次元転移で異世界来たけど、太陽も月も見えるなら宇宙行く方が楽しそう!

源ミナト

第1話 異世界にも太陽がある!よし、宇宙に行くぞ!

「よし宇宙に行くぞ!」


 シンソーは背の高い木々の合間から青空に輝く太陽を見上げて言い放つ。周りには角と翼の生えた馬や、少し歩いた先の木の陰には大木の棍棒を肩に担いだ巨大なトロールや、それを討伐せしめる冒険ギルドの面々があった。


 しかしそんなもの、シンソーには眼中にない。シンソーは宇宙へ行きたいのだ。


 事の発端は現実世界での観測気球のイベントに参加していた頃にある。天候が怪しくなり、気球を停めていたロープをたまたま握っていたシンソーに気球から通電した落雷が直撃し、そのまま死亡…というわけでなく、ミュージシャンを目指している少年役のマイケルJフォックスに手を振ってしまえるほど、簡単に次元を転移したわけである。異世界転生でなく転移の形でシンソーはやってきた。


「よし、こうしちゃいられない!」


 シンソーは周りを見渡して、何か宇宙へ繋がりそうな鍵を見つけようとする。そして見つかった。



「おお!ペガサスがいる!」


 奇妙な生き物から突然名指しされた馬の心情は、まさに焦りである。先程まで寝伏せていた人間を観察していただけに過ぎなかった。

 馬の名前は異世界では「ライニュー」と呼ばれ、意味は「天から落ちた」という意味がある。見た目は翼があるが、飛べる能力はない。かろうじて滑空が限度である。



「ペガサスなら宇宙に行けるよね!?」



 無理だろう。いや、何かは分からないがライニューは拒否の意向だ。何やら上を見ていただろうから、自身を見て飛べることを思ったのだろう。だが無理だ。飛んだ試しなどない。ライニューは馬ながら、人間のように拒んだ意思を見せるかのように首を振る。



「そんな謙遜しなくたって!」

「大丈夫!ファンタジーなら宇宙に行くことぐらいなんとかしてくれる!」


 じりじりと詰め寄るシンソーの輝かしい期待の目から逃げようと、ライニューはその場から逃走を図った。実に賢明な判断だ。



「あぁ!そんな逃げないでよ!」

「ペガサス星まで一緒に行こうよ!」



 そんな所あるはずがない。ライニューには最早その人間に近づくということが何らかの死を意味すると同じ扱いに思えた。


 だがシンソーは諦めなかった。馬の速度に追い付けるほどの体力や運動性能は現実世界での観測上なかったはずだが、次元転移のエネルギーが身体に宿ったおかげで3歩ほどの脚力であっという間にライニューへと追い付いた。



「よし!ねえペガサス君!ファンタジーの世界で生きるのは大変でしょ!?」

「僕と宇宙へ行きましょう!」



 ライニューは木々の合間をぬうように森へと逃げ込んだ。ジグザグで凹凸のある森の途中では、トロールと冒険ギルドが戦っていた。そこへ駆けて走り去るライニューの背後から、大木の衝突も厭わずに突っ込んでくるシンソーが、トロールの腹部に激突をかました。その胃に穴を空けかねない強烈な激突は、冒険ギルドメンバーの剣や拳や魔法のチンケな攻撃のどれとも比べても、遥かに凌駕する衝撃であり、肋骨と皮膚下の筋肉に流動的なうねりを与えられたトロールは、胃液にまじった小動物の亡骸諸々を吐いて一撃で後ろへと倒れた。



「わあ、ごめんなさい!」

「…えっと……!大きな人!」


 トロールの戦闘不能を悟り、冒険ギルドメンバーのリーダー格であるヨーシャは信じられぬといった心境にあったが、一先ずシンソーの無事を確認した。



「ち、ちょ。き、君!大丈夫か!?」


「あぁどうも!はじめまして!」

「わあ、その格好!勇者さんですか!」


「え、あ、うん…!」

「って、なんともないのか、君は!」


「平気ですよ!」

「あ、でも。さっきのペガサスに逃げられてしまいました」


「ぺ、がさす?」

「…ひょっとしてライニューのことかい」


「名前あったんですか!飼い主さんですか!?」


「あ、いや違うけど」

「…ところで君は一体?」


「あ、僕シンソーって言います」


「シンソー…?」

「俺はヨーシャだ。冒険ギルドに雇われた王国騎士だ」

「それで向こうの彼らがギルドの…」


 遠慮がちに手を振る勇猛な戦士、寡黙そうな細マッチョな格闘家、可愛げだが無愛想な魔法使い。そのどれもをシンソーは一瞥もくれてやることなく、ヨーシャの方を向いたまま会釈すら及ばなかった。


