第3話 Vtuberの節約術

 何日か経過して、僕の気持ちは一時期より大分落ち着いた。

 今でも不安はあるし、こわいっていう気持ちもないわけじゃないけど、時間が経つことで少し薄れている。

 ただ大学での視線とか、雰囲気みたいなものは感じる。

 SNSが切っ掛けで、大学でも僕のことは知られているみたいだった。


 だけど今の僕には、これらよりも心配するべきことが目の前にある。

 バイトにいつ復帰できるのかわからないこと。バイトに行けなければ僕の生活は二ヶ月保たない可能性が高い。

 内容証明の件の方が大事ではあるけど、こっちはすぐにどうこうなるものではないだろう。

 そしてバイトができなければ、間違いなく僕はどうこうなってしまうんだ。

 よく言われるもやし生活をすれば、一ヶ月くらいは延命できるかな?


 そういえばVtuberのアイルとレイラが雑談配信で言っていたことがある。

 毎日卵かけご飯、毎日キャベツだけのお好み焼きを食べていたことがあるって。

 卵は一〇個のやつが二〇〇円弱? キャベツは一玉安ければ一〇〇円くらい?

 この二つを併用すれば二種類で回すことができる。とりあえずこれで当面は凌ぐしかないかもしれない。

 それにしても不思議なものだよ。まさか雑談配信で聞いたこんなことが役に立つ日がくるなんて。



 家に帰ってお好み焼きを焼き終えて、僕はふと手に取ったものを見て考える。

 当然のようにマヨネーズを手に取ったけど、マヨネーズは一回おきにした方がいいのではないかと。

 お好み焼きにソースをかけないという選択肢はない。

 だけどマヨネーズはそうじゃなく、一回おきにすれば味を変えることができるんだ。

 実質二種類で凌ぐ予定だったものが三種類にできる! ないすぅー。天才か?


 僕は手に持っていたマヨネーズを冷蔵庫に戻して、ノートパソコンが置いてあるテーブルにつく。

 バイトに行けないのは非常に問題なんだけど、そのおかげもあってレイラの配信をオン・タイムで視聴できるんだ。


 お好み焼きを食べながら待っているとオープニングが流れて、レイラの挨拶から配信が始まる。

 薄いミルクティー色のふわっとした長い髪、可愛い系のなかに凛々しさが感じられる表情の造形に、清楚な印象があるのにエロさを感じる初期衣装。

 完璧だ! レイラのパッパ、マッマ、本当にありがとう!


 そんな清楚であり可憐かれんなアイドルのレイラが

『ゥォラァッ!』

 と俗に言うアニメ声を響かせて、ゲームのゾンビにロケットランチャーをブッ放していた。



『もうこれバーサーカーなんよ』『ホジホジ』『NPCごとで草』『助ける市民ないなる』


『ホジホジって、鼻ホジッてないでレイラのことちゃんと見てて!』


『ホジホジは草』『草』『草』『ハナクソ取れた?』『草』『キタネェ』『ウンコ』



 今日も相変わらず同時視聴者数は五桁を超えていて、コメントが止まることなく流れ続けている。

 僕はコメントをしたことがないし、いわゆる投げ銭的なこともしたことはない。

 当然レイラは僕のことなんか知らないだろうけど、僕はこうして配信を見てるだけで満足なんだ。



 それから数日経った日のこと、僕が大学から帰ると玄関に落書きされていた。

 さすがにライン超えだと思って通報しようかと考える。

 でもたぶんこの手の嫌がらせは現行犯じゃないとダメそうな気がした。

 だから画像だけ保存して、二回目があったら通報することにした。


 とりあえず僕は家に入って、ご飯を先にすることにする。

 今日はお昼も食べていなかったから、なにかお腹に入れないとこれ以上動けない。

 冷凍庫からまとめていくつか作っておいたお好み焼きを出して、レンジで温めて食べているとインターホンが鳴った。

 レイラの動画を一時停止して玄関に向かう。



「……はいー」



 ちょっとバツが悪い。先に落書きを落とした方がよかったかもって思ったけど、もう今さらそんなことを考えても仕方がない。

 玄関を開けると、スーツを着た人たちが複数人いた。

 最近のことがあって気持ちが身構えてしまう。



「えっと、どちらさまでしょうか?」



 訪ねてきたのはレイラの件で担当している弁護士だった。

 もう来るべきときが来たのかと一瞬考えてしまうけど、わざわざ訪ねてくる必要性が思いつかない。



「お時間をいただくことはできますでしょうか? 内容が内容ですので、できればご自宅に上がらせていただいてお話できればと思うのですが……」


「わかりました。どうぞ」



 なかったことにしたい気持ちはあるけど、今後のためにも話さない訳にはいかないので上がってもらうことにした。



「――――」



 最初は見えなかったので気づかなかったけど、スーツを来た男性が三人、女性が二人来ていた。

 女性の一人はハーフっぽい容姿で目を引いた。

 うちにはお客さん用のお茶なんてないので、冷蔵庫から僕がいつも飲んでいるお茶をグラスに入れて用意する。

 そうするとみんなの視線がパソコンに向いていた。


「あ、すみません!」


 レイラの動画を見られてしまい、なんとなく気恥ずかしさと居心地の悪さが僕を襲う。

 だって誹謗中傷していたと思っている弁護士の前で、レイラの動画なんて。

 食べかけのお好み焼きとノートパソコンを片付けて、僕もテーブルに付くと名刺を受け取った。

 名刺を見ると一人は弁護士、もう一人は僕が契約しているプロバイダーの会社、もう一人の男性と女性はレイラが所属している事務所の人だった。

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