。

 もう思い残すことはないです。



「まだ目開けちゃダメだからね?」


「はい」


「絶対だよ?」



 オイルが拭き取られて終わったのだと思っていたけど、まだ続きがあった。

 レイラがベッドに乗ったのは伝わってきたけど――。

 僕の頭を抱えるようにしてレイラが添い寝しているのがわかる。

 レイラの心臓の音がトクントクン聴こえ、耳にはレースみたいな細かい生地の感触。



「目、開けてないよね?」


「あ、開けてないです」



 頬にはすべすべな肌の感触もあって、レイラの素肌があたっている。



「き、聴こえてる?」


「は、はい。聴こえます」


「「…………」」



 静かなリビングで僕はレイラに抱きしめられて胸が鳴る音を聴いていた。

 僕はたぶん、明日には天国に旅立っているんじゃないかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る