「へえ!そうですか!」

「ヨーシャさんは宇宙に興味ないですか?」


「…なんだって?」


「宇宙です!」


「…う、ちゅう?…いや、興味ないというか…知らないと言うか」


「やっぱり!」

「異世界のファンタジーってどこも太陽とか月とかを神格化してて、外の世界とか全然興味なさそうですもんね!」


「あ、いや、あの…」


「でも大丈夫ですよ、ヨーシャさん!宇宙はすぐにでも行けます!」

「じゃあ一緒に行きましょうか!」


「待って待って待って待って」

「シンソー君…だっけ。」

「えっと、君は…その」


「じゃあそちらの皆さんも一緒に宇宙に行きましょう!」

「大丈夫です!みんなで行けます!」


「待てって!!人の話聞こう!先ず聞こう!」


「えぇ!?僕の話聞いてなかったんですか!?」

「宇宙に行きましょう!話なんてそれだけじゃないですか!」

「ちゃんと人の話聞きましょうよ!」


「いや君がだよ!?」

「そもそも宇宙ってなんなんだ!?」

「どこの国の話をしているんだ君は!?」


「むむ!?宇宙を国単位で言いますか!」

「なるほど…!この世界の狭さを本能的に理解していますね!」

「それならすぐに宇宙へ飛び立てますよ!ヨーシャさん!」

「異世界初の宇宙飛行士になりましょう!」


「なんの話!?」

「君は一体どこから来たんだ!?」

「それに君の後ろのやつ、それはこの森の周辺で脅威を振るっていたトロールだぞ!」

「それを…、たった一撃で倒してしまうなんて…」

「君はまさか…!伝説に聞く異世界転生者か!?」


「あ、いや違いますね」

「宇宙行きませんか?」

「楽しいですよ!」


「いやその態度の厚かましさがもはや別世界の人間に感じられるよ!」

「それに君が先ほど見せたとてつもない力!」

「あれこそ君が転生者であるという何よりの証拠じゃないのか!?」


「じゃあ転生者でいいです」

「ね、宇宙行きましょう!」


「あっさり認めてまた宇宙の話に戻しやがったよ!」

「転生者ってこんな変なヤツなの!?」

「さっきから宇宙だとかそんなんばっかじゃん!怖いんだけど転生者!」

「と、とにかく宇宙とかの話はあとで聞くとしてだ」

「シンソー君…!まずはウチの王様に謁見した方がいい!」


「そうか!宇宙開発資金援助の申請が必要ですもんね!」


「あ、いや。たぶんそれはないと思うけど…」


「ないんですか!?」

「やっぱりシケた財政政策とかで人に無一文で旅支度させといて魔王退治とか大それたコト国絡みでやってんですか!?」

「そんなの国を売れば魔王が買ってくれますよ!言い値で!」


「世界の救世主どころか宇宙だかのために俺らの国売ろうとしてるよこの転生者!」

「不用意に話しかけるんじゃなかった!」


「では王様に会いにいきましょうかヨーシャさん!」

「全部売るのは国民の皆さんに可哀想なので、切り売りか計り売りできるか王様と話し合ってみましょう!」


「心配する配慮の浅さが魔王の考え方だよ!」



 ヨーシャの背中から大剣が抜かれ、シンソーの前に突き立てられる。磨かれた直ぐ刃の輝きの一つ一つに小さな傷痕もあった。


「国の危機を黙って見過ごすわけにはいかない!」

「シンソー!君はどうやら転生者であっても俺たちの敵のようだ!」


 ヨーシャのメンバーも構えを揃えてシンソーを取り囲む。戦士からは斧の威圧さが滲み、格闘家からは気合いのオーラが放たれ、魔法使いからはエネルギーの集積が見られる。


「聞けば転生者には二つの者がいるらしい…!勇者になるか、魔王になるか…!」

「どうやら君は後者のようだな!」


「ち、違いますよ!」

「僕は宇宙に行きたいだけです!」


「相変わらず宇宙、宇宙…!そんなに行きたきゃ俺たちを倒してからだ!」


「ああもう!どうして宇宙行きたいだけなのに戦う必要があるんですか!」

「皆さんは宇宙を誤解してます!」

