第11話

 ショートホームルームが終わり、俺はチラッと千秋の席の方に視線を向ける。


今日は千秋、風邪で休みか……確か千秋の両親は共働きで夕方まで戻らない。妹も学校で帰って来ないだろうし、どうせ美沙との事があってから部活も行ってないんだ。お見舞に行ってやるか。


 ──放課後になり俺は直ぐに千秋の家へと向かう。連絡して家に入っても良い許可は得ている。


 俺は千秋の部屋の前に来ると、まずはノックをして様子を見る。直ぐに「はい、どうぞ」と、弱々しい声で返事があった。


「チー……大丈夫か?」と俺が声を掛けながら千秋に近づくと、白のパジャマ姿でベッドに横になっている千秋は、こちらに視線を向けた。


「うん、単なる風邪だから大丈夫だよ。ありがとう」

「なにか欲しいものあるか? 飲み物とか食べ物とか」

「昼まで寒かったんだけど、今度は熱くて……保冷剤が欲しいな」

「分かった。冷凍室を開けるけど良いかな?」

「うん、大丈夫だよ」

「分かった。待ってて」


 俺は部屋を出て、一階に下りるとダイニングに向かう──キッチンの奥に進むと冷蔵庫から、オデコに乗せられるぐらいの小さい保冷剤を取り出した。


 ──直ぐに保冷剤を持って、部屋に戻ると千秋に近づき「チー、持って来たよ」と声を掛ける。


「ありがとう。おでこに乗せて」と、目を瞑りながら千秋がお願いしてくるので、俺は「うん」と返事をして、言われた通り俺は、千秋の小さなオデコに保冷剤を乗せる


──すると何故か千秋は「ヒヤッ!!」と大声を出して飛び起きた。


「ど、どうした?」

「どうした? じゃないわよ! もしかして悪戯?」

「悪戯って何だよ」

「保冷剤はそのままじゃ冷たいの! タオルか何かで包んで乗せてくれないと……」

「あー……そうだったのか、ごめん」

「まったく……子供じゃないんだから、しっかりして頂戴ね」

「はい……」


 俺は床に落ちた保冷剤を拾い「じゃあ、タオル巻いてくる。脱衣所のところにあるかな?」


「うん、あるよ。くれぐれもその辺に掛かってるタオルを持ってこないでね」

「分かってるよ」


 ──俺はまた階段を下りて、今度は脱衣所に向かう。収納棚から白のハンドタオルを取り出すと、保冷剤に巻き付けた。


「これで良しと……」


 ──千秋の部屋に戻ると、恐る恐る千秋のオデコにタオルで包んだ保冷剤を乗せた。


「気持ちいい……ありがとう」

「ほ……どう致しまして」


 ──少しの間、千秋の様子を見ていると、千秋が目を開ける。


「どうした?」

「ん……早く治さないとなって思って」

「そうだな」

「そうじゃないと悠ちゃんに殺されちゃうからね」

「ひでぇな……」

「ふふ、冗談」

「分かってるよ。おやすみ、チー」

「うん」


 ※※※


 それから数日後が経った放課後。俺が玄関に向かって歩いていると、後ろから「先輩!」と、女子に呼び止められた。


俺が後ろを振り返ると、そこにはバドミントン部の後輩ちゃんが立っていた。


「先輩、いまから部活ですか?」

「いや……まぁ……そう」

「ふーん……」


 本当は行くつもりなんてサラサラなかった。だけど部活を頑張っている後輩ちゃんを目の前にして、はっきり行かないって言うのは何だか気が引けて嘘をついてしまった。


「嘘ですよね?」

「え?」

「だって、体育館とは反対側ですもん。先輩が歩いて行こうとした方向!」

「はは……バレちゃったかぁ」


 そういえば後輩ちゃんにあの時の事を打ち明けていない。周りに人は居ないし……いま謝っておこうか。


「あの……前から気になっていた事があってさ、ちょっと時間良いかな?」

「はい、大丈夫ですよ」

「前に美沙と君が練習試合をしていたことあったじゃない? 俺が君の方で線審をしてた時」

「選抜じゃない方ですよね?」

「うん。あの時、俺……美沙に有利になるよう嘘の判定をした。ごめん!」


 俺はそう打ち明けて頭を下げる。


「いえ、そんな……大丈夫なので頭をあげて下さい」

「ありがとう」

「私、ちゃんと気付いていましたよ。先輩が無理矢理、嘘の判定を言わされたんだって」

「え? どうして?」

「先輩。片付けしながら、めちゃくちゃ申し訳なさそうな顔をしてましたもん」

「はは……」

「それに安子先輩から本当の事は聞きました」


 安子さんから? どうしてだ? あの二人は超がつくほど仲良しだったはず……そんな身内を売るような事はしないんじゃ……。


「あと、あの時の試合が凄く悔しくて……その試合があったから選抜の方は勝てたと思っています。だから先輩が気にする事は何一つないんですよ」


 後輩ちゃんはそう言って、ニッコリと微笑む。なんて良い子なんだ……圧倒的に後輩ちゃんの方が実力が上だな。


「そう言って貰えると助かるよ」

「ところで先輩、話を戻しますが部活に行かないんですか?」

「えっと……」

「大丈夫ですよ。先輩が心配するような事は無くなりましたから」

「どういう事?」

「安子先輩と美沙先輩、部員たちが居る前で喧嘩したんです。しかもただの喧嘩じゃなくて、取っ組み合いの大喧嘩」

「マジ? 何があったの?」

「んー……分かりません。でも安子先輩が人の彼氏を~って叫んでいたから、そっち系のトラブルかと」

「はは……」

「ということで、二人は停学処分となりましたし、あんな恥ずかしいことがあったので、もう部活には来ないかと」


 後輩ちゃんはそう言って、嬉しそうに? ブイサインをする。


「そっか……また部活に行けるんだ……」

「嬉しそうですね」

「嬉しいよ……だって部活、楽しかったもん」

「だと思いました。それじゃ今日から、一緒に楽しみましょう!」

「あぁ!」


 一体なにが起こって、そうなったのか……良く分からないが、もう駄目だと諦めていただけに嬉しさが半端じゃない! ──俺は直ぐに部室に行って着替え、部活を目一杯、楽しんだ。

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