「異世界だろうと別世界だろうと、世界はみんな一緒です!宇宙の中に生きてるんです!」

「なら、それを見ましょうよ!地球を見ましょう!月を見ましょう!太陽を見ましょう!宇宙を見ましょう!」

「僕らがこんなところで戦うことなんか小さな事なんですよ!」


「うるさい!地球だの月だの…!そんなもの見せられるものなら見せてみろ!」

「異常転生者め!!」


 ヨーシャの剣の一振りがシンソーの脳天を狙い落とす。刃の表面から風が切って見えるほどの凄まじい勢いには、音速の衝撃波を放ち、剣とは思えぬ轟音を立てた。


 シンソーはなんら退く気配もなく、脳天へ迫りくる剣すら視界に当てず、自身の気づきを最優先に立てた。


「!」

「そうか!百聞は一見にしかず…!」

「分かりました!」

「お見せします!」


「…っえ!?」


「そうりゃ!」


 ヨーシャの両脇下にシンソーの手刀が入り込む。そのままちゃぶ台を返すかの如く、シンソーが両腕を高くあげると、遥か頭上へとヨーシャが放り投げられ、剣の音速を越える速度で一瞬で雲が漂う高々度へと登り詰める。その速度たるやヨーシャの悲鳴もあがらぬ、例えあがったとしても残響すら地上には届かぬほどに、ヨーシャは僅か1秒で雲間に突入した。


 4秒後に落ちてきたヨーシャの剣が地面へと突き刺さるのを見て、残された3人はようやく空を見上げた。



「ふう!」

「これで少し地平線が見えれば…」

「あれ?ヨーシャさんは?」

「…あれ…?」

「あれ?!上に飛んだままですか!?もしかして!」

「…あ。もしかして重力が低いんじゃ…」


 今にも泣き叫びそうな魔法使いがシンソーをバケモノを見るかのように問い詰める。


「な、なんてことしてくれたのよ!」

「ヨーシャをどこへやったの!?」


「し、知りませんよ!」

「どっか飛んでっちゃったんじゃないですか!?」


「あんたがやったんでしょ!?」


「えぇ!?」


 岩のような筋肉を高ぶらせていた戦士も萎縮はしていたが、魔法使いの牽制に威圧さを少しばかり取り戻した。



「そ、そうだぞ!」

「お前がこう…!」

「持ち上げて、上に吹っ飛ばしたんじゃないか!」


「そんなだっさい高い高いでヨーシャさん吹っ飛んだんですか!?」

「へっぴり腰もいいとこですよそれ!?」


「…こ、こうだよ!こう!」

「背筋ちゃんと伸ばしてだな…!」


「そうやってできるなら最初からしましょうよ!」

「できることは隠しちゃだめです!」

「宇宙行きたくないんですか!?」


「あの…はい…いや、あのすいません」


「分かればいいんですよ!宇宙を!」


「いや、それは全然わかんないです…」


 恐る恐る気合いを溜めていたはずの手をあげ、すっかり気分すら下降気味の格闘家が申し出た。


「あ、あのー」

「それで、ヨーシャは…どこに?」

「し、死んじゃったん…ですか?」


「あ、いや。たぶん…」

「…えーと」



 シンソーはしばらく空を見上げ、落ちて刺さった剣を抜き、空中へ軽く投げる。投げた剣は翻り、また地面へと落ちて刺さる。



「ふんふん…。重力加速度は変わらず…」

「まだ落ちてくる姿が見えないってことは…」

「太陽は…つまり自転は地球と同じ…」

「…風速と…コリオリと…摩擦も…」


「あ、あの…シンソー…さん…?」


「うん!」

「大丈夫!ヨーシャさんは助けられますよ!」


「え!?」

「生きてるんですか!?」


「落下中に凍死してなければですけどね!」

「場所を変えましょう!ヨーシャさんはたぶん向こうに落ちてきます!」

「死んでなければ!」


「……」



 シンソーが引き連れた一同の表情はどれも疑いの一色である。それもそのはず、我らがリーダーがなんの抵抗もできぬまま一瞬のうちに消されてしまい、残ったものと言えば長旅の道中大切に扱ってきた剣一つである。遺品というには輝かしいが、武勇伝としては語り継ぐにはなんの脈絡もない。


 魔法使いが先頭を歩くシンソーへ尋ねる。



「ち、ちょっと、あんた」


「なんです?」

「宇宙行きますか?」


「い、いや…宇宙はお断りするけど」

「どうして移動なんかするのよ…」

「ヨーシャが落ちてくるならさっきの場所でしょう?」


「実はそうでもないんですよ」

「雲の流れと太陽を見てください」


 3人は森の合間から見える太陽と雲の流れを見る。


「まず太陽から教えますね」

「この世界の太陽は僕がいたところと同じようなので、こっちが東、そして反対が西」

「あってますか?」


「ち、ちょっと待って」

「えーと」


 シンソーの指の先を見て、魔法使いはカバンから地図と方位磁石を取り出す。地図の北と方位磁石の北を合わせ、現在位置を照らし合わせ、進んでいる方向のズレを修正すると、シンソーの指先の方角がピタリと東西であることを3人は確認する。



「…っ…すごい」

「あってるわ…!」


「西と東の概念が一緒で良かったです!」

「異世界も捨てたもんじゃないですね!」

「じゃあ今度は太陽なんですが、今はどちらに傾いてますか」


「今は…少し西ね。時間で言えば昼過ぎぐらいかしら」


「ではなぜ西に傾いているのでしょう」


「どういう意味?」


「もし僕らが南を北として見たとき、太陽は東に傾いているとも思えますよね?」


「ま、まあ。」


「そうならないよう、北と南の方角がこの世界にあり、そしてそれは地球という球体の縦の軸がちゃんとあるということです!」


「???」


「うーん、と」

「それじゃあ誰か丸いもの持ってませんか?」

「できれば球体で」


「あ。私、リンゴならあるけど…」


「リンゴ!」

「いやぁすごくいいですね!」

「地球を説明するための原点ですよ、リンゴって!」


「そ、そう…」


 魔法使いがカバンからリンゴを出し、シンソーに渡す。シンソーはリンゴの芯を持ち、指先で器用にくるくると反時計回りで回す。


「これが皆さんと僕がいる地球です」

「地球はこんな感じの丸い球体で、僕が持ってる北とお尻の南を縦の軸にして回っています」

「回る方向は、芯のある北を上から見て、左回りですね!」


「へ、へぇ…」


「そして皆さんが横から見たリンゴの右が東、左が西となるんですが」

「左回りの方角でいうと、リンゴの表面は西が東へ向かっているわけでして」

「僕らはたぶんここの北の半分に位置しています」

「たぶんですが。間違ってたらヨーシャさん死んじゃいますけど」


「ちょっと!」


「でもさっき太陽の方角も確かめましたし、剣が落ちてきた時のズレも見ましたので、たぶんあってるでしょう!」


「その、あんたの言ってる地球の回ってるだとかが、ヨーシャとどういう関係があるのよ」


「さっき言った僕らのリンゴの位置。じゃあ僕の握り拳が太陽だとして、左に回る地球は太陽がどこから上ってくるように見えます?」


「?」


「簡単に言えば、太陽の光が最初に見える方角はリンゴから見たらどこからでしょう?」



 リンゴの回転に気づいた戦士が指をさして発言する。その気づきのシナプスの発生は筋肉ばかりの戦士の脳を少し柔らかくした。



「リンゴの右…!つまり、東だ!」


「ピンポン!大正解!」

「戦士さん宇宙行けますよ!」


「は、ははは。いやぁ」


「なんで照れてんのよ!?」

「太陽が東からのぼるなんて子供でも分かるわ!常識よ!常識!」


「じゃあなんで東からのぼるんでしょう?」


「そ、それは」

「だから。北を見た時に、右からのぼってくるからで」


「じゃあリンゴではなく、太陽が自分で回っていたら」

「太陽はどっちからのぼってきます?」


「そんなの、おんなじ左回りでいけば…!」

「……あれ?」

「でもそしたら…」


「そう。太陽もリンゴと同じ左回りだと、太陽は西からのぼってきます」


「じ、じゃあ太陽は右回りなのね…!」

「そうすれば東から太陽がくるわ!」


「太陽が右周りなのはどうしてです?」


「そ、そんなの知らないわよ…!」


「太陽が東からのぼってくるように見えるためには、地球が左回りに回転すればいいんですよ」


「???」


 またもや戦士にシナプスが走る。


「そうか!」

「太陽が動いてなくて、地球が左に回れば自然と太陽は右から顔を出してくるように見えるのか!」


「戦士さん大正解!」

「その通り!太陽は動いてないんですよ。動いているように見えるのは地球が回っているからなんです!」

「戦士さんすごい!一緒に宇宙行きましょうね!」


「ち、ちょっと待ちなさいよ!」

「太陽は止まってて、地球が回ってる!?」

「あり得ないわそんな話!」

「じゃあ月はどうなの!?」

「星空は!?」


「月もちゃんとあるんですか!?」

「いやあ異世界なのに月まであるとは思いませんでした!」

「旗と足跡をたてにいきましょう!」


「話聞きなさいよ!」


 嫌悪感のある魔法使いと、何やら誇らしげな戦士を他所に格闘家は慎ましく挙手をして尋ねた。


「あのう、それで…シンソーさん…?」

「そのリンゴの回転と、ヨーシャの関係は?」


「そ、そうよ!」

「リンゴだの地球だの!結局それがヨーシャとどう繋がるのよ!」


「簡単ですよ」

「まず、分かりやすいようにリンゴの回転を止めますね」

「ヨーシャさんはここ!ここから飛び上がったとします!」


「あんたが投げ飛ばしたんでしょうが!」


「ま、まあ。ほら。話聞こうよ」


「リンゴの表面に触れていれば、一緒に回転していきますが」

「リンゴの表面から離れたらどうでしょうか」


「!」

「表面から離れたら、その空中の場で置いてかれますね」


「ピンポン。格闘家さんもすごい!」

「つまり、今これがヨーシャさんに起きてるわけです」

「僕らの地面から離れてしまったヨーシャさんは、空中でどこにも足がつきません。地球の回転と一緒に移動できず、空中でかろうじてその慣性を保ってるだけです」


「慣…性…?」


「うーん。そうですねー」

「地球の回転と同じスピードで回ってるようなものです」

「地面から離れてもある程度は助走がついて、しばらくは地球の速度と同じ方向へ進めます」

「でも、これが弱まってくる」

「そして。地面へと落ちていく場所も…」

「最初の位置からズレるんです」


「!」


「あ。魔法使いさんもようやく分かったって顔してくれましたね!」

「宇宙一緒に行きましょう!」


「い、行かないわよ!」

「でも…確かに理解できたわ…!」

「できたけど…信じられないわ!」

「地球だの太陽だの…!」

「そんなの誰が見てきたのよ!」

「あんな遠くにあるものを見れるわけが」


「見れますよ!」


「…?」


「大丈夫!見れます!みんな見ることができます!」

「それが、宇宙へ行くことで叶えられるんです!」

「みんなで宇宙にいきましょう!」

「この異世界の地球がどうやって回っているかを!」


「…っ」


「あの…シンソーさんは…元の世界でそれを見たんですか?」


「…いえ」

「残念ながら…もうちょっとだったんですが」

「まだ自分の目では見られませんでした」

「でも。たくさんの人が見せてくれました!」

「だから僕はそこへ行きます!」

「宇宙へ行って、僕もたくさんの人に見せるんです!」

「宇宙の場所を!」


「…っ」

「な、なぁ。その…。俺みたいなヤツでも見れっかな」


「ち、ちょっとアンタ何言ってるの!?」


「だ、だってよ!転生者様が言ってんだぜ?」

「地球があって、太陽があって、宇宙があって 」


「だからってヨーシャのことを吹っ飛ばしたこいつのことを…!」


「大丈夫、見れますよ!戦士さん!」

「みんなで一緒に宇宙へ行きましょう!」


「っ」


「ち、ちょっとアンタ!ヨーシャが助かるまでの命なんだからね!」


「そうですねー。ちゃんと生きてたらいいんですけど」


「不吉なこと言わないでよ!」

「なんとかしなさいよ!」

「アンタのせいでヨーシャは危険な目にあってんだからね!」


「わかってますってば!」

「…っと。そろそろこの辺りですね」

「戦士さん!その斧で周りの木を切ってください!」

「広さはあるだけ欲しいです!」


「よっしゃ!任せろ!」


「ち、ちょっと!なんで木なんか…」

「ってかなに勝手に命令してんの!?」

「アンタもなんで受けてんのよ!?」


「いや、だってヨーシャ助けなきゃだし」


「ヨーシャさんを助けるには戦士さんも格闘家さんも、そして魔法使いさんも必要です!」


「わ、わたしも?」


「はい!」

「格闘家さんは木株を掘り起こしてください!」

「そのあとは大木を縦に四等分!」


「ん、わ、わかった」


「魔法使いさんは、」


「イヤよ!」


「?」


「ヨーシャを助ける?はんっ。どうだか。そこの二人と違って、わたしはあんたを少しも信用してないわ」


「そうですかー」

「じゃあ一緒に宇宙行きましょうか!」


「宇宙、宇宙、宇宙!」

「あんたはそればっかりね!」

「宇宙の何がそんなにいいわけ!?」

「見せるだとか言って…!」

「あんたの言葉には宇宙なんてもの、一つも魅力がないわ!」

「そんなものの何を信じればいいわけ!?」


「…っ」


 にこやかなシンソーの表情が魔法使いの言葉に少しだけ曇った。その表情は3人が今まで見ていた中で、ほんの少しの差異であっても明らかに悔いを残しているのが見てとれるものだった。



「確かに。僕の口からじゃ宇宙については魅力が足りないかもです」

「ヨーシャさんのことも、どういうわけか遥か彼方に吹き飛ばしてしまいましたし」


「そうよ!あんたがヨーシャを…!」


「はい」

「僕は間違っていました」

「先ず。謝るべきでした」


 足を揃え、指先を揃え、姿勢を正してシンソーはゆっくりと頭を下げた。


「魔法使いさん、ごめんなさい」


「っ、ち、ちょっと…なにいきなり」


「僕は宇宙のことしか頭にないです」

「口うるさくて、正直相手するのも大変な魔法使いさんのことなんか全く考えてなかったです」


「あ、んたねぇ…!」


「でもそれが間違ってました。魔法使いさんのことを考えなきゃいけない問題を、僕は見ていませんでした」


「…っ」


「宇宙に行くには同じ問題をみなきゃいけない。誰か一人の問題も、みんなで考えなきゃいけない」

「僕は魔法使いさんの問題を見ていませんでした。ヨーシャさんだけの問題ばかりでした」


「…」


「改めて謝ります。魔法使いさん」

「ヨーシャさんのことが大好きなのに蔑ろにするような真似して本当に…」


「わー!わー!わー!」

「な、なに言ってんのよ!ばかじゃないの!?」

「誰があんな、…ってか!ばかじゃないの!?」


「えぇ!?違うんですか!?」

「あんだけヨーシャヨーシャ言ってたのに!」


「それと私にどう関係あんのよ!?」

「ってかどこからそうなるのよ!?」



 斧を支えに肘をつく戦士と、腕を組む格闘家の表情は実に軽やかであり、微笑ましいといった具合に魔法使いの珍道を見ている。


「そこの二人ぃ…!」

「ちょっと!なんなのよその顔は!その目は!?」


「いやぁ、まあ。ヨーシャのことは俺らよりも魔法使いの方がよーく知ってるって話でなぁ」


「うん。ヨーシャのことは魔法使いちゃんの方が深いところも浅いところも、優しさ含めて品の良さまでよく知ってる」


「言葉選びなさいよ格闘家あんたぁ!」


「分かってくれてる素敵な友達がいて良かったですね魔法使いさん!」


「どこが素敵な友達よ!!」


「っと。急ぎましょう。そろそろヨーシャさんが降ってくる頃ですよ」

「魔法使いさんは木葉と枝を網目に繋げてください!」


「な、わ、私まだやるなんて…!」


「ヨーシャさん助けたいんでしょう?」

「なら隠さないでやりましょう!」

「大事なのは持てる力を全て出すんです!」


「っ」

「わ、わかったわよ」


「網目の大きさはヨーシャさんの体がすり抜けない程度に!」

「でも網目は小さすぎないようにしてください!」


 シンソーの指示で急ピッチで進められる作業。青空を塞いでいた木々の合間が一本一本斬り倒され、ぽっかりとあいた空間が見えてくる。そこに立てられる二本の支柱と、それを支える組み木の大木。支柱の間にかけられるのは、網目の即席ロープ。縄はたるんでおり、やや斜め上に構えている。


 斜め上空から人影が見え、支柱の対面に立てられるもう一つの柱の上に乗っている戦士がそれを見つけて叫ぶ。



「!」

「来た!ほんとに降ってきた!」


「ヨーシャ?!」


「わからん!まだ小さい!」


「戦士さん!そのまま落ちてくる方角を見ててください!」

「格闘家さん!僕の合図でお願いします!」


「わ、わかった!」


「ほ、ほんとにこんなので大丈夫なんでしょうね!?」


「いえ!このままだとヨーシャさんは網にかかった途端にバラバラのサイコロみたいになります!」


「恐ろしいこと普通に言ってんじゃないわよアホ転生者!どうにかしなさいよ!」


「なので途中でヨーシャさんを」

「殺します!」


「はぁっ!!?」


「格闘家さん!お願いします!」


 シンソーの合図と共に格闘家が支柱の縄を持って飛び出す。ヨーシャの方角目掛けて網を投げ、空中に大きく広がっていく。気合いを込めたオーラによる波動を放ち、網は飛んで行きヨーシャの落ちてくる中間にまで広がった。



「よし!方角はバッチリだ!」


「ナイス格闘家さん!」

「戦士さん!」


「おう!死んでもロープは離すなってんだろう!任せろ!」



 丸太の上に足を巻き付けた戦士の手に握られたロープは、格闘家が投げた網と繋がっている。二本の支柱にある緩んだ網へと直行するヨーシャのルート上に、格闘家の投げた網がヨーシャの体にまきつく。


 ヨーシャの位置が、下の戦士の位置と重なった時、網のロープがピンと張って戦士の掌に食い込む。


「ぐぬおおおおおお!」


 網とロープによって、急速度で落下してきたヨーシャの体に軸の動きが追加され、真っ直ぐな落下経路に半円状の新しいルートが真下へと書き加えられる。


 その半円上に描かれた真下のルートには、魔法使いが立つ緩んだ網目の支柱が待っていた。



「よし!オーケー!」

「魔法使いさん!ヨーシャさんいきますよ!」


「い、いちいち言われなくても私にだってもう見えてるわよ!」


「タイミングはヨーシャさんの体が網につく瞬間にです!」


「わ、わかってるってば!」


 魔法使いがぐっと杖を構え、ヨーシャの体を受け取る姿勢に入る。戦士によって勢いが殺され、方角が斜め滑降から、真下への急落下となり魔法使いの頭上からヨーシャが降ってくる。


 斜めに構えた支柱の網目は、ヨーシャを受け取る向きとしては不十分に見えた。真上から降るヨーシャの受け皿は、見当違いな斜めの空に向かって構えていたわけである。


 だがヨーシャの体が支柱へと差し掛かる直前に、組み木がとかれ、斜めの支柱は後方に倒れていき、そのルート上になかったヨーシャの落下地点に垂れ下がるように網目の受け皿が入る。


 ちょうど支柱の倒れる落下速度と、ヨーシャの落下速度が程好くマッチし、たるんでいた受け皿の網にかかったヨーシャをピンと張った網が見事に勢いを抑え、地面に激突することなくヨーシャのキャッチに成功する魔法使い。



「や、やった!」


「ナイスです!魔法使いさん!」



 4人誰もがヨーシャの無事を確信した直後、引っ張られた網の反動で跳ね返ったヨーシャは、魔法使いの頭上を越えて森の奥地へと消えていくのを、その場にいた者達は色の抜けた青白い表情のまま見届けるしかなかった。たった一人、お気楽な奴を除いて。



「あ。いっけね。跳ね返る計算すんの忘れてました!」


「ア、ン、タ、ねぇぇぇぇぇ!!!?」


「おい格闘家!ヨーシャどこぶっ飛んだ!?」


「あっちだあっち!」


「いや、まあでもあの速度なら木々の枝葉に当たって軽減もされただろうし、ヨーシャさんなら生きてますよ!」

「途中で凍ったり低酸素になったり低体温症で死んじゃってたかもですけど!」


「アっンっタ…ねぇぇぇぇぇぇ!!!」



 夕暮れの森へと駆け込んでいく4人の中で、焦る3人の冒険者達と共に、なにやら宇宙のことばかり考えてる1人の男が楽しそうに笑っていた。




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